その女子高生、凶暴につき
この女子高生には、ガマオカの姿が見えている。
虎之助は窓ガラスを蹴破って侵入したであろう女を凝視していた。
髪型はショートボブで、毛先がピンクのグラデーションカラー。実に端整な顔立ちをしていて、無駄のない洗練されたパーツが的確に配置されているように思えた。
月並みな表現だが、「まるで人形のよう」という表現がここまでしっくりくる女性はそう多くないだろう。制服のベストと水色のリボンが上品さを醸し出して、「お人形感」を強調している。
美しい容姿であったが、一点難を挙げるなら、目が若干据わっていた。それはまるで、貧民を見下す冷酷な女王の眼である。
「お前何者だ? 誰から聞いた? 何故ここが分かった? どうやって侵入った? お前の相棒はどこに隠れてる? 」
ガマオカは動揺を隠しきれず、疑問が大渋滞を起こしているようだった。
制服の女は質問を無視して、室内をぐるりと見渡している。
この時始めて、虎之助と女の視線が交差した。 引き込まれてしまいそうな、妖しい光を湛えた目だ。「魔性」何故かそんな言葉が彼の脳裏を過る。
ガマオカが、ジリジリと後退している。それに合わせて虎之助も後ずさりした。
「トラ、壁を背にしろ」
僅かにしか聞き取れないほどの小さな声でそう呟くと、言葉を続ける。
「絶対に隙を見せるな。 おそらく、奴の相棒がどこかに隠れてる」
隙を見せるなというハイレベルな要求に応えられる気はしなかったが、彼は極力女から目を逸らさないように心がける事にした。 ガマオカの言う「相棒」が何を意味するものなのか、理解が追いついていない虎之助である。
「弱そう」
制服の女が、明瞭な発声で呟く。
「その言葉、唾かけて返してやるよ」
ガマオカが返す。
「下品」
間。 割られた窓から侵入する風の音が響く。
「テメェのご登場もお上品とは言えねぇなぁ。 蛙の部屋にお邪魔するときはノックして返事を待ってからってママに教わらなかったか? 」
「生意気」
制服の女は、バシバシと直球を投げ込んでいくスタイルのようだ。彼女はガマオカを見据えながら、背負っていたリュックを足元に降ろした。
「おう、たしかに自己紹介は頼んだけどよ。 そういうときはな、『私は、弱くて下品で生意気です』って言うんだぞ? 学校じゃ日本語は教えてくれないのか? 」
ガマオカは言い終わると、虎之助の方を一度振り返ってドヤ顔を決め込む。
タッグを組んで戦うとはこういう事なのだろうか? 自分も何か挑発的な煽りを入れないといけないのだろうか。 そんなラッパーみたいな才能は多分ないなぁと、彼は適当な事を考えていた。 ガマオカのふざけた雰囲気に当てられて、緊張感というものから遠ざかっていたのである。
「まぁ、あれだな。 ギッチギチに縛り上げて教育的指導だな。 そうすりゃちょっとはお話を聞かせてくれるだろう? おいお嬢さん、さっさとかかってこいよ」
「変態」
「誰が変態だコラァ!! 張り倒すぞ小娘がぁ!! 」
制服の女が、ガマオカの逆上するワードを探っていたのなら大当たりである。
すると突然、女が棒状のものを取り出した。
虎之助の目には取り出したというよりも「開いた両の掌から伸びてきた」ように見えた。
橙色に発光する二本の棒。長さは50㎝くらいだろうか、先端が丸みを帯びていて、棍棒のようなシルエットである。
彼女は二本の棒をプロペラのようにくるくると回転させ始めた。 空中で交差させて持ち替える。背後に回して身体を一周させる。
手元は一切見ておらず、じっとガマオカを見据えていた。身体の軸は少しもブレない。
そして、静止する。
「おぉ、ジャグリングだ……」
虎之助が呟くのとほぼ同時だった。
女は右手に掴んでいた棍棒を、こちらに向けてゆっくりと放る。
発光する棍棒は回転しながら、山なりの放物線を描いた。
「ヒッ!」虎之助が声を漏らす。
棍棒が2人に届くよりも早く、女は既にそこにいた。
左手の棍棒がガマオカを捉え、部屋の奥まで弾き飛ばす。 最初に投げた棍棒をノールックで受け、そのまま虎之助の横腹に叩き込んだ。
内臓を揺さぶる強烈な衝撃と共に一瞬のブラックアウト。彼はその場に蹲る。
「ウッ……! オェッッ……ウゥゥ……」
「そこで大人しく見てなさい」
冷たい視線を注ぎながら、女が吐き捨てる。
「おれの相棒に何してくれとんじゃ、このクソガキがァッ!!」
ガマオカの怒号が室内に響き渡る。
飛びそうになる意識を必死で踏みとどまらせながら、虎之助は状況を確認しようと顔を上げた。
ガマオカの手には、女の棍棒と同じ光を放つマサカリのような形状の武器が握られている。
「なんだよ、これ……B級SFかよ……ウゥ……」
虎之助が放った苦し紛れの皮肉は、制服の美少女とバケモノの戦闘音にかき消されていった。