19、状態異常の森
19、状態異常の森
それでも、もう一度会いたい人がいる。
ここに来て初めて、兄の『智樹だけは帰せ』その意味がわかった。
このゲームにはリスクがある。
脳に影響があるとなれば、まだ子供の智樹には余計心配だった。その影響がどう出るかわからない。
家に帰った後、私は智樹と話し合った。子供とはいえ智樹もも最高学年。にしてはワガママでアホだけど…………もう物がわからない年じゃない。
私は智樹にこのゲームの影響について説明した。少なからず、このゲームは死人が出ている。
それでも、智樹にも最後に一目会いたい人がいると言って聞かなかった。その人と最後のお別れをするために、もう1度だけゲームの世界へ行く事にした。
最後にセーブしたプールス。私達はそこに降り立った。
そこに待っていたラルの顔は…………驚きと、感動と…………怒り。
「約束しただろうがこのアバズレ!!僕の涙を返せ!!智樹~!なんでまた来たんだよ~!智樹~!」
ラルは泣いて智樹にすりついていた。本当はやっぱり嬉しいんじゃないの?
ラルもこのゲームの本質に気がついているなら、再会できた喜びの反面、それが智樹を苦しめているという事がわかっているはず…………。
智樹とラルが再会に喜んでいる中、私は1人でトムさんを尋ねる事にした。
「じゃ、私はトムさんの所に行って来るから、ラル、智樹の事お願いね」
「お願いされなくてもご主人様は守りますとも!!」
いや、いつから雇用主?ガイドって言ってたじゃん!
私はまたトムさんに会える喜びに胸を膨らませ、トムさんの家の方向へ歩いた。
この広場を抜け、港の方へ向かう道を少し北に行けば…………
行けば…………行けば…………あれ?
いくら探してもトムさんの家は無かった。
どうして?この辺なのに…………同じような冒険者の家はあるけど、トムさんの家じゃなかった。
「トムさん?誰それ?全然違うけど?」
「あの、すみません少し中を見せてもらえ…………」
尋ねたお宅の冒険者は、私がいい終える前にドアを閉めた。
そもそもこのゲーム、他人の家に入れたりするのかな?
この感じ…………初めてラルに出会った時とどこか似ていた。何かをしなければ発動しない、ゲームならではのシステム的な強制力。
この世界では、見えない力が働いている。
もしかしたら…………私がここに来た事すら『想定外の出来事』なのかもしれない。
じゃあ、トムさんは何かのストーリー上の演出だったの?そうは全然思えなかった。あの笑顔、あの言葉、その全てが作り物だとは思いたく無かった。
でも、そう思えば………………納得が行く。
嘘。本当は何もかも納得いかない。あんなに苦労してこの世界に来たのに……空振りだなんて……。
本当は、かなり凹む。
仕方なく、智樹と合流してプルスへ向かった。
4人は世にも美しい空飛ぶ馬車に乗って………………
「ちょっと待って?4人?しかも空飛ぶ馬車って何?」
みんなは、今更何を言ってるの?という顔をしていた。
「いや、だって私と智樹、ラルの3人でしょ?」
「4人も間違っている!2人と3匹だ!」
「3匹ぃ!?いつの間にそんなに増えたの!?」
気がつけば私と智樹、ラルの他に、一匹のペンギンがいた。
「えぇえええええ!!」
「いや、気がつこうよ、最初から乗ってたよ?」
そうだった!プールスで智樹とペンギンのお姫様と結婚話が出てたんだ!きっとこれも、ストーリー上の演出なのかな?
さすがの智樹も少し困っていた。
「僕はちゃんと断ったよね?」
「でもトモキ様は今のところ未婚。おまけにお若い。私にもまだまだチャンスがありますよね?」
クリスタル姫はラルの説得にも全く耳を貸さない。
「トモキは現実世界に帰るって何度も言ってますよね?いい加減話を聞いてくださいよクリスタル姫!!」
「クリスと呼んで。トモキ」
そりゃ、結婚なんてまだまだ先の話。いや、そもそもこっちの世界ではさせないからね!?
あれ?ちょっと待て?これだと、2人と2匹じゃない?1匹足りな………………
窓に映った自分を見て驚愕した。いつの間にか…………肩にセキセイインコが乗ってる!!
「えぇえええええ!!モリカワさん!?」
「え?今気づいたの?数日前からずっと乗ってたよ?」
「どうして突っ込んでくれなかったの!?」
これで終業式出たの!?私ヤバイ奴じゃん!!
現実世界では学校は夏休みに入った。これで1日ゲームやり放題。だけどそれは、このゲーム以外の話。
そんな事を考えていると、馬車が陸地に到着した。
そこは、深い森の中だった。
「あれ?この馬車って空飛べるんだよね?プルスまでは飛べないの?」
「いつもはプルスまで飛べるのですが、今日は定員が…………重量オーバーで…………」
全員がこっちを見た。
「私!?」
「いえ、決してお姉様の事とは……」
そこで智樹がハッキリと言った。
「まぁ、この中で確実に一番重いのは莉奈だよね?」
えぇえええええ!!私のせい!?それ酷くない?私だって一応女子だよ?体重気にするお年頃だよ?それを重量オーバーとか………………
「そうゆう事ハッキリ言う?大きくなったらそうゆうの絶対モテ無いんだからね?」
「今モテてるもん」
「動物にな!!」
何故かこの世界で、智樹は動物に好かれる。これも何かの特殊スキルとか?
「喧嘩している場合ではありません!この森はとっても苦しい森です。注意して進まないと酷い目に遭いますよ?」
ラルが私達二人に厳しく注意した。
酷い目?レベルの低い私達には、それは困る。注意ってどうすればいいの?
「まずは、何事にも動じない事です」
と、言っていたラルの耳がアフリカゾウのように大きくなった。
「ラル!?」
「ギャーーーー!!僕の耳が!!」
「落ち着いて落ち着いて、何事にも動じないって…………」
智樹の顎が伸びて異常にしゃくれていた。
「智樹!ちょっ!!ギャハハハハハハ!!」
リアル猪木!!ヤバイ!笑い事じゃないのに笑える!!
「ギャハハハハハハ!!莉奈の足!!」
私の足がリアルカモシカのような野性的な足になっていた。
「ここってもしかして…………」
「そうです!ここは『状態異常の森』です!あらゆる状態異常にかかってしまうという不思議な森なのです」
いや、ちょっと待て?状態異常って言うのは普通、毒とか麻痺とか、混乱とかでしょ?これ違うよね!?別に戦闘に困らないし…………
「大丈夫、あんまり変わってない。ぶ……くくくく……」
いや、全然困る!!
「コラァ!智樹!!あんただって、相変わらず滑舌悪くて何言ってるか全然聞こえないんだけど!?」
「まぁまぁ、二人とも…………」
姫……!?両足、どうなさいました?
喧嘩を止めようと間に入ったクリスタル姫の足が、異常に伸びていた。
「あの、足…………伸びてますけど?」
「いえ、本来ペンギンは足が長いものなんですよ?お腹のお肉で隠れているだけなんです。ほら」
クリスタル姫は引き上げていたお腹のお肉を下ろし元に戻して見せた。
あ…………そうなんだ…………それ今やる?紛らわしいんだけど!!
そこへ『ドラゴンモドキ』が出て来た。
「『ドラゴンカモ』が出た!私に任せて!」
私はレイさんに作ってもらった木刀を出し、モンスターに振りかぶった。しかし………………
「ぶーーーー!!な、何なの!?」
見慣れたはずの『ドラゴンカモ』とは少し様子が違っていた。何だろう?この『ドラゴンカモ』妙に頭を気にしてるような……?
いつの間にかヒョウ柄になったラルが説明してくれた。
「『ドラゴンカモ』の状態異常『ハゲカカッテルカモ』ですね」
ハゲ気にしすぎ!!しかも疑似ドラゴンなのに、ついにドラゴン要素消えた!!こいつもはや、ただのハゲ!!
私は笑いを堪えながらなんとか『ハゲカカッテルカモ』を倒した。笑ってると全然力が入らない。
どうしよう…………このままじゃ腹筋が崩壊する。
なんか、なんか…………
私達、痛い目に遭ってる気がする!!
それからしばらく私達は、森を抜けるまで見えない力に翻弄され続けた。
何だろう?このクソゲー!!やっぱりどこか悪意が感じられる!!
結局、この森でほとんどの状態異常を体験した私達は異常に経験値が上がった。




