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化け猫は二人を乗せて

 「ワカナお嬢様がご丁寧にぶち破ってくれた結界を張り直さなきゃいけねぇからな。 ついでに、ちょっとデザインを変える。しばらく手も頭も離せないから、後は任せる」


 ガマオカは窓際に立って、妖力(コロナ)を纏った指で虚空に文字を書き始めた。

 まるでレシートが発行されていくかのように、光の帯に記された妖力(コロナ)の文字列がガマオカの手元から排出されていく。

 その「レシート」は足下に堆積し、あっという間にガマオカの身体は腰の辺りまで埋もれてしまった。

 それを気にする様子もなく、ノンストップで手を動かしながら、不思議な文字の書かれたレシートを出し続けている。


 その光景がなんとも言えず面白かったので、全員でぼんやりと眺めている所である。

窓の外の鳴瀬山(なるせやま)はとっぷりと濃藍色に浸っていた。


 「壊れたレジだな」


 虎之助が呟いた言葉の意味を汲み取ったのか、環花奈が「んふふ」と鼻から息を漏らした。


 「ケロさんは相変わらず器用だねぇ」


 「結界」と言うものがガマオカにはどうしても必要なものらしく、この風景は所謂(いわゆる)、「プログラムを書いている」という状況なのだろう。誰も口にはしなかったが、虎之助はそう判断していた。


 虎之助はアップルパイを抱えて、「俺、帰らなきゃ」と宣言をした。


 「じゃあケロ、私達は帰るからね」と環花奈が言うと、

 「おう、帰るタイミングは大事だと思うぜ。カエルだけにな」とこちらを見ようともせずに返した。


 懐に忍ばせたカエルネタは手が離せない状況でもぶっ込まないと気が済まないのだろうか、虎之助と環花奈は似たような思考を展開しながら無表情で建物を出る。


 虎之助が振り返って建物を仰ぎみると、それは古ぼけた工場のような外観で、正面の外壁に「(株)なるせ山けろけろファイターズ」と間抜けなフォントで書かれた看板がデカデカと掲げられている。それ以外は、山中で廃墟になった工場建屋にしか見えなかった。


 「なんだこりゃ。 こんな建物あったのか、鳴瀬山に……おおっ!」


 ガマオカの発行していた光の帯が、割れた窓からヒラヒラと姿を現わすと、意思を持った鯉のぼりのように建物の周りを泳ぎ始めた。


 「おぉ、なんか綺麗だな」

 「 あんなもの、この山にはないわよ。ケロの個人的な趣味でしょ」

 「趣味?」

 「センス悪いよね。 アジトにするなら、お城とかにして欲しい」

 「この山にないってどういうこと? さっきまであそこの中に居ただろ」

 「もう一回見てごらん」


 環花奈が顎で後方を示したので言われた通り振り返ってみると、そこに(株)なるせ山けろけろファイターズの工場はなくなっていた。


 「えぇ!? 消えた!?」

 「結界を出ると混妖(ユーリ)にも認識出来なくなる。あそこにアクセスするには、家主(ケロ)の承認か、認証行動(パスワード)が必要なの」


 環花奈は軽い足取りで森の中へと歩みを進める。

 

 「おまたせぇ!」


 立ち竦んでいた虎之助の前に、ミネコの頭だけが出現した。


 「どぅわぁ!!びっくりしたぁ!」

 「ごめんねぇ。よく考えたらこんな真っ暗な山、今のトラくんじゃ麓まで降りられないよねぇ」

 「い、いやぁ? べ、別に降りられるんじゃないかな? ただの山だし」


 120%の強がり。それは飄々と山を降りようとしている女子高生に向けた、男の意地だった。

 ザワザワと身を寄せ合い擦れ合う木々の不気味さもさる事ながら、獣の息遣いが聴こえて来そうな数メートル先の闇。そして、どこからともなく感じる川の気配。

 この近くで川が流れている筈だ、その事実はなによりも虎之助のトラウマを揺さぶっていた。


 「いいわよ、みーちゃん。とらのすけは私が担いで降りるから」


 全くもって(たくま)しいこと、この上ない女である。


 「いいからいいから。 ワカちゃんもトラくんも乗った乗った」

 「乗る?」


 環花奈は軽快にミネコの背中に飛び乗ると、お尻をずらしながら着席位置を調節した。

 棒立ちしている虎之助に視線を向け、前方に手を付く形でミネコの背中を叩きながら、「ほら、おいで」と言った。


 「なんで俺が前なの」

 「こういう時は子供を前に座らせるもんでしょ」

 「あぁ、王子様も前に座るもんな」

 「今の寝言?」

 「おれ寝てるように見える?」

 「四の五の言ってないで早く乗りなさいよ、楽しいから」


 虎之助は言われた通り、ミネコの背に跨ってみる。もふもふである。これはもふもふの権化である。17年間生きてきて、こんなにもふもふな物に触れたことはない。彼はそう思った。


 「すごい……こんなに……こんなにもふもふ……。 こ、こんなにもふもふ初めてだ……! ずるいよ、カエルは、カエルは生物として劣ってる……!」


 両サイドから、虎之助の横腹に圧力がかかる。


 「お、おい……あんまりくっつくなよ環花奈さん」

 「何言ってるのとらのすけ、ちゃんと捕まって前を見てなさいよ」


 身体をホールドしていたのは、ミネコの尻尾だった。二本の尻尾が後ろから両脇にまっすぐ伸びていて、ガードレールの役割を担っている。三本目の尻尾は環花奈の背中を支えていた。


 「前、前。 振り落とされるわよ」

 「え?」


 とんでもないスピードで、周りの風景が置き去りにされていく。

 林立する木々を避けながら、ミネコは真っ暗闇の山中を高速で駆け抜ける。

 障害物を躱す小刻みな方向転換による振動に、虎之助の身体は大きく揺さぶられた。


 「うぉあぁぁぁぁあ!」

 「みーちゃん!もっと遠回り!加速!フルドライブ!」


 絶叫する虎之助の後方では、彼の度肝を抜くような悪魔のオーダーが上がっていた。

 あろうことか、ミネコが走るのは地面だけではない。

 密集した木々の上を伝って飛び回る。ぶつかれば骨折では済まないような太い枝や幹が、頭上や身体の近くを掠めていく。

 身体は今どこを向いているのか、上下左右の感覚が狂ってきていた。虎之助の大嫌いなジェットコースター以上のスリルである。


 ミネコは徐々に速度を落とし、斜面を駆け上がる。 峠の尾根道に差し掛かかると、左右にブレない安定の走りに切り替えた。


 「ミネコさん!ミネコさん!」


 虎之助は前傾になり、顔を近づけて問いかける。


 「ニャンだ?」

 「ここに来てネコ属性!?」


 命の危険を感じてハイになっていたのか、虎之助は高らかにツッコミを入れた。


 「いや、そうじゃなくて、川! ここらの川は見かけより流れがずっと強いし、急に深くなったりするんだ。 絶対に入っちゃダメだからな!」

 「ん? この下の川?」


 ミネコは速度を落とし、立ち止まる。


 眼下に見えたのは渓谷だった。目の前には切り立った崖がある。

 谷底の水面には青白い月明りが注ぎ、微かな煌めきを映していた。 風が凪ぎ、木々の沈黙が訪れると、唸るような水流の音がせり上がってくる。


 「川ね、承りましたぁ」


 後ろから悪魔の囁き。


 「とらのすけ、あんたも結構好きなんじゃない。 みーちゃんよろしく!」

 「いやいや、フリじゃないから!」

 「了解だニャン」

 「ネコ属性!」


 ミネコが方向転換し、徐々に加速する。


 「ちょっとミネコさん! そっち、崖!下は川!」


 真下ではなく(はす)に降りていくが、確実に眼下の川へ飛び込むルートである。


 「トラくんワカちゃん、ちゃんと捕まっててねぇ!」

 「ソッチ、ガケ!シタ、カワ!」虎之助が叫ぶ。

 「いけぇー!」後部座席で悪魔が叫ぶ。


 身体が起き上がる。心臓が置き去りにされる様な浮遊感。真正面に浮かぶ満月。遥か下にはゆらゆらと繊細に波立つ川の流れ。その流れは、遥か先の方まで続いていた。


 「すっげぇ」虎之助は頓狂な声を漏らす。


 「キャー!」後方で悪魔が叫ぶ。


 川を越え、対岸の山の裾野に着地する。

 ミネコはそのままの勢いで再び山を駆け上がり始めた。


 「ひゃぁ、気持ちよかった」


 虎之助の背中には、環花奈の弾むような心臓の鼓動が直に伝わっていた。


 「みーちゃんが私たちをびしょ濡れにして帰すわけがないでしょう?」


 虎之助は言葉を失っていた。

 不思議と湧き上がる爽快感と、柔らかい感触がする背中に、殆どの意識を持っていかれていたからだ。


 「まさか、飛び越えるなんて思わないだろ」


 そのセリフを口に出来たときには、見慣れた田園風景が目の前にあった。


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