Game-05 暗闇の攻防、又は一方的な暴力
西館の階段を下り、玄関ホールを抜けて北館の1階。
校庭の見える1階は月明かりの関係で比較的西館と変わらぬ明るさをもっていた。
「これなら不意打ちされる心配はせんでよさそうやね」
「そして、ここにも畑がある…」
北館から校庭の金網までの間には畑が広がっている。
「食糧の心配はほとんどないな」
「まずは、どうする?」
「当初の目的地の職員室行ってみるか。標識は見えてるわけだし」
「見えてる?」
響の指差す先。そこには『職員室』の標識。
扉はあっさりと開き中を見渡す。荒れ模様は変わらずだが、その様子は今まで見てきた教室以上の荒れようで棚や机、書類の紙束であったりと凄惨たる有り様だった。
「こっからカギ探すん…?」
職員室の荒れように寧々はすでにやる気を削がれていた。
そもそも扉から入ろうにも瓦礫状態の職員室には足の踏み場は無い。
「これは、想定してたより骨が折れそうだな…」
「探してみんの…?」
「まあ、一度探してみよう。無理そうなら何か考える必要があるし」
二人して瓦礫となった室内に入る。中はまともな明かりがなく、開けている扉からの月明かりぐらいのもの。
入り口からほんの数歩進んだところで二人の足は止まった。
「これは、けっこうまずそうだな…」
「あかん。何も見えへん…」
月明かりの届かない位置は完全な闇に閉ざされていて何があるかすらわからない有り様だ。
足下に尖ったものでもあれば足を大怪我することは必至だ。
「明かりになるものを見つけるか、できるなら電気を復旧させたいところだな」
「…懐中電灯までは言わんけど、せめてロウソクぐらいは欲しいね」
「…一旦出るか」
職員室から出ると後ろ手に扉を閉める。
「さて、そうなるとどこから手をつけるべきか…?」
「さっきの女の子(?)を探してみる?」
「…いや、とりあえず東館まで行ってみよう」
「東館に?」
東館は北館とは渡り廊下で繋がってはいないようで独立した建物として存在しているよう。
外観から見えるかぎりでは東館の方も明かりは付いていないようで、真っ暗になっている。
「少なくとも優位に立ち回れる相手がいる北館よりも東館は西館ほどの広さしかない。こっちならまだ他のプレイヤーがいても立ち回りの差は小さいだろう」
「なるほど。安全策としては妥当ちゃうかな。問題は、安全に通れるかどうか、やね」
「そうだな」
東館へ向かうためにはこの廊下を歩いていくわけだが、途中に北館の階段は2ヶ所存在している。
もしも、襲いかかるようなプレイヤーがいるとするなら、狙い目は確実にそこになる。
「先に俺が行くから寧々さんは後方に気を配って。後ろからの襲撃がまったく無いとは思えないから」
「わかった。気ぃつけてや」
階段の手前までは壁沿いに歩いていく。壁の途切れる位置までくると一度立ち止まり、わずかに顔を出して階段を見上げる。
角度的には階段の踊り場がかろうじて視界に収まる程度。しかし、そこは月明かりが届かないために真っ暗でたとえ人が動いたとしても気づくのは至難だろう。
(想像以上に暗いなぁ…。こっちの手持ちはナイフしかないってのに。これで飛び道具とか持ってるプレイヤーに出くわしたら死ねるぞ…)
ゆっくりと階段の前を歩いていく。階段が見える位置まで行くとさすがに何もいないのがわかる程度には目が慣れた。
階段を通り過ぎ、寧々も追いつくと二人は一度警戒を解く。
「っ…、ぁあぁぁ~。気ぃ張ってるとしんどいわ…」
「同感だ。とはいえ、さすがに階段のところは気を配らないとな。いきなり階段から飛びかかってきたりしたら避けれる自信ないぞ」
「あ~、それは確かに…」
次の階段に向けて歩き始めようとした時、響はそれに気づいて足を止めた。
「どないしたん?」
「保健室か」
「えっ?」
「ここだよ。この部屋」
見えてきた部屋を指差して扉の上にある部屋のネームプレートには『保健室』と書かれている。
「確かに保健室やけど、それがどうかしたん?」
「なんか聞こえないか?」
「ええっ?」
耳を澄ましてみると確かに保健室の中から微かな物音らしきものが聞こえてくる。
そして、声を潜めているような微かな話し声。
「誰か居るね」
「だな…。入ってみるか?」
「危険、ちゃう?」
「でもなぁ。ルールをどうにかするなら接触は必須なんだしこの保健室、けっこう小さめだから暴れられても対処できる、はず」
「言い切ってや、そういうときは…」
「とりあえず、ちょっと覗いてみるか…」
二人は静かに扉を開けていく。保健室の中も明かりはなく、暗闇が広がっているがその中でベッドの一つに座る人影とその足元で何かを巻く人影が見える。
扉を開けたことで先ほどまではくぐもっていて何を言っていたかわからなかった会話が聞こえてくる。
『──ひどい火傷だ。これじゃ、歩くのに苦労するぞ…』
『し、仕方ない…さ。いざとなれば、私のことは気にするな。君だけでクリア条件を満たすように動くんだ』
『でも…っ』
『でも、じゃない。私だって昼間の彼女みたいな死に様はごめんだが、君の足を引っ張るようなこともダメだ。それは、君にも私にもメリットが無いだろう?』
『それは…!ですけど…』
『この《ゲーム》で情けは無用だよ。ルールにも書いてなかったかい?』
『それでも、僕は───』
聞こえてくるのは男女の会話。お互いにそれなりに気を許しているように聞こえるその声に、響は静かに保健室へと入る。
後に続くように寧々も保健室に入ろうとするが、響は扉の外を指差す。
それだけで何かを察した寧々は軽く頷くと扉をわずかに開けて廊下の方を見渡す。
響はわずかに入る月明かりを頼りに声の聞こえるベッドの方へと近づいていく。人影が視界に収めたところで足を止めると、小さく息を吸った。
「こんばんは」
「っ!君は…!?」
「くっ!ハジメ君、君は下がりたまえ!」
響の一言に暗闇の人影二つは劇的な反応を示した。
足の手当てをしていた人影は尻もちをついていたが、手当てをしてもらっていた人影は怪我をしているだろう足を庇うこともなくこちらに向き直る。
「何者だ!」
「そうか。まずは自己紹介だな。俺は赤上響。おそらくだけど、あんた達と同じ《ゲーム》のプレイヤーだ」
「…ほう、なかなかに律儀な相手のようだ。堂々と自己紹介とは痛み入る」
「そっちの名前は聞かせてもらえないのか?」
「知ってどうする?それに、まずは拘束させてもらう!」
「──っ!」
目の前の人影が怪我をものともせずに踏み込んでくる。
一瞬で懐に入ってきた人影は至近で拳を顎に放ってきた。
(鋭いな。だが──!)
響は迷うことなくその拳を手のひらで受け止めると固く握りしめる。
「くっ、この…!」
「力比べなら負けないが?」
人影は焦ったように腕を引こうとするが響はさらに力を込めていく。
手に感じるのは相手の拳を握り砕くような感触。本当に砕けるわけではないが、徐々に強めていく力に人影はさらに焦るように暴れ出した。
「や、止めろ、離せ!」
「一度、痛い目見た方がいいと思うんでな」
振り回す腕を響は掴み取るとそちらも力を込めていく。
骨が軋むような音に目の前の人影はますます暴れる。
「は、離せェ!!」
「か、かかか、カエデさんを離せ!」
「ん…?」
不意にもう一つの人影が突進してきた。
だが、響は驚くこともなく。まっすぐに突っ込んできた人影に蹴りを入れると──
「げふっ?!」
「あん?」
息の詰まったような声と後ろの壁に叩きつけられた勢いで響の方へとたたらを踏んだ。
それを再び響は蹴りを入れる。するともはや人影は踏ん張ることすら出来ないようで、壁にしたたかに背中を打つと再びたたらを踏んだ。
当然、響の方へとフラフラと近づいてくるものだから響は掴み合いになる目の前の人影をあしらいながらもそのフラフラの人影を蹴り飛ばす。
壁に叩きつけられた勢いでフラフラと、再び蹴られる。また壁に叩きつけられた勢いでフラフラと、再び蹴られる。
いきなり始まった無限ループとも言える暴力にとうとう目の前の人影が悲鳴を上げた。
「止めろ!それ以上は彼が死んでしまう!」
「ちゃんと加減してるし」
「止めろ!頼む、止めてくれ!?」
「…ふぅん。わかったよ。そのかわり、もう殴りかかってくるなよ?」
目の前の人影を解放するとフラフラの人影を前から抱きしめる。
抱きしめられた人影は気絶しているのか脱力したまま動かない。
人影はそれをベッドに寝かせると響の方へと向き直る。
「私はどうなってもかまわない。だけど、彼は──ハジメ君は助けてあげてほしい」
その場でいきなり土下座した人影にさすがの響もわずかに後ずさる。
気不味い雰囲気の中で響の選んだ選択は───後ろで監視してくれている寧々に頼ることだった。