Game-07 ゲームで見てきたもの
端芽と楓が部屋の奥で密談を始めたのを確認して、寧々は響との話し合いを切り出すことにした。
「──で、具体的にはどんな情報を向こうに渡すんや?」
「いくつか渡せるのはあるが…。今渡そうと思っているのは獣の行動範囲と金網前にある花壇(畑)について、だな」
「畑はまあ、わからないでもないけど…。獣の行動範囲って?」
「畑の説明をするとどうしても気にはなるのが獣の行動範囲になる。校庭ってどこからどこまでなのかは明確に説明はされていないからな。一応、西館の裏側に出られる場所へ覗きに行ってみたけど、そこにも区切りのように金網と出入口があったから不用意に出れば見つかった瞬間に襲撃されるだろうな」
「へぇー。ほんなら外で安全なんってほんまに花壇の回りぐらいやねんね」
「そうだな。これ二つでルールを引き出せたらいいんだけど…」
「二人はどう判断するんやろ?」
「それ以前に、携帯器機にルール3が追加入力されてるか、だな」
「言うほど簡単ちゃうよ、確認するの」
「そうだな。だが、向こうにも今回のことで俺達のルールが新規追加入力はされているはずだから、それを理由に確認させてもらうのがいいんだろうとは思っている」
「その前に、向こうがどんな答えを出すかが気になるところやね」
話し合いはわりと早くに結論に至ったようで楓と端芽の二人はすでにこちらへと向き直って座っていた。
「意外に早かったな。30分たってないぜ?」
「ふん。お前達にルールを渡すか否かでそこまで悩む必要があるとは思っていない」
「ほう?強気に出てくるな」
「気持ちの上で負けるわけにはいかない、というだけさ。それで…ルール3に対して情報二つだったか?」
「そうだが…。虚勢張るなよ?」
「虚勢、か。だが、僕は虚勢を張っているつもりはない。さらに言わせてもらうが君達にルールを教える気もない!」
「…ふむ」
ルールを渡さない。つまり、情報交換は行わないということになるが…。
「一応、その結論になった理由ぐらいは聞かせてもらえるか?」
「そうだね。端芽君とも話したがルール3の文言には少し違和感のようなものがあってね。君達に、というよりは響君。君にこれ以上優位に立ってもらうと私達はゲームに勝てない気がするんだよ」
「なるほど、な。あくまでもゲームに勝つためにルール3は伏せておきたいと?」
「そうだね。この答えでは不満かい?」
「いや。アリな判断だと思うぜ?」
実際、基本ルールを知っているのといないのとでは《ゲーム》そのものの難易度はかなり変わってくるだろう。
「言い方は悪いが俺でも同じ判断を下すさ。基本ルールの情報ってのはゲームにおいてはかなり重要なんだろうしな。だからこそ、各プレイヤーに割り振られているんだろうさ。それに釣り合う情報ってのは基本的にはルール同士になる」
そこまで答えて響は含み笑う。
響の様子に楓はさすがに厳しい眼差しを向けてくるが、端芽はむしろ苛立たしげだ。
「なんでそんなに落ち着いている!?」
「ああ、悪い悪い。俺がルールを知れなくて落ち込むような人間に見えていたか?」
「響さん、そういうこととちゃうと思うよ?」
「そう言う寧々さんだって笑ってんじゃないか?」
「まあ、笑うわ。さすがに…」
お互いの顔を見合わせて笑う響と寧々。
その様子に楓はさすがに違和感を覚えるも、隣の端芽はただただバカにされているようにしか感じなかったようで、ますますヒートアップする。
「笑うな!何がおかしいっていうんだっ!」
「ったく。これだからお子ちゃまは困ったもんだ。悪いが、俺達としてはそもそもこの交渉自体が成り立たないことは百も承知の話なんだよ」
「ウチからも言わせてもらえると、基本ルールは六つ存在しているけども…そもそも六つのルールは絶対に知っている必要はないいうことやねんわ。知っているに越したことはなく、しかし知らんでもなんとかなるっちゅう話やわ」
「…なるほど。二人が妙に落ち着いているのはそういう理由だということなのか。端芽君。私達とは端から覚悟が違っているようだよ?」
「なんで、お前達はそんなに落ち着いているんだ…」
お互いの顔を改めて見合わせて、二人はまた笑い合う。
「落ち着いているわけじゃ、ないんだよな」
「諦め、とも違うんやけど。言葉にしにくいね…」
「ああ。だけど、ここで二人と話せたのは俺や寧々さんにとっては僥倖だったんだろうな。今なら、そう思うよ」
「ありがとうな、御二人さん。お互い、ゲームクリア頑張ろうや」
先に保健室から出るとこちらを呼び止めるような声が聞こえたが、二人はむしろ走り出して東館の方へと向かっていった。
★
保健室から出ていってしまった二人を追うことができず、楓は中途半端に浮かしていた腰をベッドに下ろした。
「行ってしまった、か。音が聞こえた感じでは東館の方へと走って行ってしまったようだね。まあ、行き先を止められるものでもないのだが…」
「楓さん。彼らについていった方がいいと思いますよ」
「うん?」
「僕では楓さんを守りきれると思いません。そういう意味でも、彼らについていった方が安全だと思うんです」
「なるほど。端芽君は私を心配してくれているのか」
「と、当然じゃないですか!僕だってこんなでも男なんですよ!」
端芽の反応に楓は苦笑いといった表情で保健室の入口の方へと向いた。
「いやいや。すまないね、からかうつもりはなかったんだ。でもそうだね。君も男の子だもんね」
「こども扱いはするんじゃないですか…」
頭を撫でられることに不満気に顔をそらす端芽に楓は肩をすくめる。
「あきらめてはくれないかな。これでも端芽君とは一回りは上なんだ。下手したら君の母親と同期であるかもしれない歳なんだよ私は」
「それは…、そうかもしれませんけど…」
「とはいえ、君にはまだまだ頼らせてもらうよ?私は足がこんな有り様なのだから、端芽君がいないと移動もままならなさそうだしね」
痛々しく包帯の巻かれた足をヒラヒラと振りながら楓は笑う。
たったそれだけのことであっても、端芽は気を取り直したのだろう。
「わかりました。楓さんは僕が支えますから」
「うん。よろしく頼むよ。それよりも──」
楓は角度的に東館の方を向く。そこへ走って行ってしまった二人を幻視するように──
(君達も知ってくるといい。この《ゲーム》はすでに、仲良しこよしの段階なんて終わっているんだ。きっと、私達と次に会った時は──)
いつか来るかもしれない未来を視るように、楓は目を閉じて瞑目する。