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長尾上杉存亡記  作者: あちゃま
古志長尾家編
19/22

外伝4話 養子

「本当によろしかったのですか?景虎様は仮にも晴景様の実弟ではございませんか。それに元服したとはいえ、つい先日まで寺に入っていて還俗させたばかり。何かあっては一大事ですぞ」


重臣である直江なおえ景綱かげつなはそう主君である晴景に問うた。


林泉寺にいた虎千代を還俗させ、府中長尾ふないながお家の一門に戻した長尾ながお晴景はるかげ。彼はすぐに元服をさせ同じ長尾氏である古志長尾こしながお家へと養子として送り出してしまった。


越後国には三つの長尾氏が存在しており、中心となっている守護代である府中長尾家の力は現在の新潟県上越市周辺にしか及んでいない。それも完全に国人衆を従属させているとは言えない状況であり、いつ反抗されてもおかしくはない。

現在の新潟県南魚沼市周辺は上田長尾家が支配しており、新潟県長岡市周辺は古志長尾家が支配しており、これで何とか越後の守護である越後上杉家を支えているような状況だった。


「仕方がなかろう。古志が養子にもらうならば景康や景房ではなく、景虎をと言ってきたのだ。確かに我ら兄弟姉妹の中で、古志の血を引いているのは景虎ただ一人。あれの母が古志の当主の姉であるからこそ、叔父としてならこの話を受けると言ってきたのだから」


「ですがいくら何でも無謀すぎます。確かに景虎様は元服はしましたが、今まで寺に入門していたからこそ俗世に疎い。天室光育和尚に教わっていたからといっても修行に熱心でなかったということからも教養はそこまで身に着けていない可能性が高い。そんな人物が中郡を治めるなど困難です」


「私もそれは考えた。だがここで景康や景房といった古志とは繋がりのない者を養子として送ったとして、古志長尾家が我らに協力すると思うか?」


「……出来ることなら、血を継ぐ者の方がよいでしょう。確かにそれは分かります。ですが既に長尾ながお景信かげのぶ殿には景満殿という子がいたはずです」


「それはまだ幼い。立派な将となるのはまだ先のことだろう。それにもし景満に何らかのことが起こった時、古志の家を継ぐ者がいなくなる。最悪を考えてのことであるし、もし景満が古志の家を継いだ時は景虎が臣として仕えることになっている」


「未来を考えて、でございますか?」


「そうだ。私は争いは好まないのでな。融和を得られるのであれば、それが一番良い」


先代の長尾ながお為景ためかげは越後国に混乱と波乱をもたらした。多くの血が流れ時には故郷を追われたこともあった。


そんな父の背中を見ているからか、それとも自分の病弱な体によってか。為景とは正反対ともいえる武力ではなく対話によって越後国を治めようとしている。

今回の長尾景虎養子の件も融和政策の一環だ。


だが直江景綱の頭の中には一つのことが浮かんでいた。


先年のこと、直江景綱自らも参戦することとなった越後上杉家の養子問題。

越後国守護である越後上杉家の当主である上杉うえすぎ定実さだざねには男子がいなかった。女子しか生まれなかったのである。


このままでは越後上杉家が断絶してしまうため外戚である伊達氏から養子を受けようという運動が起こった。

だが本庄氏を中心とした揚北衆と対立し越後国内でも受け入れに関し二分してしまっていた。直江景綱自身は受け入れ賛成派であり、現在の主君長尾晴景は反対派であった。結局は伊達家内の問題で計画は頓挫したが、その影は未だに影響を及ぼしている。


今でこそ再び府中長尾家に戻った直江景綱自身も、その影響からか完全には晴景に心酔しているわけではない。利害関係の一致で仕えているだけだ。


「景虎様が古志長尾家内で事を起こす可能性は考えてはいないのですか?林泉寺の和尚からの話では兵学に大変興味を持っていたとか。その兵学の中には家内での振る舞いなどが書かれている可能性もございます。現在の中郡の状況を考えると、無くはない話なのではないかと……」


何が、と明確には言わないまでも。

直江景綱はより状況が悪化する事を恐れているから、晴景に直接問うてみた。


「そうは言うが、所詮景虎もまだまだ子供。いくら兵学を高名な僧に習ったとしても元服したばかりのものがそう大きな事など考えられない。ましてや今までずっと寺にいて世間の俗世をまったく知らないのだ。今回の養子縁組の理由にも行き着かないさ」


「その俗世の情勢に疎いからこそ、返って自分の利益になるように動こうとすることも考えられるのではないでしょうか?」


「まさか。仮にも今回養父として選んだのは同じ長尾氏の中でも昔から我が府中長尾家を支援してくれていた古志長尾家だぞ?」


「しかし越後には多くの国人領主がおりますが、皆が皆自立心も独立心が大きく厄介です。今でこそ一応は平穏ですが、裏切りを考えなくてはいけないのではないでしょうか?」


当然の様に景虎が自らの脅威になることなどない、と根拠のない自信に溢れている晴景の顔は自負心に満ちている。

確かにその可能性はある。小さな頃から寺に入った子供が武家の教育など一切されなかったとしたら、恐らく野心などとは無縁な穏やかな性格になるかもしれない。特に高僧として名高い曹洞宗の天室光育和尚が教育係ならばそれも頷ける。


だがこれには一つ、前提条件が付与される。それは普通の子供、という点である。


入門した早々に住職に噛み付く子供がいるか?

先輩修行僧に後ろから奇襲の様に襲い掛かる子供がいるか?

兵学がしたくて修行をずっと放棄する子供がいるか?


逸話は数あれど、どれもこれも大人しい子供には相応しくないものばかり。何処の猛将の子供だと疑いたくなる。これで穏やかに過ごしてくれるなどとても思えないではないか。


「亡き父の側室としてその古志長尾家の娘である虎御前殿が産んだ、古志長尾家にとってもまさに一門と言っていいし府中長尾家の血も継いでいる。神輿に出来ないことはないが長尾景信には既に嫡男がいる。先の約束もあるのだから無用な争いを態々家中に起こそうとは思わないだろう」


「確かにそうですが、長尾景信殿の嫡男はまだ産まれたばかり。今後の事を考え一時的にでも景虎様に家督を譲るという可能性もあるのでは?まだ景信殿が元気な内に後見として可能な限り経験をさせる事も出来てしまいます」


長尾景虎の叔父である古志長尾家の現当主である長尾景信。

彼には産まれたばかりの子がいる。長尾景虎にとっては従兄弟でもあり後の長尾ながお景満かげみつがいるが、それでも彼はまだ産まれたばかりの赤子。一家の生末を采配するなど不可能。

今後無事に育つとは限らずコロッと死んでしまうかもしれない。いや、寧ろその可能性の方がこの時代高いのだ。少しでも家を残すという意味では一時的ではあるが血縁のある人物に家を任せ、後々我が子の後見としてその手腕を発揮してもらおうと考えても不思議ではない。


だがこれには一つ、最悪家が乗っ取られる可能性があるという点があるのは言うまでもない。


「例えそうだとしても古志長尾家だけで何ができるというのだ。あそこは上田長尾家とは敵対ともいえる関係であるからこそ、上田荘の者は言うに及ばず。栃尾城の周辺の領主たちですら古志長尾家に協調する可能性は高くない。それでどうやって反乱しようというのだ」


融和政策を図っている長尾晴景という人物だからこそ、現在の越後国内の情勢に気を配っていた。特に自分の弟を派遣する中郡周辺の情勢については力を入れて。


「とにかくお前は気にするな!それにこれは当主である私が決めたこと。今更変えるなど出来ん。分かったら下がれ」


自らの政策に絶対の自信を持っているのか直江景綱の意見を少しも考慮する素振りすら見せず、言い終わったとばかりに退出を促された直江景綱。

主君にそこまで言われてしまっては最早どうする手立てもない。


「……畏まりました。それでは失礼いたします」


忸怩たる思いを顔に張り付けたまま、直江景綱はそっと部屋を後にした。

長尾ながお景満かげみつ

生没年不詳


別名を『上杉うえすぎ信虎のぶとら』または『上杉うえすぎ景満かげみつ』。

上杉景信の息子で、上杉謙信の従兄弟。

古志長尾家の出身であるが古志長尾家の名跡は継がず、河田かわだ長親ながちかがその名跡を継いだが、その経緯などは一切分かっていない。

御館の乱では景虎方に味方したが父親と一緒に山浦やまうら国清くにきよに討たれた。

しかしこれには別説もあり、近年では御館の乱の時期には既に父である上杉景信は死去しており、討たれたのは長尾景満だけではないかとも言われている。

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