24、深海
24、深海
ここ、どこなんだろう。そんな事がどうでもよくなるほど、アクアの天井は綺麗だった。
まるで大きなアクアリウム。
魚達が動く度に太陽の光が反射してキラキラしていた。
「綺麗…………」
「そんなに上ばっかり見てたらまた人にぶつかるで?」
人ならまだマシだ。
誰か思い当たる関西弁に話かけられた。せっかく気分良く観光してたのに…………最悪だ。いいや、無視しよ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ちいや!俺!俺や俺!」
「オレオレ詐欺は電話でやってください」
「おかしいやろ?」
私はスルーしようとした。こいつ、ちょいちょい出て来やがる…………暇か?
「ほら、ちょいちょい出とかんとサブキャラになってまうやろ?」
こいつ、サブキャラの自覚が無い?恐ろしい子!!
「なんや、その目は!?俺一応王子やぞ?一応サービスイベント相手やぞ?」
「チッ」
「おいおいおい!舌打ちとか無いやろ!それはあかん!」
こいつとラブロマとか人生の汚点な気がして来た。
「ねぇ、あんた以外のサービスイベントないの?」
「はぁ?そんな事言うんやったら、さっきの魚人から逃げんで、アクアの王子に相手してもらえば良かったやん!」
は?逃げ無いで…………アクアの王子?
「まさかあの魚人、アクアの王子!?」
なんで!!どうして!!クソゲーかこれは!!そういえばクソゲーだったな!!
あれはいくらプリンスでも絶対に選択肢に入らない!!
すると、プルスの王子がカッコつけて言った。
「俺を選び?俺がええやろ?」
プルスはこのクソ関西弁、プールスはあのペンギンの姫、アクアはほぼ魚。これは、必然的にプルスの王子しか選べないようにされている!!
これはズルい!陰謀だ!そこに悪意しかない!
「まぁ、消去法だけどよろしく…………」
「それ、一番言われたない台詞や」
でも、別にいい。この世界にラブロマなんて求めて無い。ただ、私の目的は、兄を見つける事。今は生きて帰る事。
私は思わず、トムさんにもらったネックレスのガラス玉に優しく触れた。すると、それに気がついた関西弁がすかさず突っ込んだ。
「なんやそれ!?」
「うるさいな!」
いちいち反応がうるさい!
「デリカシー無いな!わかれよ!私が大事にしてるんだから!」
「YUKからか?あいつまた厄介な物寄越して来よったな」
厄介な物?このネックレスが?
「そうや。それ、どう見ても透明やん」
「透明だといけない?」
「お前……前にこのゲームの概要読んだ言うたよな?」
概要?待って?確か…………
水が溢れているのに、透明な水が存在しないとされる世界観の、アクションRPGゲーム。
純度の高い水『透明な水』は不思議な力を持つとされ、その力を手に入れる為に、時にはプレイヤー同士で協力し合いクエストをクリアしていく。
これ以上は説明を読むのがダルくてやめたんだった…………。こんな事ならちゃんと読んでおけば良かった。
「待って?じゃあ、これが透明な水?これ、そうなんじゃないの?」
「まさか!だとしたら恐ろしく高価な物や!それをこないアホな妹に持たせるか?その神経がわからんわ」
こんのやろぉ~!
プルスの王子の一言にはカチンと来たけど、喜びの方が勝っていた。
「やっぱり…………これ、特別な物なんだ……」
何だか嬉しい!!そんな特別な物を託せる存在。それは、まるで私が特別だって言われてるみたいだった。
「そんなんでご機嫌かいな……」
「そんなんとは何よ?」
「冷静に考えて、普通に偽物に決まってるやん!」
はぁ?腹立つ~!
偽物でも何でも、私の中ではダイアモンドをもらった気分だった。
「そしたら本人に直接聞いたらええんとちゃう?」
「どうやって?」
「この前情報がある言うたやん!」
そう言えば…………そんな様な事言ってた記憶もなきしにもあらず。
そう言ってプルスの王子は、さらさらな金髪をなびかせてエレベーターに颯爽と乗り込んだ。
そのエレベーターは歩道橋のような階段の隣にあり、やっぱりガラス張りでできていて、下は真っ暗だった。
「はよ来いや!ここからは智樹は連れて行かれん。深海のディープな世界や」
「は?そこにお兄ちゃんがいるの?」
「多分な」
私は半信半疑でこの男について行く事にした。
私がエレベーターに乗り込むと、すぐにドアが閉まった。
まず、プルスの王子が押したボタンは下だった。
行き先ボタンは、チョウチンアンコウの描かれたボタンだった。可愛らしいチョウチンアンコウのイラストには、提灯の部分が点滅していた。
アクアの普通の世界もまだ見て無いのに、いきなりディープな深海の世界だなんて…………
エレベーターはゆっくりと動き出すと、どんどん下に下がって行った。その間プルスの王子は、私に兄の情報を説明してくれた。
「この深海の世界には魔女がいてな、その魔女海底では姿を変える薬を売ってるんや。今日はその魔女は深海にいるんやて。その客として近々あいつもここに来るんやないかな~?と予想したワケや」
その情報、結構曖昧じゃん…………。それ、今日必ず会えるとは限らない。
「あの、そもそもあんた、兄とはどうゆう関係?」
「え?気になる?そこまで言うなら教えてやらんでもないけど?」
うっぜぇ……さっさと教えろ。
「それは…………彼氏や!」
空気読め!ここでそんな冗談いらん!
「冗談冗談!なんちゅー顔してんのや!たこ焼きのタコ入って無かった~みたいな顔すな!」
「どんな顔だよ!」
私に突っ込まれたプルスの王子は、何故か嬉しそうだった。
「なんやろな?YUKとは知り合いゆうか、悪友ゆうか…………」
「知り合いと悪友って結構違うでしょ」
「一言で語れん複雑な関係や!!」
この人、自分で言ってて恥ずかしくないのかな?ドヤ顔で言ってる所がちょっと怖いんだけど…………
しばらくするとエレベーターが到着してそのドアが開いた。ドアの向こうは、薄暗く提灯の明かりがまるでお祭りみたいな雰囲気だった。
よく見るとそこは…………まるで時代劇のセットみたいだった。
「ここ、吉原みたい」
「ほぼ正解や」
実際に吉原に行った事がある訳がない。だけど、なんとなく、子供は立ち入れない雰囲気があった。
和風建築に、赤い提灯が並んでいた。少し異世界の要素の入った不思議な世界観……。
「ここは冒険者が造ったエリアでな?ここは珍しくドレスコードがあってん。だから、ここではどんな魚人も鳥人も獣人も、みんな人間の姿や」
このエリアのドレスコードは、人間である事。
確かに街を行き交う人々は皆人間だった。人間であればその容姿は様々だった。日本人だけじゃなく外国人もいた。中には残念な猿顔や魚顔もいるけど、ほぼ人間だけだった。
「みんな魔法の薬で人間になってるの?」
「人間じゃない奴らはな。この世界では容姿なんぞいくらでも好きに変えられる。重要なのは中身や」
「外見も中身の一部だと思うけど?」
なんとなく、その話を聞いて思った。多分プルスの王子の本当の姿は、このイケメンじゃ無いんだろうと思った。
「そんなん中身を見れん奴の言い訳や」
だったらあんたは中身が見えてるの?そう言いかけてやめた。
それは…………図星だったから。
私は何も見えていなかった。兄の中身が、全然見えていなかった。
兄が何を思い、何を考えているのか全くわからなかった。それなのに、今は透明な水を託されて舞い上がってる。
私はきっと、ただの大馬鹿。
それから私は、深い深い記憶の底に沈んで行った。




