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再会は花のように  作者: 猫寝子cat
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side:F 第2話「邂逅(後編)」

お待たせしてし申し訳ないです。

これともう一個だけステア編が続きます。


「私は魔王軍四天王の一人、チグリシア・ビスタリオ」


 その顔は、身を引き裂くような悲しみを浮かべていて。


「……あなたを、殺しに来たわ」


 その声は……今にも泣きそうなほど震えていた。

 そして……。


「気をつけろ! こいつは俺たちが適う相手じゃねぇ! ……って、なんで泣いてんだお前」

「……え?」


 何故か僕の目からは、いつの間にか一筋の涙が流れていた。


「あれ、なんでだろ……なんで……」

「そんなことより! 早く身を隠すぞ!」

「う、うん……!」


 ゴシゴシと眼を擦って涙をかき消し、急いでその場から離れる。


「逃がすわけないでしょ」


 背後から、アリウムさんですら捌けなかった攻撃が飛んでくる。

 迎撃しようと振り返ると、彼女はもう悲しみを残しつつも覚悟の決まったような表情でこちらに魔法を放っていた。


「っらぁ!」

「くっ……」


 2人がかりで必死に守り続けるが、すぐに限界が来る。

 しかしそれでも、何とか時間は稼げた。

 体制は崩れ、これ以上は無理だと思ったその時、僕達の前に紫電が走る。


「おまたせしました。よくやってくれましたね二人共」

「「アリウムさん!!」」


 治癒魔法をかけ終わったアリウムさんが、戻ってきた。

 その後ろ姿はどこまでも大きく、強く、カッコ良く……僕も彼のようになりたいと、そう思った。


「あのまま姿を隠しながら攻撃し続ければ楽に勝てたかもしれないのに、自分から降りてきていただけるとは」

「別に、どっちにせよ私の方が強いし」

「それはそれは、では胸を借りるつもりで行かせていただきます!」


 その瞬間、アリウムさんの姿が消えた。

 ……いや、消えたかと見紛うほどの速度で移動したのだ。

 彼の移動した跡には紫電が鳴り、雷と一体化して大地を蹴る。

 『紫電一閃』、その言葉は彼のためにあるのかとすら思われた。

 踏み込みながらの神速の一閃、しかしそれを彼女は少し体を逸らすだけという最小限の動きで避けて見せた。


「……速いね」

「そちらこそ、しかしまだまだ速くなりますよ」


 そこからはもう、目で追うことすら出来なかった。

 しかし、大地を走る紫電と、吹き荒れる突風がその戦いの激しさを物語っている。

 魔力視を使える様になったおかげで、彼女が風の魔法を使って速度を上げていることがわかった。

 盗賊戦の時に僕が使ったやつと仕組みは同じだが、魔力操作の緻密さが桁違いだ。

 ……今の僕では、この中に入るなんて何があってもできやしない。

 その現実に歯噛みする。

 だけど、だったらせめて……この戦いをしっかりと目に焼きつける!

 幸いにもチグリシアという魔族が使っているのは僕の得意な風魔法だ。

 魔力の動かし方、解放するタイミング、学べるところはあるはずだ。

 少しでも技を盗んでやろうと魔力視に集中する。

 

「……え?」


 その瞬間、動き回る彼女らを目で追うことすら出来ていないのに、彼女と目が合った気がした。

 そして何故か、ギリギリだけど動きを目で追えるようになった。

 魔力視の精度が上がった……?

 いや、違う……もしかしてスピードが落ちてる?

 まぁここまでの高速戦闘なんて長時間の維持は出来なくてもおかしくはないけど……それは何か違う気がする。

 それになにより……。


「突然魔力操作が丸見えになりましたが、もしかして手心を加えていただいているのですか?」

「別に、思ってたより大したことなかったからそこまで気を配らなくてもいいかと思って」

「はっ! 舐められたものですね!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 いや、流れだけじゃない。

 魔力の集め方、込め方、魔法として形にするまでの工程まで、全てが筒抜けになっている。

 まるで……生徒に魔法の使い方を教える先生みたいな……。

 ……ってそんな訳ないか。手加減かなんなのか知らないが、折角ここまで丁寧に見せてくれているんだ。少しでも技を盗まないと。

 通常、魔法使い同士の戦闘というのは魔力の隠匿性がとても重要になる。

 魔力視という技術が存在する以上、強者同士の戦闘になればなるほど、ただ魔法を使うだけではその魔力の動きや色で「どこに」「なにを」「どうする」魔法なのかが一目で分かってしまうのだ。

 そのため如何に強力な魔法だろうがバレバレな発動準備をしていれば簡単に対処されてしまうし、逆にただの石ころを飛ばす魔法でも完璧に隠蔽できていれば、相手の意表を突き大きな成果を得ることができる。

 実際先程までの彼女は実際に魔法が発動するまで予兆の様なものも一切なかったのだ。

 それをまだ魔力視を覚えたばかりの僕ですらはっきり見えるほどあからさまな魔力操作をするなど、手加減などと言うレベルですらない。

 いや、それほどの手加減をしても尚アリウムさんと戦えるほど、彼女は強いのだ。

 無論、アリウムさんだって負けていない。

 向こうが速度を落としたのを見て即座に戦い方を切り替え、スピードよりも威力を上げに行った。

 まるで落雷のような一撃にチグリシアも魔力を編んで固めた障壁で守るが防ぎきれずダメージを受けている。

 戦況は間違いなく、アリウムさんに有利なはずだ。

 ……そのはずなのに、何故かとても胸騒ぎがする。

 しかしそんな僕の心配を余所に、この戦いは終わりを迎えようとしていた。


「紫電よ!」

 

 アリウムさんが剣を天に掲げるとそこから大量の魔力が吹き上げ、辺り一体を暗雲が包む。

 そしてそこから、大量の雷がまるで雨のように降り注いだ。

 

「こんな大魔法使ったら間違いなく魔力切れになる……正気?」


 魔力切れ、それは魔法を使う限りどうしてもついてまわる症状で、最も避けるべき状態。

 魔力というのはこの世界に満ちる命の象徴であり、人の体の中にも流れている。

 それを使い切るというのは即ち、命を使い切るということだ。

 勿論本当の意味で使い切ることは体が拒否して出来ないらしいが、それでも限りなくゼロに近づけることはできる。


「はぁ、はぁ……これくらいしないと、あなたは倒せそうにありませんからね……」


 息も絶え絶えにそう返すアリウムさんの目や耳、鼻からは血が流れ、かなりの量の魔力を消費しているのがわかった。

 きっと今、アリウムさんの身には想像を絶する苦痛が襲いかかっているはずだ。

 しかし剣聖であるアリウムさんをもってしてもこのまでの代償を払わなくてはいけないほどの大魔法、これならきっと……!


「たしかにこれは……ちょっと骨が折れる」


 チグリシアがそう呟くと、突如その場に天まで届くような巨大な氷柱が突立った。


「そんな防壁、十秒も持ちませんよ!」

 

 アリウムさんのその言葉通り、天を覆う落雷が氷の巨塔をすごい勢いで削り取っていく。

 これならば十秒と言わず、その半分程で完全に破壊することが出来るだろう。

 しかし……。


「それだけあれば……充分……っ」


 その瞬間、全身の産毛がゾワッと逆立つのを感じた。

 反射的にチグリシアの方を見ると、その頭上にはとてつもない大きさの火球……いや、そんなものではない。

 太陽が、そこには在った。

 半径10メートルはあろうその炎は、ただそこに在るだけで途方もない熱量を放ち、まるで真夏の炎天下のような熱気が辺りを包む。

 離れたところから見ている僕達ですらそうなのだ。

 戦いの渦中にある2人を襲う熱はこの程度では無いだろう。

 その証拠にアリウムさんは少しでもその熱波から逃れようと先程までしていた氷柱への攻撃をやめて陰に隠れ、チグリシアに至っては術者であるにも関わらず身体の所々が焼け焦げ皮膚が剥がれている。しかも魔力切れが近いのか目や鼻から血を流しながらだ。

 そしてそんなチグリシアの命を賭したと思われる大魔法が、ついに放たれる。


「2人とも! 地面に潜ってください!」


 それと同時に、アリウムさんの珍しく焦った声が聞こえた。

 考えるより先に体が動き、即座に魔法で穴を掘ってアサと一緒に飛び込んだ。

 太陽が、彼女自身の建てた氷の巨塔に着弾する。

 その瞬間、急激に蒸発し、膨張した水蒸気が辺り一帯を押し潰した。

 爆風が落ち着き、穴から出て辺りを見渡すと愕然とする。


「なに……これ……」

 

 森が、無くなっていた。

 先程まで生い茂っていた木々が、足元に青々と生えていた雑草が、丸ごと突風に吹き飛ばされ黒々とした土のみがここに残っていた。

 アリウムさんの助言がなく、地面に逃げれていなかったらこの衝撃を全身で受けることになっていたのかとゾッとする。


「大丈夫? アサ」

「お、おう……なんとかな」


 追撃が来るかも知れないと急いでチグリシアを探すと、その姿はすぐに見つかった。

 さらに、追撃の心配は不要だったとすぐに理解する。


「っ……はぁ……はあ……」


 先程の魔法の反動で火球を支えていた左腕は完全に炭化し、また魔力切れの影響で目や口から血が流れ立っているのもやっとという様子だったのだ。


「自分の魔法でそこまで傷つくとは、まだまだ修行が足りないのではないですか?」


 口ではこういっているものの、距離が近かった分即席の穴程度では衝撃が殺しきれなかったのかアリウムさんもボロボロだ。

 それでもしっかりとチグリシアを見据え、剣を構える姿はまさに騎士そのもので、見てるこちらに彼ならば大丈夫と希望と安心感を与えてくれた。


「貴方ならばわかるでしょう。もう勝ち目が無いことに」

「まさか、投降すれば命までは取りませんとでも言うつもり?」


 肩で息をしながらそう笑ったチグリシアに、アリウムさんは信じられない返答をした。


「えぇ、そのまさかです」

「なっ!?」

「おい! 冗談だろアリウムさん!! こんな強い魔族、また襲ってきたらどうすんだよ!」

「その時は、またこうして倒すだけです」


 思わず声を荒らげるアサに、優しく応えるアリウムさん。

 そんな優しすぎる提案に、彼女は……。


「優しいね、どこまでも……まるでおとぎ話に出てくる騎士みたい」

 


 そう言って、どこか嬉しそうにふっと微笑んだ。

 これは、もしかして提案を受け入れてくれるんだろうか。

 

「てことは!」

「……でも、その甘さじゃ魔王(アイツ)には勝てない」


 思わず身を乗り出して飛ばした言葉を遮って、彼女が告げる。

 体はボロボロで立っていることすらやっとな様子なのに、その目は途方もない覚悟を秘めているように見えて、その迫力に思わずたじろぐ。

 ……一体彼女は、何を背負って戦っているのだろう。

 そう考えてしまうほどには、意志の籠った瞳だった。


「そうですか……残念です」


 やはり、どちらかが死ぬまで戦いは終わらないのだろうか。

 僕は、村を出る時に勇者として戦い抜くという決意をしたつもりだったのだけれど、それが生温いものだった。実感した。

 本当の戦いとは、こういうことだったのだ。

 一歩間違えばすぐに死んでしまう、命の奪い合い。


「たしかに貴女は素晴らしい魔法使いです。しかしその魔法の腕に自信を持つが故に、魔力切れになればなにもできない」


 魔法と剣を両方使える私の勝ちだと、アリウムさんは言う。


「何を勝った気になってるの……剣くらい私だって……くっ」


 それに対しチグリシアもほぼ尽きかけているであろう魔力で氷で創り上げるが、途端に頭を抱え膝を着いてしまう。

 

「くっ……っあぁ……」


 頭を抱えて苦しむチグリシアだが、なんとか立ち上がり剣を構える。


「はぁ……はぁ……それに、あなただって魔力はもうないでしょ」

「たしかに私の魔力はほぼ残っていません。ですが……」


 アリウムさんが剣を天にかざすと、そこに一筋の雷が落ちた。

 

「膨大な魔力を持つ貴女には分からないかもしれませんが、限界を超えて魔法を使うのには慣れているので」

「なっ!?」


 紫電と化し、一直線にチグリシアに向かうアリウムさん。

 悲鳴をあげる体に鞭打った最後の攻撃は……彼女の胸を貫いた。


「……かはっ」


 大量の血を吐き、力なくアリウムさんにもたれかかるチグリシア。


「辛うじて心臓を避けたのは賞賛に値しますが、この傷ではどの道長くないでしょう」


 よく見ると、彼女の背中から突き出ている剣は心臓を僅かに避け、右胸を通っていた。

 しかしアリウムさんの言う通り、魔力切れに皮膚の炭化、そしてこの傷ではまず間違いなく死ぬだろう。


「魔王軍四天王、チグリシア・ビスタリオ……討ち取ったり」


 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ゾワリと、全身の毛が逆立つ。


「アリウムさん!!! 今すぐそこから離れて!!」

「ッ!!」


 声が聞こえた瞬間、即座に剣を引き抜き飛びのこうとしてくれるアリウムさん。


「なにっ!?」


 しかし、彼女の胸に突立った剣が抜けることは無かった。


「くそっ、罠でしたか!」


 すぐに剣から手を離そうとするが、それも出来ない。

 彼女に刺さった部分から氷が急速に伸び、アリウムさんごと体に縫いつけたのだ。


「……流石、ステアは鼻がいいね」


 間に合わなかった!

 不味い、はやくアリウムさんを助けないと……!


「アサ! いくよ!!」

「おう!!」


 あれ……そういえば僕の名前、言ってたっけ……。

 飛び出しかけた体に急ブレーキがかかる。


「おい何してんだステア! はやくしろ!」

「う、うん!」


 しかし止まった思考はすぐ現実に引き戻され、生まれた疑問は隅に追いやられる。

 剣を構え、チグリシア目掛けて駆け出した。

 魔力切れの今なら僕達でもなんとかなるかもという疑問は、しかしすぐに潰される。

 

「でも、もう手遅れ」


 凍りつく2人を中心に、物凄い突風が吹き荒れた。


「くぅっ!!」


 あまりの強風で、どれだけ踏み込んでも全く進むことが出来ない。


「貴女……魔力切れの筈ではないのですか!?」


 アリウムさんがそう叫ぶと、先程までの苦しみ方が嘘のような澄まし顔でチグリシアが答えた。


「全部この状況に持ち込むための演技に決まってるでしょ」

「しかしその血は……」


 たしかに目や耳、鼻から今も流れ続ける血は演技では出せないはずだ。

 

「風魔法で切った」

「なっ! 少しでも調整に失敗すれば失明ですよ!」

「失敗しなければいいだけでしょ」


 彼女は、魔力切れに見せ掛けるために自分の魔法で自分を切り裂いたと言うのか。

 口や鼻は兎も角、アリウムさんの言う通り失明の危険もある目にまでするなんて……。


「じゃ、じゃあその火傷も……」

「もちろんわざと……ていうかそうじゃなきゃこんなになる魔法使うわけない。死ぬほど痛いし」


 そう言って真っ黒に炭化した腕をひらひらと振るチグリシア。


「く、狂ってやがる……」


 横でそう呟いたアサに、深く同意する。

 自分の腕すら勝つ為の布石に捨てるその考え方は、理解出来るはずもなく、狂っているとしか言いようがない。

 しかしその勝利への妄執とも言うべき執念が、こうして今の結果に繋がっているのだ。


「魔力切れなんてまったく起こしてないけど、仮に本当に魔力切れになったとしても結果は同じだったと思うよ」

「それは、どういう……」

慣れてるから(・・・・・・)


 なんてことないように言う彼女に、ゾクリと背筋が凍る。

 ……彼女には、勝てない。

 本能から、そう理解した。


「じゃあね、剣聖。さっきの魔法はなかなか凄かったよ」

「……無念、です」


 彼女の右手に、魔力が収束していく。


「くそ、くそ……くそぉぉぉぉぉ!!」

「アリウムさん!!」

 

 突風をかけ分け必死に手を伸ばすが、その距離は一向に縮まらない。

 見ていることしか出来ない自分達が、憎い。

 弱い自分が……憎い。

 必死に声を張り上げようと、握りしめた拳から血が滴ろうと、現実は変わらない。

 収束する魔力が解放され、アリウムさんを貫こうとしたその時……僕たちの横を、物凄いスピードで人影が通り過ぎた。

 そしてその人影は僕達がまったく進めなかった風の防壁を苦もなく突破し、チグリシアに斬りかかった。

 彼女も即座に反応しアリウムさんを盾にするが、それを読んでいたのかアリウムさんの体を覆っていた氷を破壊し、救出する。


「な……お、お前は……」


 すぐに距離を取り、乱入者と相対するチグリシア。

 乱入者の顔を見たチグリシアが、驚愕に満ちた表情になる。


「ったく、なんてザマだよ。お前に剣聖の座をくれてやるのはまだはやかったか?」

「あなたが……何故ここに……」

「あんだけでけぇ爆発があったんだ。心配になってすっ飛んできたに決まってんだろ。それに……」


 そう言って頭を搔く金髪の男。

 こちらを向いたその顔にハッとして、慌てて胸のペンダントを取り出す。


「たった一人の息子のためだ。これくらいして当たり前じゃねぇか」


 そこには、少し老け込んではいるが……絵と同じ顔の男が立っていた。

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