20、悪魔みたい
20、悪魔みたい
碧の世界に降り立つ前にふと、思った。
私はどうしてトムさんに会いたいんだろう?どうして兄にもう一度会いたいんだろう?
会って、何を話したいんだろう?
夜中に目が覚めて、お水を飲みに一階へ降りようとした。階段を途中まで降りると、両親の話声が聞こえてきた。
「悠希と莉奈は、本当の事を知っても変わりなく暮らして行けそうで安心したよ」
「そうね。多少のショックはあったかもしれないけど、二人とも仲がいいものね」
変わりないなんて事なんて無かった。今では顔を合わせる事なんてほとんどない。たまに会って話しかけても、顔を背けられる。今は、もう、何を話していいかわからない。
今会ったとしても、多分同じ。何を話していいかわからない。
謝ればいいのかな?後から追いかけて…………
「ごめんなさい」って?何に?砂かけた事?勝手にゲーム使った事?
それとも…………
私達は、様々な状態異常に翻弄され、青々と木々の生い茂るプルスにやっとたどり着いた。
プルスの自宅に着くと、弟の彼女を紹介された。
智樹の彼女、それはそれは可愛い可愛いアルパカで…………
ん?アルパカ?
それも上半身だけ。この時点で既に人間じゃない。
のに…………下半身は馬だった。
「こうゆうの何だっけ?ケンタウルス?」
「アルパウルスです」
「あ、もしかして、状態異常とかなのかな?あは、あは……あははははは」
笑って誤魔化したけど、状態異常だと思いたい!もはや願望!
「そんなっ!酷いっ!」
すると、彼女は泣いて家を出て行ってしまった。前足でドアを蹴り、蹄の音と共にものすごいスピードで走り去って行った。
「莉奈!なんて酷い事言うんだよ!彼女は正真正銘、生粋のアルパウルスなんだよ!」
「えーと、そうゆう意味で言った訳じゃないんだけど…………」
「じゃあ、どうゆう意味なんだよ!」
智樹にめちゃくちゃ怒られて、結局私1人で彼女に謝りに行く事になった。
え?悪いの私?いや、別にブスだとか畜生だとか言ってないんだけど…………
人間じゃないってやりにくい。
智樹の彼女、アルパウスは家の近くの小川のほとりで水を飲んでいた。
「ごめんなさい。私、今日初めてアルパウスを見たもので…………」
「いいんです。冒険者は大抵皆珍しがります。智樹も初めてお会いした時、とっても珍しがって色々質問してらっしゃいました」
この二人、そもそもどうやって知り合ったんだ?
「その時ちょうど、智樹が御姉様を追って城に向かっている時でした」
「私が捕まってる時か!」
なるほど…………私が捕まって空中廊にいた時、智樹はこのアルパウスと出会って、付き合うまでに至ったのね。
付き合う!?普通アルパウスと付き合う?!智樹の趣味がアブノーマル過ぎてついていけないよ!!
すると、アルパウスが脚を折ってしゃがみ込み、頭を下げた。
「御姉様、智樹を私にください!!」
「はぁ?!」
「私、智樹とこれ以上離れ離れは耐えられません」
それって…………どうゆう意味?
「それってもしかして、智樹をこの世界に残して私だけ帰れって言いたい?」
「いえ、その様な事は…………」
「じゃあ、くださいってどうゆう意味?」
すると、アルパウスは黙ってしまった。
「智樹にどんなに恨まれても憎まれても、これだけは譲れない。智樹の事を本当に想っているなら、智樹を現実世界に帰して」
自分は間違って無い。智樹の未来を考えたら、間違った選択じゃない。
アルパウスは、立ち上がって頭を上げて凛とした。
「それは、本当に智樹を愛している事になるのですか?現実世界では愛する人と共に生きられないのです。しかし、ここに残れば、私と共にずっとここで生きられます」
「でも、ここに居続ければ現実世界の体は無くなる!二度と智樹は家に帰れないんだよ?両親や友達とも、一生会えなくなるんだよ?」
「そうかもしれません。しかし、親は先に死にます。友達はこの世界でもすぐにできます。だから…………」
まるで、宗教の勧誘みたいだった。
「お互いの将来を考えたら、その選択は間違ってる!!」
「それほど、この世界が嫌いですか?それとも私の事ですか?」
正直、どっちも!!人間ですらないその存在。智樹を現実世界から引き離しても、幸せでいられるという根拠の無い自信。うさんくさい口調。全てが受け入れられなかった。
その異常な動物は、智樹を現実世界に帰そうとしない。帰らなければ、やがて肉体が耐えられなくなって………………
智樹は死ぬ。
このアルパウスはまるで悪魔みたいだ。
その悪魔みたいな感覚、覚えがある。
あの夜、両親の話を聞いた夜。私は黙って階段の途中に座って両親の話を聞き続けた。
「そのうち二人が結婚したいとか言い出したらどうしようか?」
「やだ!莉奈が嫁だなんて嫌よ」
「え?そうなのかい?」
その一言が、忘れられなかった。
『莉奈が嫁だなんて嫌よ』
それが、母の本心だ。
「お互いの事を真剣に考えたら、その選択肢は選ばないわ」
同じだ。あの時の母と今の私は同じ事をしている。
今は悪魔は私の方だ。
正解はどっちなの?
その答えは、意外にもすぐに出た。
「アメちゃん…………」
後ろから申し訳なさそうに智樹がやって来た。
「智樹!」
「僕、アメちゃんの事好きだけど、やっぱり全部は捨てられないよ。捨てて後悔しない自信が無いよ。だから…………ごめん」
何だろう?客観的に見て、ヒヨコ(プールスの鳥コンから着替えてない)とアルパウスの修羅場…………
何?これ?ダメダメ。客観的に見たら負け。大事な所……大事な所なんだから…………
「でも、また会いに来るよ。たまにならいいよね?莉奈?」
「………………」
そこは、嘘でもいいと言うべきだった。
「知らない」
私は二人を残してその場を後にしようとした。
「自分が会えなかったからって何だよ!」
「はぁ?」
「本当は今でも兄ちゃんに会いたいんだろ?毎晩毎晩、部屋の隙間を覗くぐらい、会いたいくせに!!」
やめて!!!!
「気持ち悪りーんだよ!ブラコンのくせして、関係無いとか人に当たるなよ!!」
「当たってなんかない!!」
「当たってるだろ!莉奈は何でも他人のせいにして弱いものぶるんだよな!だから兄ちゃんが嫌になったんだよ!」
お兄ちゃんが…………嫌になった?私を?
「莉奈が妹じゃなきゃ良かったって。あんなに強い妹を持つと、プレッシャーで試合に勝てないって。だから剣道やめたんだって言ってた」
私のせい?
私はただ、少しでも兄の側にいたかった。兄は小6私は小4。週に2日の稽古の日は、兄と二人きりで近所の警察所の道場へ通った。
その往復の時間だけは、私だけが兄を独り占めできた。
「莉奈、大丈夫か?」
兄は私がへばると、いつも優しく声をかけてくれた。防具の入った大きなリュックを担ぎ、竹刀を肩にかけ、片道20分の距離を二人で歩いた。
「胴着の紐、ほどけてる」
「お兄ちゃん縛って」
「自分でやれるだろ?」
「やだ!今はやれないの」
私は敢えて、兄に甘えた。甘えられる特別な時間だと思っていた。
「まったく、これで俺より強いんだもんな~不公平だよ」
練習に打ち込む兄に、少しでも兄に近づきたかった。超えたいだなんて思って無かった。
それが、兄の好きな物を…………兄から奪う事になるとは全く思ってもみなかった。
やっぱり私、兄とって悪魔みたいだ。




