side:F 第一話 「旅立ち」
皆さんどうも。2年ぶりです。
さて、長らく放置してたこの作品ですが、どうしても完結させたいのでもうちょっとだけ続けて見たいと思います。
大分長いことブランクがあるので拙い文章かもしれませんが、よろしくお願いします。
……え、罠師?
……………………知らない子ですねぇ。
朝、窓から入る朝日に照らされて、目が覚める。
「ん……ふわぁ……」
まだ少し眠くて勝手に閉じようとする瞼を擦りながら階段を下り、リビングに向かう。
「あらステア、起きたの? 今日も早いわね」
「ん、おはようおばさん」
リビングで朝食をテーブルに並べるているのは、僕のお母さん代わりをしてくれているマリーさん。どこから来たかも分からない僕をそれでも面倒見てくれている優しい人だ。
そう、僕はいわゆる捨て子というやつで、10年前、まだ2歳程のボクがマリーさんの家の前に置き去られていたらしい。
僕の身元を示すようなものはほとんど持っておらず、唯一持っていたのは、赤ん坊の僕と家族と思しき人が一緒に描かれた絵が入ったロケットペンダントだった。
……みんな、とても幸せそうな顔をしている。
どうして僕は、捨てられてしまったんだろう。
それを聞く相手も、もう居ないのだけれど……。
「ほーら、なに辛気臭い顔してんの。冷める前に食べな」
「あ、おばさん……」
コト、と僕の前にスープとパンが置かれる。
その音ではっと現実に引き戻された。
そうだ、僕にはもう新しい家族がいる。僕のことを捨てた家族のことなんて考える必要も無い。
「ありがとう。いただきます」
「はいよ」
それからしばらく無言で朝食を食べていると、2階からどたどたと大きな足音が聞こえてきた。
「ちょっとお母さん! なんで起こしてくれなかったの!」
「何回も起こしたでしょうが! ったくあんたもちょっとはステアを見習いなさい!」
「ステア……? おー! もう起きてたのか! 相変わらずはえーなお前!」
「ん、おはようアサ」
彼はアサ、マリーさんの息子で血は繋がっていないけれど、僕の大切な兄だ。
「なぁステア、今日も特訓すんだろ? はやくいこーぜ!」
「ご飯食べてからね、折角おばさんが作ってくれたんだから美味しくいただかないと」
こんなに美味しご飯を食べないなんてもったいない、とアサを椅子に座らせる。
「ステアは相変わらずマジメだなーまったく。母さん! 早くメシ!」
「はいはい……ごめんねステア、いつもこのバカに付き合わせて」
「ううん、むしろ僕の方が付き合ってもらいたいくらいだもん。それに……」
僕には強くならなくちゃ行いけない理由がある。
なぜなら……。
「僕は、勇者だから」
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僕が勇者だとわかったのは、今から大体5年前、ようやくここの暮らしに慣れてきた頃だった。
突然だが、僕は正直ここの村の子供たちとあまり仲良くない……というか、避けられている。
なぜなら僕は他所の人間、しかも捨て子だからだ。
自分の本当の親がいないという理由で、その頃の僕は虐められていた。
ある日、いじめっ子の1人が僕の唯一の家族との繋がりであるロケットペンダントを取り上げて放り投げた。
急いでそれを取りに行くと、地面に落ちた衝撃でどこかの仕掛けが作動したのか、中から小さな紙切れが出てきたのだ。
そこには、まるで乾いた血のような赤みがかった茶色で、
『あなたは勇者。愛してる。ごめん』
とだけ書かれていた。
その言葉はとても鋭く胸に突き刺さり、僕は勇者であると直ぐに理解させる重みがあった。
そして同時に……何故か突然とても大きな悲しみが僕を襲い、気付けば大粒の涙が溢れ出していた。
どうしてあの時泣いてしまったのかは今でもわからないが、あの日を境に間違いなく僕は変わったのだ。
『強くならなくてはいけない』という強い使命感が僕を突き動かし、それからは毎日アサと特訓をし続けている。
僕が勇者である、だから強くならなくてはいけないと伝えた時のアサのあの決意に満ちた顔は、きっと一生忘れないと思う。
『お前が勇者で、これから危険な場所に行かなきゃならないなら……俺がお前を守る盾になる! だって俺は、お前の兄貴だからな!』
本当に、アサにはいくら感謝してもし足りない。
それくらい、僕の中で彼は大きな存在になっていた。
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「うっし! そしたら今日も訓練はじめっか!」
「うん、よろしくアサ」
両手に持った木の盾をガツンと打ち鳴らし勝気な笑みを浮かべるアサ。
彼のスタイルは少し変わっていて、両手に1つずつ盾を持ち、それで戦うといものだ。
なんで剣を持たないのかと聞いたら、彼いわく『攻めはお前がなってくれんだろ?』との事だった。
たしかにそのつもりだが、そこまで無条件に信頼されると少し気恥しい。
あと、『それにコイツでぶん殴りゃ大抵のやつはイチコロよ』とも言っていた。
最初に聞いた時はホントだろうかと疑っていたが、訓練を初めてすぐその通りだと身をもって知ることになる。
あれは……とても痛い。
だから僕も叩かれずに済むよう精一杯攻撃をしかけるのだ。
「それじゃあ……いくよ……!」
「おう!」
僕の武器は至って普通の直剣。
ただ、片手でも両手でも振るえるように片手剣にしては少し大きめになっている。
まぁ僕はまだ子供だから、大きめと言っても大人が使う片手剣サイズにすら届いてないのだけれど。
「はぁぁぁ!」
まずは剣を両手でしっかり握りしめて斬り掛る。
しかしアサは盾を2つ持っているため僕より手数が多く、簡単に弾かれてしまう。
それでも果敢に攻め続け、隙ができるのを待つ。
「おいおい、そんな攻めばっかじゃ……欠伸が出ちまうぜ!」
すると、少し甘い攻めをした僕の剣を大きく弾き、アサが盾で殴りかかってきた。
それを見て、僕は心の中でニヤリとほくそ笑む。
「そこっ!」
「なっ! ちぃっ!」
剣から左手を離し、アサの足元に向ける。
するとそこから空気の塊が打ち出され、地面を穿った。
突如できた窪みに足を取られ、バランスを崩したアサを下から切り上げる。
「なめん……なっ!」
前のめりに倒れているところに掬い上げるように飛んでくる斬撃。普通なら間違いなくここで決着がつく一撃だったが、それをアサは体を捻りつつ盾を剣の腹に当てるという離れ業で流してみせる。
しかし、アサならこれくらい避けてみせると分かっていた僕は流された剣の勢いを殺さずに体を回転させ、蹴りを放った。
流石のアサもこれは受け止められず、吹き飛ばされて地面をゴロゴロと転がっていく。
すぐにアサの所に駆け寄り、手を差し出す。
それを取って立ち上がりながら、愚痴をこぼした。
「だーくそ! やっぱ魔法ずりー!」
「いやいや、あれを避けるアサも充分すごいよ」
そう、先程使った空気の塊。あれは魔法と呼ばれるものだ。
この世界に漂うマナを手繰り寄せ、形を与えることで効果を現す魔法。
今の僕は先程のように相手の意表をつくのが精々のものしか使えないが、熟練の魔法使いならその魔法ひとつで大群を蹴散らすことも出来るらしい。
もちろんそんな強力な魔法も、誰もが使える訳では無い。
マリーおばさん曰く、魔法が使えるかどうかというのは生まれた瞬間に決まってしまうらしい。
勿論使える人間がどれだけ上達させられるかは本人の努力次第だが、魔法が使えない人はたとえ人生の全てを捧げたとしても使えるようにはならないのだ。
そのため魔法使いというのはそれだけで価値があり、たとえ火種くらいしか作れなかったとしても一生食いっぱぐれることはないという。
その魔法を、偶然にも僕は使うことが出来た。
中でも風を操る魔法は僕と相性がいいらしく、先程のように上手く戦闘に組み込めるまでになってきた。
そのため、いつでも魔法を使う片手が空けられるように、中途半端な大きさの剣にしているのだ。
「うっし! もっかいやんぞ!」
「うん、まだまだやるんだからバテないでよね」
「へっ、そっちこそ」
こうして僕達は、なんども、なんどでも、ひたすらに模擬戦を積み重ねていった。
ご飯を食べる時間と寝る時間以外は、ほとんどをこれに使っていたと思う。
強くなりたかったからというのは勿論だが、僕達の間ではこれが何よりも楽しい遊びで、当たり前の日常になっていたため辛さとかは感じたことがなかった。
そうして時は流れ、葉が茂り、そして落ちるのを何巡かした頃、気付けば僕は15歳となり成人を迎えていた。
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「アサ、準備できた?」
「ちょ、ちょっとまてって!! えーっとあれを持ってこれを持って……あーーーーくそ全然バッグに入らねえじゃねえか!!」
15歳の誕生日をアサとマリーおばさんに祝ってもらってからはや数日、今僕達は旅の支度をしていた。
去年の誕生日の時2人と話し合った結果、成人になったら勇者としての使命を果たすために旅にでようということになったのだ。
出発は明日の正午、その準備に手間取っているアサを見てクスリとしながらリビングに向かうと、明日の朝食の準備をしているマリーおばさんと目が合った。
「お、もう準備は終わったのかい?」
「うん、アサはまだまだみたいだけどね」
「まったくあのバカ息子は……いくつになってもガキのままなんだから」
「ふふ、でも決める時はしっかり決めるからずるいよね」
「あぁ、ホントに……自慢の息子だよ」
そこまで言うと、マリーおばさんはふぅと息を吐き、ちょいちょいと僕を手招きした。
なんだろうと思い招かれるままに近寄ると、突然力強く抱きしめられた。
「わっ! どうしたの急に!」
「……ステア、今までよく頑張ったね」
「……おばさん?」
「自分の家族は誰もいなくて、物心着いた時には知らない土地にひとりきり、つらかったろう」
「……」
「捨て子で親がいないから、他のクソガキ共によく思われてないのはわかっていたけど、何にもしてやれなくて本当にごめんよ……」
「そんな、もう昔のことだよ。それにおばさんがいてくれただけで僕は」
「ステア!」
「っ!?」
突然大きな声を出され、少しびっくりする。
なにか怒らせるようなことを言っただろうかと心配になったが、肩にぽとぽとと雫が落ちてきて、そんな事なかったと安心する。
「家族がいないっていうのがどんなに苦痛なのか、申し訳ないけど私にはわからない……ただ! 私が!アサが!! 心の底からあんたのことを愛していて、かけがえの無い家族だと思ってる!!」
「……」
「だから……生きてまた、元気な顔見せてよね……」
「うん……うんっ!!」
気付けば、僕も泣いていた。
2人して大声で泣いて、いっぱい泣いて、なんとなく恥ずかしくなって顔を見合せて笑った。
「それじゃ、明日も朝早いだろうし早く寝な」
「うん、おやすみ、おば……お母さん」
「っ!? 全くお前ってやつは!!!」
もう一度、力強く抱きしめられる。
「ちょ、ちょっと苦しいって」
「あはは! ホント、自慢の息子だよ!」
泣き腫らした赤い目で朗らかに笑うマリーさんを見て、こちらも釣られて笑顔になる。
「さ、今度こそおやすみ。寝坊すんじゃないよ?」
「わかってるって、アサじゃないんだから」
「あはは! それもそうだね!」
本当に……本当にありがとう、お母さん。
そうしてその日は、とても安らかな気持ちで眠りについた。
…………終わる気がしねーーー! というアサの叫び声を聞きながら……。
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翌朝、目を覚ますと何やら街が騒がしいことに気がついた。
なにがあったのかとお母さんに聞くと、なんと王都から騎士の人が来ているらしい。
急いでアサと共に広場に向かうと、鎧を見に纏った男が1人、馬車の前に佇んでいた。
「あ、あの、僕を迎えに来たと聞いたのですが」
そう声をかけると、その男はこちらに向き直り、優雅に一礼し名乗りを上げた。
「貴殿がフィソステギア殿ですか。私はルピナスで剣聖の座に就かせて頂いております、アリウムと申します」
美麗、そんな言葉が似合う男だった。
サラサラと風にたなびく肩口まで伸びた紫色の髪、白い肌にはどこか女性らしさもある整った顔が刻まれており、瞳には大海のような深い蒼が浮かんでいた。
「よくぞご無事に成人を迎えてくださいました。我々ルピナス騎士団は、あなたを心より祝福させていただきます」
所作のひとつひとつに気品があり、ついつい次の動作を目で追ってしまう。
しかしふと先程の言葉に引っ掛かりを覚え、気になったことを聞き返す。
「あの、無事に成人を迎えたというのはどういう……」
「はい、実は……」
それから、アリウムさんは勇者と魔王について色々と教えてくれた。
魔王という世界の敵と、それを倒すべく世界に選ばれた勇者という存在のこと。
魔王は1度してば数百年は生まれることがないが、勇者は死んでしまっても数年でまた産まれてくるということ。
そして、今代の魔王はとても狡猾で、勇者がまだ幼い内に殺してしまうことで脅威を排除しているということ。
人類側にも勇者が成人を迎えるとその存在がわかる巫女というものがいるが、そもそも成人になることが出来ていなかったらしい。
そのせいで50年ほど勇者は現れず、魔王はどんどん勢力を拡大しているとのことだった。
「なるほど……しかしそこまで情報収集能力が高い魔王が何故僕のことは見つけられなかったんでしょう」
「そこまでは私にも……ただ神が与えてくれたこの機会、絶対に見逃す訳には行きません」
そこで王国の『剣聖』であるアリウムさんが直々に迎えに来てくださり、王都に着けば稽古をつけてくれるそうだ。
剣聖というのは、王国の騎士で最も強い人間に与えられる称号で、すべての騎士の憧れだそうだ。
つまり今王国は最高戦力を不在にした状況な訳で、どれだけ僕が重要な立場にあるか、否が応でもわからせられる。
「というわけでフィソステギア殿、世界のため、私と共に剣をとってはくれませんか」
「……もちろんです。僕はそのために、これまで修行してきたんですから」
「心より、感謝申し上げます。ではこちらの馬車に……」
「……あの!!」
ずっと僕の後ろで話を聞いていたアサが、声を上げる。
「貴殿は……?」
「俺は勇者であるステアの兄であり盾! アサ! 俺も連れてってくれませんか!!」
その言葉を聞いて、はっとした。
僕は当たり前にアサも一緒に行けると思っていたが、王国が欲しいのは『勇者』という存在であって正確に言えば僕ではない。
勇者ですらないアサが連れていって貰えない可能性は、充分に考えられた。
「あの! 僕からもお願いします!! 僕はずっとアサに支えてもらってきて、それで……」
僕はあわててアリウムさんに頼み込むが、まさかの可能性に頭が少し追いついておらず上手く言葉が纏まらない。
それにさらに慌てていると、アリウムさんはふっと微笑みこう言った。
「そんなに心配されなくてもお兄様とのことでしたらこちらこそお願いしたいくらいです。それに王国では常に戦力を欲していますしね」
その言葉にアサと一緒に息を吐く。
「それでは御二方、改めてこちらの馬車にお乗り下さい」
「はい!」
「おう!」
2人で一緒に馬車に乗り、村の出口へ向かう。
すると途中で、この13年間お世話になった我が家が見えた。
アサと顔を見合わせ、頷き合う。
そして2人で窓から身を乗り出して、大きく息を吸った。
しんみりとしたお別れはもう昨日済ませたんだ。今日は笑顔で行かないと。
「おかーさーーーーん!!」
「おふくろーーーーー!!」
大きな声でマリーおばさんを呼ぶと、数秒もせず玄関から倒れ込むようにして彼女が出てきた。
「はぁ……はぁ……そっか、行くんだね」
「うん!! いってきまーーーーーす!!!」
「ステアは俺が守るから!! あんしんしろよなー!!!」
僕たちの言葉を聞いたお母さんは、数回ごしごしと目元を擦ってから、とびっきりの笑顔で。
「行ってらっしゃい!! 自慢の息子達!!! 怪我すんじゃないよーー!!!」
そう言った。
それから僕達は、お互いの姿が見えなくなるまで、、ずっと手を振り続けた。
さようなら、そしてありがとう。
こうして僕達は、13年間お世話になった故郷を後にした。