Game-06 保健室
「まったく…。響さんはもう少しやり方を考えるべきとちゃう?」
「申し訳ない。反省します」
保健室の棚に偶然あったロウソク数本に響の自前のマッチで火を付けて少しばかり明るくなった中で、響は寧々を前に正座させられていた。
いくら出会い頭に殴りかかられたとはいえ一方的にボコボコにしたあげく、土下座されて対応に困って寧々に頼った結果だ。
「ほんまに、ウチの連れがひどいことしました」
「い、いや…。私も早とちりしすぎた。できるだけ友好的にいこうとしたそちらの配慮を否定したのは私なんだし…」
頭を下げて響の頭を床に擦り付けるほどに押さえつける寧々に目の前の人影───20代ぐらいの女性は申し訳なさそうに手を振っていた。
「とにかく、頭はあげてほしい。先に殴りかかってしまったのは私の方なのだし、それだけの謝罪をいただけたならそれ以上はさすがに彼が可哀想だ…」
「良かったな、響さん」
「正座はともかく、詫びに関しては後で覚えとけよ寧々さん?」
「おや、根に持つタイプかいな。怖いわぁ…」
「ふぅ。まあ、いい。なんだかんだでとりあえず話ができる状況にはなったんだ。結果オーライだ」
額に青筋が浮かんではいるがややこしくしたのは自分で、仲立ちを頼んだのも自分なので響は深くため息をついて落ち着くことにした。
「ウチは青柳寧々いいます。響さんとは…チーム、みたいなもんです」
「ご丁寧にどうも。私は黒柿楓という。こちらで気絶しているのは水永端芽君だ。察してはいると思うが、私と端芽君はこの《ゲーム》の参加者だよ」
「スタート地点はここ、北館なのか?」
「いや。私は東館…であっているのかな?そちらの3階からだ。端芽君は北館の1階で起きたと言っていたか」
「やっぱりみんなバラバラなんやね」
「そうだな。二人はどこで?」
「東館1階の空き教室でだ。先に探索していた端芽君のところへ私が入っていってね。まだゲーム開始前だったこともあって、お互いの状況の確認をして、探索をしていたところでゲームが始まってしまった」
「しかし、こうやって四人もそろうとわかるが見事に年代バラバラだな」
「ん…?ああ、確かにそうだな。端芽君は確か『受験が~…』とか言い出していたから高校生だろうし、私はもうすぐ40だし」
楓のさらりとした告白に驚く二人。30後半ということらしいがどう見ても20後半、無理しても30前半にしか見えない美人に二人は開いた口が塞がらない。
「女って、こんなんばっかか」
「いや…。さすがにそれは…。っていうか、響さん。あんたの話聞いてるとあんたの周りの人が特殊な人多いんちゃいます?」
「ああ、まあ…それもあるかもしれんが…」
「どうかしたのか?」
「いや。人間の神秘を見つけた気分でな」
「??」
知らぬは本人ばかりなり。
しかし、確かにこの場の年代は四人そろって違う。一番近い寧々と端芽でさえ三年差があるわけでおそらく生活圏も近い相手はいないかもしれない。
「とりあえずお互いの出自とかの話は今は置いておこう。こういうのはこれが終わればいくらでもできる機会はある」
「そう、だな。君達はこの北館にいたのかい?」
「いや。俺は北館で目を覚ましたんだがゲーム開始前に探索するのに西館の方へと移動したら寧々さんに出会ったんだ」
「ウチは西館で目を覚ましてじっとしとったら響さんが近づいてくるのに気ぃついて応戦したんや。まあ、したけどサラッとあしらわれたわ。そのあとはお互いの状況確認して、行動を共にしとるいうわけです」
「なるほどね。なら、西館の様子はどうなんだい?」
「う、ん…。そう、だな…」
「どう、やろ、ね…」
「な、なんだ?急に歯切れが悪くないか?」
「それは、なぁ──」
あまり理解していないようなので響は仕方なく説明を始める。
説明を聞いていた楓はふむふむと頷き、時には質問をはさみながら話をする。
「ふむ。確かにそういうことなら渋ることにも納得できる。納得できるがあまり賛同はしたくないな。それはつまり、出会った相手を信用はできないと言っているのと一緒だ」
「そう言われると何も言えへんけど…」
「だが、実際問題としてルールはそうだろう。わかっているのといないのとではこの《ゲーム》の中での生存率に大きな影響力があるのは事実だ」
響の説明に楓が嫌そうに顔をしかめる。
知り得ることが今後のゲーム内での生存率には大きな影響を与えることは理解できるのだろう。
だが、そのことに納得してしまうと他人を信用する気はないと言ってしまう気もする。
楓の考えに響は理解を示せる。ゲーム内での生存率のために他人を否定することは必ずしも正しいことではないのだから。
「なら、西館の様子を説明するからそっちも東館の様子を説明してくれるか?それならお互いに得るものがあるから──」
「その申し出に応えてやってもいい。だが、お前達が嘘を言わないことはないのか?」
今の説明のあとにこういう提案はそういう疑念をあげることになるのは知っていた。
だが、それこそ響の聞きたかった疑念でもある。
「そう言うだろうな、とは思っていた。だが、それならお前はどうなんだ?嘘を言う・言わないになればそもそもこの場で話し合う意味なんかなくなる。一方的に相手を屈服させるなりして嘘を言えない状況に持ち込んでからでないときちんとした情報を得られないとなるならあんたのその考えは、さっき俺達を否定したことはあんた自身の否定だ」
「それ、は…そうだが…」
「それとも、お互いに確実性の高い情報だけでも交換するか?それでも俺達はかまわない」
「確実性の高い情報?そんなものは無いと思うが…」
「あるさ。携帯器機に最初からプレイヤーごとに配られた『ルール』。これはこのゲーム内で最も確実性の高い情報だ」
「う、む…。そうか。それは確かにその通りだ。そうだな…。ルールであればお互いの器機を見せ合うことで確認できる。わかった。まずは、ルールを交換し合おう」
「了解だ。だけど、交換するルールは一つずつ。そっちの端芽君が目覚めてこのルール交換を望むなら追加で交換だ」
「わかった。それでいい」
そうしてお互いの器機にルールの欄を表示して相手に向ける。楓の器機に表示されるルールは次の通り。
◼️ルール5
すべての参加者にはそれぞれにクリア条件があり、コレを満たした上で指定された場所に到達することでゲームはクリアとなる。クリア条件はゲーム開始時に所持していた携帯器機の条件のみであり、他者のクリア条件を満たしてもクリアは認められない。あくまでも開始時に所持していたクリア条件のみがゲームをクリアする方法である。
また、指定される場所はクリア条件を満たす又はゲーム終了時刻24時間前に携帯器機に表示される。
「何らかの方法で他人のクリア条件を知り、そのクリア条件を満たしても満たされたプレイヤーがクリアできるだけってことか。しかし、指定される場所か…」
「各プレイヤーのクリア条件ってこれを見ると難易度が違うみたいやね」
「ああ、そのようでね。このルールもあって私達もクリア条件までは明かせなかった。君達はどうなんだい?」
「クリア条件はさすがに言ってない」
「そこまで信用できてるかと言われると…ちょっと…」
「そうか…」
仕方ないな…。そんなため息をついて楓は自身の器機に視線を落としている。
しかし、このルールもやはりというか《ゲーム》の前提条件ではあるが、明確に『何かを禁止』したり『何かを奨励』しているわけではない。
基本ルールというだけはあり、本当に《ゲーム》の中でも基礎的な部分が6つのルールとして存在しているようだ。
「ん~…。そういえば楓さん。《ゲーム》開始タイミングに東館の1階にいたそうやけど獣に襲われた女の人のこと、何か知っとります?」
「っ…」
「何か知ってるようだな?」
「…ああ。まったく知らない相手ではない。私達は、彼女をあの時止めるべきだった…」
「止めるべきだった…というのは?」
「それは──」
『──それ以上はだめです、楓さん』
「は、端芽君?」
そこにはベッドで気絶していたはずの少年───水永端芽が身体を起こしてこちらを見ていた。
「情報には対価を出すべきだ。それを先にしたのはそっちのはずだ!」
「ふむ。なるほど、道理だ。とはいえ、俺達も出せる情報は少ないが…?」
「何が出せる?」
「は、端芽君。起き上がったばかりだけれど大丈夫なのかい?」
「だ、大丈夫ですよ…。背中がちょっと痛いですけどこのベッドに寝ていても痛みは取れません」
「まあ、肝心のスプリングは役立っとらんもんね」
端芽の寝ていたベッドはあちこちからスプリングが飛び出していて、ベッドというよりは高床式の寝床といった感じだ。
身体を支えるだろうスプリングは意味を為していない。
「それで、そっちはどんな情報をくれるんだ?情報は基本的に交換するんだろう?」
「そうだな。だが、別にいい」
「なんだと?」
「死んだ人間が何考えてルール違反したかなんて今さら知っても意味はない。意味深な発言だったから気にはなったが、俺としては対価を払ってまで知りたい情報じゃない」
「ああ、うん。そやね。気にはなるけど…知ったところで相づち打って終わりやろうし」
「なっ…」
こちらのあっさりとした引き際に端芽は固まっていた。
仕方のない反応だと思えるが、人の死に様を知ったところで現状を打開できる情報を得られるとは思っていない。
単なる興味本位な質問でこちらにあるかもしれないアドバンテージも失うなど愚の骨頂だ。
「だが、そうだな。目が覚めてくれたようだしどうだろう。ルールの交換をしないか?得られる情報はお互いに必要なものだろうし、これを拒んだりはしないよな?」
「むっ…。ルールの交換か…。楓さんは、もう?」
「ああ。さすがに断ることでもなかったからね。ルールがわからない故に彼女は死んだ。その二の舞にならないためにもルールは知っておくものだと私は考えたよ」
「そうですか。わかった。ルールの交換に応じよう」
「わかった。寧々さん、器機を出してくれ」
「ほいほい。んーじゃ、このルールと交換やよ」
「これと、交換だ」
◼️ルール2
敷地内には様々な道具や食糧になるものが存在している。普通に存在していたり、特定の条件を解読・攻略することによって入手出来るものが存在している。後者にはより重要な情報を得られる可能性もある。
「よし。これでルール3以外のルールは集まったな!」
「ほう。それは確かかい、赤上君?」
「ん?確か、だが…。急にどうしたんだ?」
「私達はルール3を知っているのさ。先ほどから話に出ていた彼女の携帯器機から確認している。これは、間違いない情報だよ」
「むむっ…!」
「どないする、響さん?」
「そう、だな…」
目の前でやや勝ち誇ったように口の端が上がる楓の顔を見る限り、嘘をついている可能性は低い。
というのも、それが事実であれば彼女達は基本ルールである6つのルールを全て確認したことになる。
現在のところ、6つのルールを全て把握しているプレイヤーは少ないと見ていいはず。その上であれば彼女達はわずかながらでも他プレイヤー達に有利な状況にあることになる。
「それが、本当にあると言い切れる理由は…?」
「難しいことじゃないさ。ねえ、端芽君?」
「ああ。僕はこれでも学生だ。必要な情報は書いて残すべきだろう?」
そう言いながら今まで何かを書いていたノートをこれ見よがしに閉じる。
「──なるほどな。書き残せばルールは手元にある、といえるわけか」
「その通りだともっ!」
端芽も勝ち誇ったように笑う。
──が、それに響と寧々は自身の携帯器機の『ルール』の欄を見て苦笑するしかなかった。
ルールはお互いに一定の距離上で画面を見せ合うことで画面上のルールを携帯器機に自動で追加入力されることを二人は知っている。だから──
「ブラフだな」
「嘘っぱちやね」
カマをかけてみることにした。
二人の反応に、さしもの楓も唖然とした表情で二人を眺め、隣の端芽とともに慌て始めた。
「な、なぜ嘘っぱちだと思うんだい?」
「そ、そうだ。僕はルールをここに書いている!」
「なるほどなるほど。しかしだな、お前達に情報を提供したとして。そこに書かれている『ルール3』ははたして、正しい『ルール3』なのか?」
「なっ…。私達が嘘の情報を渡すとでも?」
「可能性は捨てきれないな。実際、そこに正しい『ルール3』があってもそれをばか正直に見せるか?──ということになるだろ?」
「だが、それを疑ってしまうと切りがなくなってしまうよ!情報の真偽が曖昧なのが困るというのなら、君達の情報だって同じはずだよ!?」
「そうだな。じゃあ、明日の朝にでも確認できる情報を渡すよ。それならどうだ?」
「そ、そんな情報があるっていうのか…?」
「知っておいて損は無い情報だぜ?そうだなぁ~…、一つで釣り合わないってことならそれに付随して渡せる情報を渡そう。ルール一つ教えるだけで二つの情報が手に入る。これなら、釣り合うか?」
「ムムムッ!ちょっ、と!待っててくれるかい?少し二人で話し合いたい」
「いいぜ。俺達もちょっと話し合いたいからさ。30分経ったら交渉しようか」
「わ、わかった」
お互いにベッドを挟んで部屋の奥と入口前にそれぞれ集まると、小さくかかんで静かに話し始める。