25、賭け
25、賭け
ここは、深い深い海の底。
暗く、冷たく、寂しい世界。
小学生の時に、男子と喧嘩して校庭の器具倉庫に閉じ込められた。
梅雨の雨のせいで、中はじめじめしていた。そのうち上の小窓から雨の降る音が聞こえて来た。
最初はピチョン!と小雨の音。それがだんだん強くなり、雨はバリバリと天井を打ち付けていた。遠くで雷も鳴り初めて、これからどうなるんだろうと不安になった。
もし、ずっとこのまま出られなかったら?不安で不安でたまらなかった。
そこで、私は賭けをした。きっとお兄ちゃんが探しに来てくれる。もし、泣かないでお兄ちゃんに会えたら、お兄ちゃんに甘えてもいい。そう1人で賭けていた。
その後はいつの間にか寝ていて、夢の中でお兄ちゃんが助けに来てくれた。
「莉奈!大丈夫か?」
鍵を壊して、中に入ると、お兄ちゃんはすぐに抱き締めてくれた。
「お兄ちゃん!!」
現実は…………それとは違った。
目が覚めても真っ暗なままで、私の泣き声を聞いた当直の先生が鍵を開けてくれた。その先生が家まで送ってくれて助かった。
でも、帰りが遅くなった理由を言わなかつた私は、結局母にとても叱られた。
現実はいつも、変な所で運が良くて肝心な所で運が悪い。
運が…………悪い。
「お前、こんな所で何しとんねん!!」
その一言に、急に現実に引き戻された。
「何?…………って?え?何?」
気がつくと、あちこちに『ようこそ!目抜き気抜きメカジキノ』と書かれた場所にいた。そこは、スロットやルーレット、様々な賭け事のできる場所だった。
「メカジキ?って何?」
「はよ目ぇ覚ませ!」
「こいこい!」
こいこい?こいこいって花札?
気がつくと、私の手には何枚かの花札があった。
「ここはカジノや。お前いつの間に賭けてん?」
「わかんない!何も知らない!気がついたらここにいたの!」
私は椅子から立ち上がると、テーブルを挟んだ向こう側にいたゲームの相手の方を見た。相手のプレイヤーは魚顔の、ギョロ目の目の離れた男だった。
「何を言っているんですか?あなたがやろうと持ちかけたんですよ?負けそうになったら難癖つけて逃げるつもりじゃないですよね?」
「違うっ!」
「それを聞いて安心しました。私が勝ったら、ちゃんと頂けますよね?そのオーブ」
私、これを賭けたの?
「やられたな。ここは深海や。ここでは記憶が無いとか言い訳できんで?これは絶対に勝たないとあかんな…………」
私の番が来てプルスの王子に、無いようなら札の山から取るように言われた。
花札をめくる手が震えた。わかんない。花札なんてやった事無い…………
「それ、赤短や」
「あんた…………花札…………できるの?」
「当たり前や。YUKとようやったわ」
プルスの王子に言われるままに札を出しては、札を引いた。
「それ、そっちの桜取り」
「取るって?」
「桜の札に持ってる桜出せぇ言うたんや」
言われるままに桜を出すと…………
「花見酒。こっちはこいこいせーへん!」
「では、これでお仕舞いにしますか。精算しましょう」
そう言うと、魚顔の男がテーブルにあったタブレットの『終了』の文字に手を触れた。
提示された請求金額を見て驚いた。そこには、負債額七千万とある。
「七千万!?」
「どえらい額やな!!こんな短時間にどんだけ負けてんねん!」
「どうしよう……そんなに持ってる訳が無い……」
プルスの王子は私に耳打ちした。
「ちょっとこっち来いや。作戦会議や」
今度は魚顔の男に向かって言った。
「安心せぇ、逃げたりはせーへん。少し相談や!」
「無理そうでしたら、またお兄さんに助けていただいては?では、私は店の受付カウンターでお待ちしています」
そう言って男は椅子を降りて、人混みに消えて行った。
「あかん!やられたわ!」
「何?何なのこれ!?」
「恐らく何らか魔術かけられて、意識を奪って多額の金を賭けさせたんや。普通はこない簡単に払えん金額、賭けられんはずやのに……」
簡単に払えない金額を払えると見られて、勝手に賭けられた?
「おそらく…………」
「このネックレス?」
「それが七千万の価値があるように見えたんや。そうは思えんけどなぁ……」
プルスの王子は実際の『透明な水』について教えてくれた。
「普通、高価な『透明な水』の外側、入れ物に色がつけられるのが普通や。そないあからさまに透明でアピールすんのは偽物の可能性の方が高い」
「そうなんだ…………」
だからか…………それで偽物だって言ってたんだ。
「そこでや、それを向こうは知らんで欲しがってる。せやからこれ、くれてやったらどうや?」
これを…………手放す?
「嫌!そんなの嫌だよ!!」
「そんな偽物どうでもええやろ?そんなら、どないするん?七千万もの大金……俺かてそう簡単には出せんで?そない大きな額!」
「何で…….こんな事に…………」
事前にプルスの王子からはぐれないように注意は受けていた。誰に誘われてもついて行かないようにも言われていた。
だけど…………急に記憶が無くなって…………急に知らないゲームさせされて、気がついたら負けて借金って…………
どうして…………
現実っていつもこうなんだろう?
仕方無く、私はそのネックレス…………『透明な水』かもしれないオーブを手離す事にした。
魚顔の男に手渡す前に、訊いた。
「もし、七千万用意できたら、このオーブ、返してもらえますか?」
「あり得ないな。七千万とは行かないよ。そうだな……君に返すとしたら、1億必要だと思った方がいい」
「1億…………!?」
それは、絶対に私には返すつもりはない。そう言っていた。
「悪いけど、こっちは君よりもっと出してくれる人に売りたいんでね」
男はそのネックレスを私からひったくるように奪って行った。
それは、兄への希望を無くすようで…………辛かった。凄く……凄く辛かった。
ごめんなさい……。せっかくもらったのに守れなかった。
「泣いてる場合か!あの男、追うで!」
「…………どうして?」
「あの男、莉奈がYUKの妹と知っとった!なんか怪しいわ」
プルスの王子は私の手を取って、男を追いかけた。男は真っ直ぐ地底に上がるエレベーターに向かった。
「同じエレベーターには乗れん。こっちや!」
反対側のエリアのエレベーターに乗り込み、上に上がった。
「あっちのエレベーターは地底止まりや。その前に回り込めば行き先くらいは確認できる!」
すると、エレベーターが到着してその扉が開いた瞬間、目の前にいたのは…………
アルパカ!!
「ねーちゃん!」
「智樹!アメちゃん!クリス姫!」
智樹達とばったり会った。
「やっぱり深海にいた!どうりで地底をいくら探しても見つからない訳だよ~!」
「ごめん!今は急ぎなの!」
急いで反対側のエレベーターに向かうも…………
あの男の姿はもうどこにも無かった。
「ラルも一緒に深海行ってたの?」
「いえ、僕は別行動でした!」
ラル!いつの間に!?
「あーあ…………」
「どうしたの?」
「よくわからないうちに、ネックレス取られちゃったの…………」
私は理由を智樹に説明した。
「えーーーー!!そんなのあり?!それ、すっごい悔しいじゃん!」
「そうなの……」
すると、ラルが耳の裏をごしごし掻きながら言った。
「物の価値のわからない人間がそんなものをチラつかせているからです。そんな奴すぐにカモにされます。深海とはそうゆう場所です」
「私、連れて行かれたんだけど?」
「誰に?他に誰もいないよ?」
都合が悪くなるとすぐ消えやがる。あのクソ関西弁 ……。あいつがいなきゃ絶対こんな事になってなかった。最低だ。
「しかし、今回の『透明な水』は何か裏がありそうですね。最初から変ですよ。あんな物、たとえ偽物でも作るのはとても困難です」
この世界では、水やガラスでさえうっすらと色がついている。本当に無色透明に作るのは技術がいる事らしく、偽物であってもその価値は高いらしい。
確かにあれは……異常に価値のある、厄介な物だ。




