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再会は花のように  作者: 猫寝子cat
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side:C 第2話 「魔王城」

 赤い、赤い、赤い。

 視界の全てが『赤』に塗りつぶされていく。

 私が生まれ育った、大好きな村が燃えている。

 お母さんが、リリちゃんが、おじさんが、おばさんが……真っ赤な血の海に沈んでいる。

 もし地獄というものがあるのなら、こういう場所を言うのだろうと誰でも納得してしまうようなそんな場所に、私は立っていた。


『痛い……痛いよサルビアちゃん……』

『どうして助けてくれなかったの……』

『俺たちを殺すなんて……』


 間違いなく死んでるはずのみんなから、怨嗟の声が響き渡る。


「ち、ちが……違うの……! それはステアをたすけるために……!」


 それがあまりにも怖くて、涙を零しながら必死に叫ぶ。

 それでも声は止むことがなくて、それどころかどんどん勢いを増していく。


「いや……いやだ……たすけてよお母さん……お父さん……」


 涙が溢れても、嗚咽を洩らしても、それを掬い上げてくれる人はいない。

 気が付けば私の足を何本もの腕が掴み、血の海に沈めようとしていた。


「ごめんなさい……! ごめんなさい……! だからもう許して……!!」


 許しを乞う叫びも誰に届くことも無く、どんどん私は沈んでいく。

 そしてついに、頭の先まで血の海に…………。



□⬛︎□⬛︎□⬛︎□


「っ!!!! はぁ……はぁ……」


 ベッドから飛び起き、当たりを見渡す。

 そこに燃える村はなく、あるのは無駄に高価そうな調度品の飾られた部屋があるだけだった。


「また、この夢か……」


 昨日の疲れが癒えておらず節々が痛む体を起こし、呼吸を整える。

 外を見ると、まだ薄暗い。

 しかしどうしても二度寝をする気分にはなれず、私は寝室を後にした。

 この魔王城に来てからはや5年、私は13歳になっていた。

 魔王によって魔族に変えられた私は、予想外にも手厚く扱われ、この魔王城での自由を約束された。

 当初はひたすら戦場に投げ出され、使い捨ての駒として扱われると思っていたので本当に驚いた。

 しかも私の家名になった『ビスタリオ』、これはなんと魔王の家名らしく、魔王は私を娘として迎え入れていたのだ。

 そのためこうして城の一室を渡され、日々を過ごしている。

 無論ただ無為に生きているのでは無い。

 魔王を殺すべく、寝る間も惜しんで魔法の訓練に打ち込んでいる。

 魔族になった影響なのか、元々得意だったマナの感知と操作がさらにスムーズに行えるようになり、魔法の威力は格段に上昇した。

 しかし挑むべき上はまだその足先すら見えない程遥か彼方にいるのだ。

 毎日死ぬ気で……死を覚悟して強くなってもまだまだ届かない。

 魔法を使えるものはそれぞれ、異なる魔力総量というものがある。

 これは自分がどれだけの回数魔法を使えるかどうかを表すもので、小さな風を起こすだけで枯渇する人もいれば、大きな竜巻を起こしてもまだまだ余裕のある人もいる。

 そしてその量は、増やすことができるのだ。

 その方法とは単純明快、限界まで魔法を使うことである。

 しかし言葉にするのは簡単でも、実行するのは全く簡単では無い。

 魔力が低下してくると、目眩やふらつきから始まり、酷くなると激しい頭痛や呼吸困難、死を意識するレベルの症状が現れる。

 文字通り死ぬほどキツいが、それでも辞める訳には行かない。

 だって私は、あの憎き魔王を倒すためにももっと強くならなくてはいけないから。

 

「ふぅ……やっとついた……」


 五分ほど歩き、やっと目的地に辿り着く。

 目の前に広がる厳重な扉を開けると、そこには城の地下へと続く階段が伸びていた。

 この5年で習慣になったこの道を、迷うことなく進んでいく。

 階段を無事降り切ると、そこは魔物ひしめく危険地帯だった。

 角の生えた狼、巨大な蜘蛛、1つ目の巨人、土を身に纏うゴーレム……共通点の特にない多種多様な魔物が、一斉にこちらに敵意を向ける。

 ここは魔王城の地下に広がるダンジョン、その中でもモンスター部屋と呼ばれる場所である。

 この場所では魔物がどこからともなく永遠に現れ続けるので、戦闘訓練に最適なのだ。


「……よし」


 叫び声を上げながらこちらに向かってくる魔物達を、魔法で迎撃していく。

 ここの魔物は全体的にとても強い。

 生半可な魔法では太刀打ちできないため強力な魔法を撃たなくてはいけないのだが、それには基本準備がいる。

 しかし当然魔物がそれを許してくれるはずもなく、容赦なく攻め立ててくる。

 そのため魔物の攻撃を避けつつ、素早く魔法を構築しなくてはいけないのだ。


「ガァァァ!」

「しっ!」


 飛びかかってくる狼を避けつつ、風の刃を放つ。

 それは正確に狼にあたり、その首をはねた。

 しかし休んでいる暇はない。次々と他の魔物が襲いかかってくる。

 流石に数十匹の攻撃を避け続けられるとは思えないので、近づかれる前に倒す。


「はぁぁぁぁぁ!!」


 両手を前にかざし、そこから紫電を放つ。

 紫電は何本もに枝分かれし、十匹程の魔物を同時に焼き殺した。

 この魔法は自動で敵の方に向かってくれるので、集団戦でとても役にたつ。

 しかし魔力消費が激しいのと、自分も少し感電してしまうのでそこは改善点だ。


「復活、相変わらずはやいな……」


 半分程に減らしたはずの魔物は、気が付けば元の数に戻っていた。

 でもそのおかげでこちらも実戦経験をどんどん積むことが出来るため、ありがたい。

 よし……今日も頑張ろう。



□⬛︎□⬛︎□⬛︎□




「っ…………はぁ……はぁ……」


 もう何度目かもわからないが魔物を全滅させ、いつの間にかまた元の数に戻る。

 ただひたすらにこれを繰り返し、自分を追い込んでいく。

 魔力量もだいぶ減ってきており、視界は霞み、頭はガンガンと痛む。

 呼吸をする度に肺が悲鳴をあげ、今すぐにでも倒れたいと体が叫んでいるが、今倒れたら確実に死んでしまうため歯を食いしばって耐える。

 最初に使った紫電のような魔力消費の多いものはもう使えないため効率のいい風の刃で迎撃していくが、あくまでこれは単体への攻撃なので、どうしても撃ち漏らしが出てしまう。

 

「ウォォォォォ!」

「はぁ……はぁ……くっ!」


 倒れ込むようにして巨人の振るう棍棒を避け、反撃で命を奪う。

 どんどんと、死が確実に近づいてくる。

 死の足音が大きくなればなるほど頭はぐるぐると回転し、思考が少しの勝ち筋も見逃さないよう洗練されていく。

 しかしそれと反比例するように、体はどんどん傷つき、動かなくなっていく。

 思考に体がついて行かず、ズレが生じる。

 そしてそのズレは、大きな隙を産む。

 

「しまっ」


 気づいた時にはもう遅い。

 音もなく近づいてきた狼型の魔物の牙が、私に突き刺さった。


「っ!? あぁぁぁぁ!!」


 痛い、痛い。

 左肩を噛まれた。腕が上がらない。

 悲鳴を上げてる間にほかの魔物との距離が縮んだ。距離を取らなくちゃ……。

 そう思い顔を上げると、今まさに振り下ろされようとしている棍棒が見えた。

 あ、これ死ぬ……。

 …………いや。

 

「死んで……たまるかぁぁぁ!!」


 使い物にならなくなった左腕を氷で覆い少しでも硬度を上げ、風魔法で無理やり持ち上げて自分と棍棒の間に入れ込む。

 バキッと鈍い音が響き、私の左腕が変な方向にひしゃげるが、それだけの犠牲で何とか生き残ることができた。


「はぁ……はぁ……はぁ……逃げ、なきゃ……」


 水と火を組み合わせて大量の水蒸気を生み出し、煙幕にする。

 さらに残りカスのような小さい魔力を絞り出して氷で壁を築き、這うようにして階段を上る。

 背後ではドンドンと壁を叩いている音が聞こえる。

 そこまで厚くは無い壁だ。どうせすぐ破られてしまうだろう。

 だけどそれでも時間は稼げた。

 なんとかその隙に、ダンジョンから出ることが出来る。


「っつぅ……く、あぁぁぁぁ……!!」


 扉を閉めた直後、ドサリと倒れ込み呻き声を上げた。

 痛くない場所を探す方が難しい程体中が悲鳴をあげている。

 幸い左腕はもう感覚が無くなっているので痛くは無いが、その他にも小さくない切り傷や打撲がズキズキと痛み、魔力が枯渇しまるで頭の中で生き物が暴れているかのように痛い。

 魔力を回復する効果のある苦い薬草を噛み締めながら、少しずつ息を整える。

 ふと窓の外を見てみると、まだ登っていなかったはずの太陽が既に空高く輝いていた。

 これが、私の日常。

 悪夢で目を覚まし、死ぬ一歩手前まで自分を追い込み、泥のように眠り、体力が回復したらもう一度ダンジョンに潜る。

 ただ、その繰り返し。

 そこに変化はなく、安寧もなく、あるのは苦痛と強くならなくてはという義務感のみだ。


「あらチグリシア、またこんな所でボロボロになってるの?」


 少しずつ乱れた呼吸が戻ってきたころ、胸元が大きくひらき無駄に扇情的な格好をした女の魔族に声をかけられた。


「毎日毎日こんなダンジョン如きで逃げ帰って、同じ四天王として恥ずかしいわ。どうせ今日も10分位しか持たなかったんでしょう?」


 四天王、それは魔王軍最高幹部の証であり、魔王に次ぐ実力者である四人の魔族のこと。

 彼女はその四天王の一人、リアトリス。

 私がまだ魔族になって一週間程しかなってない頃、四天王の一人が戦死したことで空いた一枠に入り四天王となったため、私のことを魔王の養子というコネを使ったと見下してくるのだ。

 まあ、魔族からなんと思われようがどうでもいいが。


「別に、私は四天王とかどうでもいいし」

「アンタがよくてもアタシ達が困るって言ってんの。ったくこれだからガキは」


 こういう小言は今に始まったことではないので適当に聞き流す。

 それより今は安静にして治療の魔法が使えるくらいまで魔力を回復させないと。


「あら大変、あなた腕を怪我してるじゃない。アタシが治してあげないと」


 リアトリスが明らかに変な方向を向いている私の左腕を見てニヤリと笑みを浮かべた。

 ……嫌な予感がする。


「だ、大丈夫……自分で治せるから」

「あらあら気にしなくて大丈夫よ〜、困った時はお互い様だもの……ねっ!」


 そう言いながら彼女は、さも当然のように私の腕を全力で蹴りつけた。


「っあぁぁぁぁ!!」

「あははははは!! あらあらごめんなさいね〜! 足が滑っちゃったの!」


 先程まで麻痺していた痛覚が、新たな刺激によって覚醒する。

 いっそ腕を切り落としてしまいたくなるような激痛が私を襲い、もはやただ痛みに喘ぐことしか出来なかった。


「ほんっとに無様ね! いくら魔王様の養子とはいえなんでこんなクソガキを四天王にしたのかしら……こんな雑魚と! アタシ達が同列とか! ありえないじゃない!」


 そう言いながら何度も何度も私を蹴るリアトリス。

 しかし私は先程までの戦闘で指一本動かせない程に体力を消耗し、魔力もほぼ完全に枯渇しているのでそこから逃げられず、されるがままになるしかなかった。


「は〜スッキリした。アンタも調子乗ってんじゃないよ〜」


 しばらく私を痛めつけたリアトリスは、満足したのか高笑いをしながら去っていった。


「っつぅ……」


 なんで私がこんな目に、とは思わない。

 自分の願いのために村のみんなをこの手で殺した私には、これくらいがお似合いだ。

 いや、むしろこれくらいの罰がなくてはいけないのだ。

 だから私は、それを甘んじて受け入れる。

 悪いことをすれば悪いことが返ってくる、誰でも知っている当たり前のこと、ただそれだけだ。




□⬛︎□⬛︎□⬛︎□




 そんな日常が何年か続いたある日、今代の勇者が成人を迎えたという知らせが魔王城へと届いた。

 それと同時に、私たち四天王に魔王直々に招集がかかる。

 そっか……ステア、もうそんなに大きくなったんだね。

 じんわりと瞳に滲む涙を拭い、玉座の間へと向かう。

 ステアの無事が分かったのが嬉しいのと同時に、この知らせが届いたということは勇者への本格的な攻撃が始まることでもあり、少し心配でもある。

 そんなことを考えながら歩いていると、あっという間に玉座の間に到着した。

 軽く一呼吸をしてから扉を開くと、既に他の四天王は揃っているようだった。


「魔王様を待たせるとか何様のつもりなの? 背が伸びても中身は変わらないのねぇチグリシア」


 腰まで伸びる緑色の髪をたなびかせ、男性なら誰しもが目で追ってしまうような蠱惑的な肢体を惜しげも無く晒しているサキュバスのリアトリス・クラナリゼ。


「そんな奴どーでもいい、早く始めようぜ」


 そう言ったのは野性的な顔つきをした褐色肌の男、鬼人のアキレア・ボルト。


「お待たせしました魔王様、ここに四天王、集結いたしました」


 そして老人のような姿をした先代魔王にも仕えていたとされる最年長の悪魔、モクレン・カタギリ。

 ここに私、チグリシア・ビスタリオを入れることで、四天王が全員揃うことになる。


「よく集まってくれた。さて、もうわかっているだろうが、勇者が成人を迎えた。そのことについてだ」


 ……そして、魔王ロベリア・ビスタリオ。

 ごくりと唾を飲む。

 あれから13年、思い返せばあっという間だった。

 これまではひたすら力を高めるだけだったが、数年前から実際に人間との戦闘に駆り出されるようになり、数え切れない程の命を奪ってきた。

 こんな血に塗れた私では、もう弟のそばに居てやれる資格は無いけれど……せめて最大の障壁として、ステアが魔王に勝てるようになるまで立ち塞がっていこう。


「しかしまさかこいつが勇者だったとはな……驚いたぞチグリシア」

「っ!」


 魔王がこちらを向き、私と目が合う。

 咄嗟に目を逸らしたが、怪しまれていないだろうか。

 

「ふ、まぁいい……だがこれ以上成長されると、後々厄介な脅威になる可能性がある。そのためお前らの中の誰かにこいつの討伐へ行ってもらう」


 そう言って魔王は、私たち四天王を順番に眺めていく。

 

「そうだな……チグリシア、お前が行け」

「わ、私……?」


 ……私に、弟を殺しにいけと言うのか。

 そもそも、魔王は勇者が私の弟をであると知っているのだ。手心を加えるとは思わないのだろうか。

 しかし魔王はまるでその考えを読んでいたかのように、言葉を続けた。


「護送に『剣聖』がいると聞く。失敗しても特に罰は負わせんが、もし手を抜く、わざと逃がす等をした時は、私自ら勇者を殺しに行くからな」

「…………わかった」


 そんなことが分かるわけがない、とは思わない。

 神の如き力を振るう魔王ならその程度できてもおかしくないし、もし本当はできなかったとしても、リスクを考えたらそんな危険なことを私ができるわけが無い。

 嘘であろうと誠であろうと私がどうせ逆らえないわかった上で、魔王はこう言っているのだろう。


「待ってください魔王様! どうしていつもいつもこいつばかりに大切な任務を任せるのですか!」


 そこでリアトリスが、有り得ないと言うように抗議の声を上げる。

 

「アタシの方が、惨たらしく勇者を殺すことができます! こんなクソガキよりも必ず魔王様のお役に立ってみせます! それに……」

「黙れ……貴様、誰の許しを得て俺に意見を述べている」


 しかし魔王の一声で、その抗議はピタリと止めさせられてまった。


「……申し訳、ございません」

「次はないぞ、気を付けろ」

「はっ……」


 まるで殺してやるとでもいっているかのように、リアトリスが私の方へ怨嗟の視線を向けてくる。

 しかしそれに気付かないフリをし、私は魔王に向き直った。


「……それじゃあ、行ってくる」

「あぁ」


 くるりと振り返り、玉座の間を後にする。

 相変わらずリアトリスからは鋭い視線が注がれるが、その時はもう既に気にも止めていなかった。

 コツ、コツ……と、長い廊下に私の足音だけが響く。

 これから私は、弟を……勇者を殺しに行く。

 本当は直ぐに抱きしめて上げたいのだけれど、世界はそれを許してくれないようだ。

 ステアと私の再会……いや、勇者と魔王軍の出会いの時は、刻一刻と迫っていた。

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