始まりの終わり
こんにちは、猫寝子catです。
この度、新連載を始めさせて頂きました。
でもこれは完全に筆休め的に書くものですので、多分月1更新とかになると思います。
その分一話当たりの文字数はちょっと多目にする予定です。
それでは、よろしくお願いします。
私達は、幸せだった。
人間族の大国、ルピナスの辺境にある小さな村で育った私は、特別なことはなにもなくても、幸せな毎日がを送っていた。
裕福ではなくても、優しくてかっこいい両親。いつも私たちに親しくしてくれる友達や村の人たち。
そして、最愛の弟、フィソステギア。私がつけたこの名前は少し長いため、みんなステアと呼んでいた。
30後半の両親、2才のステア。そして当時8才だった私の4人家族で暮らしていた。
私たち姉弟は周りの大人たちと比べても魔力が強く、天才だと言われており、弟に至ってはいずれ来る魔族との戦争で切り札にもなりうる勇者だということが3才の時わかった。
それがわかってから私は、弟に守られずに済むよう魔法の修行を欠かさず行うようになった。
その日も、朝にちょっとした魔力操作の練習をしてから近所の友達と遊びに出かけていた。
こんないつもの幸せがずっと続くと、その時の私はまだ漠然とそう思っていたのだ。
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「ねーサルビアちゃーん、早く遊びに行こうよー」
「はーい、今行くねー」
毎日続けている魔力操作の練習をしていると、いつも通りリリちゃんが遊びに誘ってきた。
待ちきれないといった様子のリリちゃんの声を聞き、すぐに練習を切り上げて家から出る。
「行ってきまーす!」
「はーい、怪我には気を付けなさいねー」
「だう!」
お母さんにいってきますをすると、ステアと遊んでいたお母さんから返事があった。
お父さんは、昨日友達とお酒を飲みに王都に行ったっきりまだ帰ってきていない。
まったく……お母さんを寂しがらせるなバカパパ。
「わかってるー!」
さて、気を取り直して……。
今日はどんな楽しいことがあるかな!
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「お待たせ、リリちゃん」
「さて、今日は何して遊ぶ?」
「それじゃあ、今日はハンスさんのとこにいたずらしよう!」
「あ、いいねそれ! ふふ、楽しみだな~」
ハンスさんは私たちの村の八百屋さんで、怒るとすっごい怖い人。でもどんなことも拳骨一発くらわすと許してくれるの。
ま、拳骨をもらう気はないけどね! だってあれすっごい痛いし。
「そうと決まればレッツゴー!」
「おー!!」
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「くぉらーーー!! 待てこのじゃじゃ馬娘がーーーー!!!」
「「きゃーーー!」」
ハンスさんのお店から一番色がよくて美味しそうなトマトを見事拝借した私たちは、運の悪いことにハンスさんに見つかってしまった。
「ほらリリちゃん! いつものするから手を出して」
「うん!」
リリちゃんの手を掴み、周囲の魔素を動かすことで自分たちの体を軽くする。
今の私たちはほぼ無重力状態になってるから、力いっぱいジャンプすると……。
「それっ!」
フワ―っと浮かび上がり、近くのお家の屋根に着地した。
「トマトは頂いていくよ、ハンス君! はーっはっはっはっは!」
最近見た義賊のお話の主人公がするみたいなセリフを言って勝ち誇る。
「ふっ、バカめ、俺がそこに行けないと思ってるようだけどなぁ……」
ハンスさんが何か言ってるようだけど、私はリリちゃんと勝利の喜びを分かち合ってるため聞こえない。
「行け! リリ!」
「は~い」
「な!?」
その瞬間、信じられないことが起こった。
リリちゃんが私の腕をガッシリホールドし、まだ残ってる魔法の効果を使って飛び降りたのだ。
「ちょ、ちょっとリリちゃん!? どういうこと!?」
「ふっふっふ、甘い、今盗んできたトマトのようにあまあまだよサルビアちゃん。私はすぱい、だっけ? なのだー!」
「ええええええ!?」
哀れな私は、リリちゃんに担がれたままハンスさんの所まで連れていかれてしまった。
「放せーーー! 裏切者ぉぉぉ!!」
せめてもの抵抗としてじたばたと暴れるが、無情にもタイムリミットがやってくる。
そしてハンスさんの鉄拳が私達2人に落ちてきた。
「「いッた――――――い!!」」
え? 2人?
「ちょ、ちょっとハンスさん!? なんで私までやられるのさ!?」
「お前、しれっと自分でも盗んでただろ。俺が許すっつったのは今までの分だけだ」
「計ったなハンスさーーーーん!」
裏切者の悲痛な叫び声が響く。でも私は助けない。なぜなら裏切ったから。
裏切り者には死を。これ戦場の鉄則。
そんなこんなで一日は過ぎていき、外が暗くなってきたため、その日はお開きとなった。
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「ただいま~」
「おかえり、ごはんできてるわよ……ってどうしたのそのたんこぶ!」
「えへへ」
お母さんにたんこぶが発見されてしまった。
「アンタまたハンスさんとこに……はぁ」
「違うのお母さん! 今日はリリちゃんが裏切って……」
言い訳をすることで罰が減ることを願う。まぁ無理だろうけど。
「はぁ、盗んだことには変わりないでしょ。てか逃げきれたら余計タチ悪いから」
「うっ」
そう言われちゃったらもう私には何も言えない。甘んじて罰を受け入れよう。
「せいっ!」
「ゴフッ!」
ぼでーに、ぼでーに来た……
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「いただきまーす!」
先ほどの悪夢は忘れ、今はおいしい夕食に集中する。
「今日のシチュー今までで一番おいしい!」
「さっきあんなに痛がってたのに……子供は元気ね~」
いつも通り遊んで、いつも通り怒られて、そんな風にいつも通りに過ごしていた。今までと変わったことは何もなかった。……まぁしいて言えば裏切られたけど、あれぐらいはまあいいでしょ。
ここまではいつも通り。
でも、これからは違う。「いつも通り」は、たった1人の魔族によりいとも容易く壊された。
……その瞬間、お母さんの腰から上が無くなった。
「……え?」
迸る鮮血。お母さんだったソレは、椅子からゴトッと音を立てて倒れた。
そして、ソイツはいつの間にかなくなっていた右側の壁から、まるで暖簾でも潜るように自然と表れた。
「ふむ、ここにもそれらしい気配は無し、か……もしやここに勇者がいるというのは誤情報だったのか?」
『勇者』。その言葉を聞いた瞬間、私はステアを胸に抱えた。
幸いステアは私の隣にいたため、ソイツからは特に怪しまれることはなかった。
恐らく私ごとき、いつでも殺せるからこそ気にも留めていないのだろう。
「む? この娘、この年でここまでの魔力を持つか……しかし勇者、ではないな。気配が違う」
「あ、あな、あなたは……誰?」
恐怖のためか、なぜか私には「逃げる」という選択肢が思いつかず、浮かんでくるのは疑問だけだった。
どうしてコイツはやってきた? なぜ? なんのために?
「俺か? 俺はな、魔王だ」
『魔王』。魔族の王であり、人類の敵。勇者と真逆の存在。
「もしやまだ赤ん坊で、自分が勇者であることにすら気付いてない? まぁ、全員殺せば関係ないか」
死ぬ、殺される。お母さんみたいに、あっさりと、蚊でも殺すように。
それは嫌だ。でも、ステアが殺されるのはもっといやだ。
幸いこの男は、ステアが勇者であることに気付いていない。なら、まだ可能性はあるかもしれない。
「おね、がい……ステアを、ステアを殺さないで」
「ほう? この俺に対して要求をするか。中々いい度胸だ、人間にしておくにはもったいないな」
「私は、なんでもする。死んでもいい。だから……ステアを、ステアだけは、殺さないで……!」
涙や鼻水で顔をグシャグシャにしながら、私は懇願した。
「よかろう」
「っ!! ホント!?」
「では、そうだな……貴様が残りの村人を全員殺し、首をここに持って来い」
「……へ?」
瞬間、目の前が真っ暗になった。
皆を、殺す?
「どういう……」
「幸いここには旨そうな料理がある。俺がこれを食い終わるまでに全員を殺せたら、こいつは助けてやろう」
そんな……弟と、皆を、どっちかしか選べない?
でも、勇者であるステアが死んだら、コイツは殺せない。きっと、人間界は滅びる。
だったら……。
「……わかった」
「うむ、俺は約束は守る。もしできたのならコイツにはしばらく手を出さないと誓おう。もちろん、貴様の働き次第だが」
私は、覚束ない足取りで家を出た。
……村は、地獄のように荒れ果てていた。
「そん……な……でも、やらなきゃ……」
人が少ない、ということは、短時間で済む。ということだ。
それからは、何も考えず、何も思わず、何も感じずただ皆を殺していった。
ただ……彼女を殺すときだけは、心を、感情を、考えてしまった。
「っ! よかった! サルビアちゃん! 生きてた!!!!」
「…………リリ、ちゃん……」
「他の皆は!? なんでそんな血だらけなの!? 大丈夫!?」
こんなにも心配してくれるリリちゃんに、思わず決意が鈍ってしまいそうになった。
でも、アイツは私に悩む時間を絶対にくれない。
それに、どうせ私ができなくても、アイツにみんな殺される。だったら、せめて……。
「ごめん……ごめん…………」
「どうしたの? サルビアちゃ」
せめて苦しまないように、一瞬で風の刃を彼女の首に走らせた。
リリちゃんの心配そうな顔が、横にずれる。
でも大丈夫。もう私には前が見えないから。
あふれ出る涙で、視界が歪んで、でも周りの魔素を読んで場所を把握する。
そして私は、またココロを消した。
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「これで……終わり……?」
何人もの友達を、その家族を殺し、周りから命を感じなくなった。
無言で家に戻ると、アイツはまだシチューを食べていた。
「帰ってきたか」
「……うん」
「全員殺したか?」
「……うん」
「どれ……ほう、本当のようだな」
なにも考えない。考えるとコイツを殺そうとしてしまうから。
そうしてその結果、私とステアが殺されるまで目に見えてる。そうしたら私の頑張りが、リリちゃんの死が、無駄になってしまう。
「では、コイツを近くの村に送ってやろう。いいな」
「……うん」
ソイツがパチンと指を鳴らした瞬間、ステアの姿がか消えた。
「っ!」
「そう警戒するな。なんなら証拠を見せてやろうか?」
「……いい」
そんな確認をしたところで意味はない。ダメかもしれない可能性があるなら、むしろ見ない方がいい。
どうせ私は、ここで死ぬんだから。
「よし、ではここでの用事は終わった。帰るぞ、着いてこい」
「……? いま、なんて」
コイツ、着いてこいって言った?
「貴様は今日から魔王軍に入るのだ」
「!?」
「どうせこの数の人間を殺したんだ。貴様に生きていく場所はない。ならばその大量の魔力、俺が使ってやろうという話だ」
「……イヤだ」
あまりの衝撃に感情が戻ってしまった。瞬間、私の体から殺意が迸る。
「ほう、そんなに嫌か」
「イヤだ。だって魔王軍ってことは、おと……人間と戦うってことだから」
「貴様に拒否権はない。それに、先程も言ったがこれだけの同族を殺しておいて、いまさらだろう」
「うるさい」
「だったら丁度いいではないか。これは罰だ。私的な理由で同族を数多く殺めたな」
でもこのタイミングで思考が戻ってよかった。魔王軍に入るぐらいなら、死んだ方が……。
「こんなところで死なれては困る」
魔王がすっと指を振ると、舌を噛もうとしていた歯がなにかに阻まれるように止まってしまった。
「諦めよ、これから貴様は魔族となる」
「……どう、いう」
「文字通りだ。魔王城に帰った後、儀式により貴様は人間を止める」
「イヤ」
「断ったら先程逃がした貴様の弟を殺す」
「っ!?」
そんなの……断れないじゃん。
「………………わかっ、た」
「うむ、では行くぞ」
こうして私のなんでもない、それでいて幸せな日々は……呆気なく終わってしまったのだ。