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16、お願い

16、お願い



「智樹が寝ている間に、あなたにお願いがあります」

「何?アクアなら心配しなくても行くって。今回、冒険者の称号は必要だって実感したし」


ラルは首を横に振った。


「え?違うの?」


じゃあ、何だろう?


「単刀直入に言います。もう二度とこの世界へは来ないでください」

「は……?」

「もう、二人とも、ここへは来ないように」


な、何を言い出すの?智樹が来る度、いつもあんなに喜んでたのに…………


「どうしたの?ラル?」

「ここは現実世界にとってはゲームの世界、でも本当は……この世界は冒険者であろうと、生き返る事なんかできないんです」


え?じゃあ、冒険者の称号って何?


ラルがこの世界に伝わる伝説を教えてくれた。


大昔、この世界に異世界から一人の男がやって来た。その男はやがて『勇者』と呼ばれるようになる。その男は自信に満ち溢れ、次々と呪文や剣の使い方を覚えた。さらに褒め称えれば、魔王にすら立ち向かって行くようになった。


「それって、要は異世界から来た人を冒険者って呼ぶだけって事?」


ラルは気まずそうにうなずいた。


異世界から来た冒険者は、この世界の人達に担がれているだけなんだ……。


そうなんだ……じゃあ、やっぱり冒険者の称号なんてゴミ同然に思えて来た。


「人々はその男に『死ぬのが怖く無いのか』と訊いた。すると『すぐに生き返る事ができるから大丈夫だ』と答えたんだ」


ゲームだったらそれが普通だよね?


「驚いた事に、男は本当に生き返った。しかし、この世界の人々は気がついたのです。男は生き返っているのではなく、別の人間だと言う事に」


別の人間?


「この世界の人々は誰もが知っている。生き返りなんてできない。それなのに、異世界から来たお前らと来たら『死んでも生き返れる』それを信じて止まない」


やっぱりそれって異世界感ぶち壊し。やっぱり、ここは異世界であって異世界じゃない。


「じゃあ、どうして皆にそう知らせないの?」

「生き返れる保証が無ければ戦う冒険者が減るからだよ。誰がランクや経験値のために命懸けで戦う?命をかけてまで敵を倒してアイテムが欲しいか?」

「確かに…………」


今では、冒険者もそれを知って冒険者を辞めて戦わない人が増えているんだって。


「今では誰も魔王に立ち向かわない。だから、魔王軍も力を蓄える。そのうち戦争になってゆく。これからこの世界は、今よりずっと危険になる」

「そうなんだ…………」

「この世界に生きるものとして恥ずかしいよ。それでも、この世界には冒険者の力が必要なんだ。僕達は非力で、冒険者の力無しでは世界が成り立たない」


ラルは耳をかいた後、少し毛並みを整えた。そして、軽く咳払いをすると、話を変えた。


「ここからが本題です。これは、あなたにしかお願いできない事です。次に現実世界に帰った時に……」


それは、智樹にバレたら怒られそうなお願いだった。


「そんな事……できないよ…………」

「それでも、どうかやってください。これ以上、智樹を危険に晒したくはない」

「でも、私もちゃんとレベルあげるから!智樹を守るし……」


ラルは真っ直ぐ私を見て言った。


「あなたはこの世界で死ねますか?その覚悟がありますか?」


え………………


「でも、冒険者の力が必要だって…………」

「それは、一般論です。僕個人の意見ではありません」


頭が悪くてちょっと意味がわからなかった。私が首を傾げていると、ラルがため息をついて言った。


「僕が個人的に智樹を失いたくないって話。あんたや智樹には、安全な世界で、幸せに暮らして欲しいんだ。だから…………頼む」


ラルは、本気で私達の事を考えてくれてのお願いだった……。


「………………わかった」


ラルの真剣な言葉に、それ以上何も言えなかった。でも、お兄ちゃんは…………?


私達は安全でも、お兄ちゃんは帰って来ない。


こんなに素敵な部屋なのに、気分は最低だった。


この世界の人々は冒険者をまるで使い捨ての道具みたいに思ってるって事と、ラルのお願い。


天井から吊り下がっている見事なシャンデリアを見あげても、光が眩しいだけだった。




次の日、私はお菓子を袋いっぱいに持って、トムさんの家を訪ねた。


「トムさん、これ、お礼と報酬。色々ありがとうございました」

「こんなに?いいのかい?運ぶの大変だっただろうに」

「トムさんには沢山お世話になったし、お菓子で喜んで欲しくて」


私はビニール袋の中から「これオススメ!」と言ってジャカリポ明太チーズ味を出した。


「新しい味なんだよ~!」

「ありがとう。そういえば僕からも渡しそびれていた物があるんだ」


トムさんはお菓子の袋を受け取ると、座っていた椅子の上に置いた。そして、物だらけのテーブルの上を少しずつ片付けながら何かを探していた。


何?何かをくれるの?これから役立つアイテムとか?


「あ、あった」


トムさんが私に差し出したのは、意外な物だった。


「これ、忘れ物だよ」


それは、私のトートバッグ。多分、闘技場に置き忘れた教科書と単語帳の入ったバッグだ。


それはまるで『これを持って帰れ』と言われているように感じた。トムさんもラルと同じように、私達みたいな弱い冒険者は、現実世界にいてもらった方が安心かな?


少し凹んだけど、今日はどうしても訊きたい事があった。


「ありがとう…………あの、あのね」


私は怖じ気づいて、まずはトムさんからトートバッグを受け取って体に抱えた。


「どうしたんだい?」

「あの、トムさんは…………お兄ちゃんなの?」


トムさんは少し黙って口を開いた。


「少し?いや、一部かな?」

「一部!?」


一部って何?言ってる意味が……全然わからない。


「今はそれしか言えない。今1つだけ言えるのは、もうYUKを探すのはやめた方がいい」


どうして?


「もし本当に君のお兄さんがYUKなら、ここには帰って来ないからだよ」

「じゃあどこにいるんですか?他の街?」


トムさんは、迷って曖昧な返事をした。


「それは…………わからない」


その裏の意味は多分…………『言えない』だと思った。


「…………彼はもう、この世界『purusaqua』の運営に携わっている」

「運営?だってこのゲームは更新しないって」


運営に携わっているとはどうゆう事?


「変わらない世界は無い。変化の無くなった世界はやがて終わる」


世界の終わり?


「それを阻止するためにゲームの外、現実世界で戦っているんだ」


え?それって、署名活動とか資金繰りとか?新規ユーザー確保に広告依頼とか?世界を守るってもしかして結構現実的な事……!?


じゃあ、それって…………もしかして………………お兄ちゃんは現実世界にいるって事じゃない!?


すると突然メッセージが届いた。


「智樹から?」


メッセージには『助けて』と書いてあった。


助けて!?


「そろそろ現実世界に帰るんだろう?」

「智樹から助けてってメッセージが来たから行くね!」

「え?」


私は慌ててトムさんの家を出た。


どうゆう事?智樹はメッセージが打てないから、多分ラルが送ったんだとは思うけど…………でも、智樹は一番安全なプールスの城にいる。


まさか、私みたいに牢屋に入れられてるとか!?


不安を抱きながら街の中心に向かった。


王家がペンギンだと、広場の『飛ばねぇ鳥はただの食材だ!!』という看板は、もはや政府批判にしか見えて来ない。


私が城に着くと、そこは騒然としていた。


「クリス!蒼の冒険者と結婚など認めん!!」


え?は?どうゆう事?私はラルに事情を聞いた。どうやら、あのペンギンが智樹と結婚したいと言い出したらしい。ペンギンなのに…………


「お父様、プルスの王子だって碧の騎士をフィアンセにしたじゃない!」


それ、名前だけね?まさかこんな所で実例に出されるとは思わなかった。


智樹はハッキリと断ったらしい。


「僕、無理だって言ったんだけどね…………」


じゃあ、どうしてまだモメてるの?まだ姫は諦めてないの?この動物たらしめ!!


「今回はここまでにして現実世界に戻ったらいかがですか?しばらくすれば、そのうちほとぼりも冷めます」

「まぁ、本人不在が一番の解決かも」


私達はラルとお別れし、ペンギン達の手を振る中、現実世界へ戻った。


空に浮かび上がる途中、ラルの声が聞こえた。


「くれぐれも、よろしく!お元気で!!」


ラル…………本当はもっとちゃんとお別れしたかっただろうに……。


「今回も楽しかったね!」

「そうだね」


ごめんね、智樹。もう、この景色を見る事は無いんだ。


ラルがあの夜、最後に言った言葉を思い出した。


『それに、ここは智樹にとって楽しいゲームの世界でありたいんだ。ゲームは楽しくなくっちゃ!………………今ならまだ、楽しい思い出のまま別れられる』


だから、私が悪者にならなきゃいけない。大丈夫、悪役は慣れてる。


さようなら…………ラル…………トムさん、キサラさん、レイさん、ごめんね。クリスタル……。


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