前篇
鑽石にございます、と女は名乗った。明らかに本名ではない、雅だが地に着いておらぬ、いかにも遊女らしい名乗りである、と男は思った。
女は遊女であるが、ここは廓ではない。ここは、都広野と呼ばれる場所である。このくにの、後宮街であった。後宮とは、つまり帝の妃たちの住まう御殿である。ただ、このくにの後宮は、後宮街という名の通りに、歴代の王朝の後宮の歴史に照らしても極めて稀なことに、一見、まちのような作りをしていた。後宮殿、と呼ばわれる大建造物を中心に、各種の都市機能を、一通り有するのである。役所があるし、警吏もおるし、望む者に書を貸し与える部署までもがあった。
もちろん俗世からは閉鎖隔絶された空間であって、入口でありまた出口である場所は一か所しか設けられておらず、そしてその通用門の出入りには固い御定があるのではあるが、朝には市が立ち、昼には茶店が呼び声をあげ、夜には、灯りが灯されて、酒を売る店があり不夜城の様相を呈する。廓さえも、有る。男の客は帝だけであるが、たまに来ると大盤を振る舞うので、経営に支障はない。
だが、それはこの都広野の傾城廓の主機能ではない。ここでは、このまちでは、女が女を買うという行為が、公認されていた。歴代の王朝に、類例を見ることはできない。帝があえて許したことであり、また、後宮の主機能、つまり世継ぎを送り出すという営みに支障を生じせしめるものではないから、誰も止められなかったのである。徳行の見地からの反対は、幾人かの道学者から出ぬではなかったが、しかしわれわれがわれわれの肌感覚でそれを想像するほどには、なかった。詳らかにし尽すことは出来ぬが、このくにには、このくになりの、色事の道というものがあるのである。
都広野というまち、これ、みな、すべて、本質的には帝ひとりの歓楽の為に設けられた虚構であるのは確かであったが、そうは言っても、ここに暮らす者たち、すなわち貴妃たちと宦官たち、みな、それなりに余禄を預かり、満足している。よい時代である、と、思っている。少なくとも、かれらは。
この大仕掛けは、先帝がお考えになった。先帝は、天下の統一を果たした、英傑であったが、帝の位についたとき、既に老い先そう長くはなかった。長子があり、優れた武人かつ優れた為政者であって、よく父を輔弼し天下をともに平らげた。その長子が、現在の帝である。いまだ若く、壮であった。夜と、月に二、三の昼を、この都広野で過ごす。考えたのは先帝だが、先帝の御代は長くは続かなかったから、実際は都広野はこの男のために作られたようなものであった。
さて、鑽石についてである。鑽は、外からやってきた遊女である。つまり、この歓楽郷とは別の、俗世の苦界に身を置き、春をひさいでいた女である、ということだ。鑽石とは、金剛石のことである。金剛石とは、異国の言葉では、ダイヤモンド、と呼ばれるものである。このくにでもっとも珍重される宝石は玉であるから、つまり最高級の宝石ではないが、しかし、貴石であるに違いはない。遊女が貴石の名を名乗ってはならぬという法は別にないが、しかし、そんなことをするのは、相応の、特別な自意識の持ち主だけであるのは当然だ。こんな名をわが子に付ける親は、このくにには居ない。
金剛石は、硬い石である。この世でもっとも硬い、とは言い切れぬまでも、少なくとも、他の宝石を、磨くのに用いることのできる、石であった。いっぽう、硬いために、なりを削めることがどうしてもむずかしいので、美しさでは、玉には及ばぬとされた。
遊女である鑽が、この都広野に招かれたのは、傾城として名をなしたからではなかった。鑽はけして下等の娼婦ではなかったが、しかし、この娘より上は、鑽のいた傾城宿だけでも、まだ幾人かはいた。美貌においてもそうであり、客の評判においても、そうであった。名を馳せた美姫が、都広野に招ぜられ、そして帝の寵を得るは幾つかの例があったが、鑽が招かれた理由は、そうではなかった。
ある日、都広野の画商が、まちの外から、一枚の美人画を手に入れた。とある傾城の、廓一番の美姫を描いたものであるという触れ込みであり、確かにその美しさは、宦官であるその画商の眼にも判ぜられるものであったため、店に並べたものである。
並べて待つこと、しばし、果たしてその画は帝の眼に触れるところとなった。帝は、画を好んだ。本人も、描く。宋の徽宗に比ぶるほどのものではないが、しかし、それなりには描いた。そして、画を評するは、描くよりも巧みであった。故に、この宦官も、都広野で画商の真似事などをしているのである。表の宮殿には当然、宮廷絵師が官位を授かって国家事業として帝の肖像の作成などを行っていたが、帝自身は、画を描く時には、都広野にある小さな自分の房を用いるのが常であった。
帝はその絵を観て、歓心し、その描かれている美姫を、都広野に招いた。それなりの、寵を、美姫は得た。それはそれで、善き話であるが、話は別の方向へと続く。画商は、また絵を仕入れた。同じ絵師の手と見られる、別の美人画であった。繰り返しの話となるから、話を省くが、その絵の主である美姫もまた、都広野に入った。
そして、三度目である。帝が画商に問うた。どうやら、また同じ絵師の手のようであるが、この絵師は、いずくのたれか、と。
帝がこう問うということは、宦官の長である太監にことの次第が報告され、そして、その絵師が捜索されなければならぬ、ということである。そして、捜索された。結構な苦労の末に、絵師は見つかった。結構な苦労が生じたのは、その絵師は、都のいかなる画房画工とも繋がりを持たず、ひとりで絵を描いていたからである。描かれた三人の美姫たちは、同じ廓の娘であった。そして、画家もまた、その廓の、遊女の一人であった。その名が、鑽石と言ったのである。
「わしが、太監の間陶聘である」
と、簾を隔てて男は名乗った。処は、帝が用いている画房である。あえてこのような場所が選ばれたのは、帝の意によるものだ。
「都広野の、諸事を司っておる。こたびは、そなたを、特にお召しになりたいとの、万歳爺の、たっての御用命である。有難く、命を拝せよ」
万歳爺とは帝の敬称である。さて、鑽は、成程それは有難いお達しであるが、一体いかなる次第で、この自分はここに招ぜられるに至ったのかを、問うた。問う、という行為そのものが、この女がいかに常軌を逸しているかということを、つまり、頭のどこかが尋常ではないか、或いは肚の座り方が尋常ではないかのいずれかである、ということを、示すのであるが、確かに問うた。男は、驚きを内心に隠しつつも、ことの次第を、語って聞かせた。
「それでは、帝は、あたしの絵を御所望であると、そう、ご理解してよろしいのでしょうかしら」
「然り、そういうことになるな。何か、気にかかることがあるか」
「三つ、注文したいことが、あたし、あるんですけれど」
男はいよいよ驚いた。何という口の利き方をするのか。太監というものが、何であるのかも知らぬとは、思われぬ。その程度の社会常識がなければ、まがりなりにもそこそこの格の廓で、春をひさぐことなどは叶わぬはずだ。太監というものは、宰相にも匹敵する存在なのである。三つの子どもでも、都で暮らす者ならば知っていることだった。
「……聞こう。申してみよ」
「まず一つは、あたしに、小さくて構いませんので、画房を一つ、用意してくださいまし。寝起きする場所は、別には要りませぬ。そこで、暮らしますから」
「ふむ。では、ここを使うがよい。ここをお前のものと思ってよい」
それは話の流れから妥当な要求と思われたので、そういうことにした。
「それからですね。あたしもいちど、万歳爺のお情けを、賜りとうございます」
なんだ、意外と俗なことを考える、と、男は鼻白んだ。
「ここは後宮だ。運が良ければ、御目に止まることもあろう。それ以上は、わしがいかに太監であるとはいえ、約すことはできぬ。万歳爺のおめがねに叶えば、或いはお前が御通いの身となり、果ては国母ともなれる可能性は、ある。それは、このまちで暮らす女はみな同じことである。それで、料簡するか」
「いえ。あたし、国母って、ガラじゃあ、ございませんので、それは、いけませぬ」
「なんと申す」
「いちど、でございます。いちどだけ、賜りたいのです。二度は、求めませぬし、求めぬようにと、万歳爺に、畏れながら、お願いのほどを申し上げまする」
男は、果たして仰天するほどに驚いた。
「お前は、自分が何を言っているか、分かっておるのか。そのようなことを、奏上しては、この間陶聘への帝の覚えさえもが、危うくなろう。されば、約すことは、ならぬ。都広野が嫌ならば、今聞いたことはわしの腹のうちのみに収め、特別に生かして帰してやるから、廓に戻るがよい」
すると女は、鈴のように笑った。ころころと。
「そんなことを、言って、魔羅はご立派に、あたくしをお求めではありませぬか。ねえ、間陶聘さま。……いいえ、万歳爺」
にわかに、部屋に詰めていたほかの宦官たちが、血相を変え、腰のものに手をかけた。
「待て」
帝がそう言うので、宦官たちは、剣に手をかけた姿勢のまま、次の言葉を待った。
「なぜ、朕が、宦官の間陶聘ではないことを、知った」
元凶はこんな悪戯を自分で思いついて仕掛けた帝本人なのではあるが、事の次第によっては、誰の首が飛ぶ事態に展開せぬか分からぬ問いである。宦官たちは、みなたらたらと脂汗を流し始めた。なお、その間陶聘の本物は、隣の部屋にいて、一部始終を聞いており、今は赤くなったり青くなったりを繰り返している。
「匂いですわ。とても、つよい、殿方のにおい。宦官で、このようなにおいを、発せられる方は、ありません」
「何と。……朕の魔羅のこともか」
「ええ。あたし、あんまり売れてはおりませんけど、遊女のはしくれですの。その匂いは、嗅ぎ慣れておりますればゆえ」
慮外の女である、と帝は思った。これは、抱かねばならぬ、どうしても抱かねばならぬ。そう思った。帝がそう思うのならば、止められる者は、いない。人払いが命じられ、本物の間陶聘と、帝と、鑽が残った。
間陶聘には勤めがあった。鑽の身を、改めねばならぬ。いくら、自由奔放を地でゆくこの都広野にあっても、寸鉄を帯びているかもしれぬ女を、ひとりで、帝と同衾させるわけにはいかぬ。鑽はあっさりと衣をすべり落として、裸身を晒した。
なるほど、上本ではあるが、からだそのものは、まあ格別というほどのことではない。貌がそうであるように。帝も間陶聘も感想は同じであった。ただ、その胆の坐り方だけが、帝に格別の想いを抱かせるのであった。
間陶聘も外に出た。そして外で回数を数えた。いちどだけ、というのは、そういう意味での一度ではなかったらしく、間陶聘は一晩中、帝の、いやもはや鑽のものとなった画房の前に侍ることになった。まあ、職務であるので、慣れてはいる。太監がいつもこの役割をやるわけではない。太監は一人しかおらぬ、帝は毎晩ここに来る、それでは間陶聘が死んでしまうから、普段は、この役は持ち回りだ。今宵は特別であった。色々な意味で、本当に特別だ、と、間陶聘は思った。
だがこのとくべつは、一夜では終わらなかったのであった。
「改めまして、間陶聘さま。鑽石にございます。宦官中補の任を、帝より、いただきましたので、今日この日より、ご指導賜ることに相成ります。あ、画業がありますから、勤めは週に二日のお約束を頂いておりますけれども」
間陶聘は顎を落とした。だが、鑽が示した証には、確かに帝の玉璽が押されていた。
「……帝が、許したということについては、わしにもどうにもできぬから、問うまい。だが、これだけは、教えてくれ。お前、なぜ、女の身で、宦官の真似事などを、したがる。画業に専念がしたくて、御褥御免を願ったのでは、ないのか」
御褥御免とは、つまり、わたしをもう抱いてくれるなという約束のことだ。さて、鑽は説明した。
「画業が、あたしのすべてですわ。ただ、画業を究るにあたり、宦官のお手伝いが、必要なのです」
「分からぬ。仔細を申せ」
「ここの女たちについて、いちばん詳しく知っているのは、宦官の皆さまでしょう」
「それは、そうだ」
「ならば、あたしも、ここの女たちについて知りたいので、宦官になるのが、一番手っ取り早いと、そう考えたまでのことですわ」
「……わかった。もういい。好きにせよ。お前は、確かに、只者ではないようだ。あとのことは、何人か、お前付きの宦官、お前の宦官としての上司であると同時に絵師としての従者でもある、それを、見繕って付けるから、沙汰を待て」
女は、鈴のように笑った。ころころと。
「はい。有難う存じます、間陶聘さま」
鑽はこうして、都広野の住人となった。




