Game-04 疑問
熱々の大根の煮物を二人は鍋から皿に移すと食べ始める。
「薄味やけどうまい!」
「それはよかった。寧々さんは普段は料理しないの?」
「あんまり…。休日に親が居らん時とかは簡単なもんは作るけど…。ここまで手の込んだもんはさすがに…」
「醤油とかで味付けしたらあとは軽く煮込むだけだから、見た目ほど難しくはないよ」
まだ17時を少し過ぎた程度ではあるが、二人は早めの夕食会を行っていた。何故かここ家庭科室の水道は普通に綺麗な水を吐き出してくれたためだ。
獣の対策や他プレイヤーの対応など、やるべきことは無数にあるが腹が減ってはなんとやら。響の腹が鳴り、まずは腹を満たそうという話で二人は落ち着いた。
「普通はウチのお腹が鳴る場面やったやろうに」
「うるさい。よく考えたらここで起きてから何も食べてなかったんだ。腹ぐらい鳴るさ」
クックッと笑いを堪えようと出来ずに笑う寧々に響はやや膨れながら大根を頬張る。
「クッ…。ごめんて。それで、響さんは目安箱使わんの?朝の分、あと30分ほどで時間切れやで」
「そうだな。疑問はいくつもあるから一つずつ解決したいとは思ってはいるんだが…」
響が目安箱を使うのを躊躇う理由は『質問に対しての答えが返ってくるか?』ということだ。
ルールを説明した声は『上から答えなければならない』と言われていると言ったが、具体的な答えの返せない質問もあると言ってもいた。
もちろん、そんな質問にほいほいと当たるとは限らない。むしろ、杞憂に近い心配だとも思っている。
だが、だからこそ響は目安箱の使用を制限している。いきなり頼るのはあまりにも危険だという判断だ。
「まあ、ここまできたら使わないなんてことは無いんだけどな、と…」
そうして目安箱に質問を送る。『初期段階のプレイヤーの持ち物に違いはあるのか?』という質問。
返事にはやや間があったものの、わりに早く返ってきた。
『《ゲーム》参加段階での持ち物の差異はあるが、《ゲーム》スタート時に配布されているものは携帯器機のみ。また、個人情報の入っているものは《ゲーム》終了まで運営が厳重に管理している』との返事。
「ふむ。だからスマホや免許証が見当たらなかったのか」
「どないな質問したん?」
「持ち物の差異について、な。俺のリュックには仕事柄使うボールペンとか油性のマジックはあったが寧々さんの持ち物は主に部活動の道具だ」
「ああ。確かに持っとるもんは違ったもんね」
「これに《ゲーム》開始時に渡されたものは何が含まれるのか気になってさ。配られた物に差があったとしたらその差は何なのかと思ったんだけど…」
「返事は違った?」
「開始時に渡されたものは携帯器機のみで他の持ち物はあくまでも拉致された時点での持ち物のみ。個人情報に関する物は運営が厳重に管理しているってさ。たぶん、ゲームクリアできれば返ってくるんじゃないかな」
「そっか。無くしたわけやなかったのは一安心や。キーロックしとるとはいえ、落としとったりしてたらシャレにならん」
「しかし、そうなると他のプレイヤーのことがまるでわからない今の状況は少しまずいか…?」
「というより、他のプレイヤーと会えへんのはなんで?」
「単純に他の館にいたんだろうな」
二人がこの約6時間で出会ったのはお互いのみ。西館には二人しか居なかった可能性が高いが、そうなると他のプレイヤーはその多くが北館・東館にいることになる。
接触することは最初の頃であればより多くの情報を得ることができるはず。だというのに、二人はその時間、他のプレイヤーに接触出来なかったことになる。
「それにしても、西館に来んのはなんでやろ?」
「単純に考えたらそれぞれの館が広すぎるからだと思うぞ?」
館の広さは各館ほぼ共通でフロアが1階~4階。5階は屋上。
教室の数はばらつきがあるのだろうが一フロア当たり最低四教室。
これに外観的にしかわからないが3階規模の体育館に獣が最低三匹は入る飼育小屋。
元がどこぞの学校だったのだとしても相当に大きな──いわゆるマンモス校に分類されるほどの学校だったのだろう。
「ちょい待ち。そんな中にプレイヤーって十人ぐらいか?いくらなんでも広すぎひん?」
「ああ。プレイヤーによっては他のプレイヤーに接触できない…いや、出来なかったからあの女性は死んだのか?」
「うっ…。でも、どうなんやろ?」
「実際のところはわからないしなぁ…。ルール知ってるやつが彼女を『捨て駒』にしたとかじゃなければ、だが…」
口に出してはみたが『捨て駒』ということはありえるのだろうか?
『捨て駒』とはいかないまでも『罰』とは何かを確認しようとして一番わかりやすいルールを破ってみたのだとしたら?
だがそうなると少なくともあの場には女性以外に一人は別のプレイヤーが居たことになる。
「なんにせよ、情報や物資を集めないことにはどうにもなりそうもないな」
「腹ごしらえ終わったら北館行ってみんの?」
「…いや、まずは西館をすべて確認してからにしよう。他のプレイヤーが来てないなら優先で調べられるわけだし」
出遅れている感じがある以上、今得られるアドバンテージを得ておかなければいけない。一つの館の構造を理解しただけでどうだという話ではあるが、少なくとも優位に立ち回れる場所があれば楽になる場面もあるだろう。
☆
夕食会を終えて早一時間。西館2階を改めて歩く二人は各教室を探索するも、めぼしいものは何一つ見つからない。
「これだけ探しても何もあらへんとか…」
「探し方が悪いのか、建物内にはそもそも物資が少ないのか…」
「これ、クリアさせる気あるんかいな…」
「どうだろうな…。さて、あと見てないのは体育館に行ける渡り廊下か」
教室から出て廊下の突きあたりの防火扉の前に立つ。壁には矢印が描かれ、矢印の先には『体育館』と書かれている。
「体育館には特定の時間にのみ入れる、だったか?」
「そうやね。その時間が分からへんからどうしよっか?」
「まあ、あと確認できてないのはこの先だけだし…。今すぐに体育館へ行く必要ってあるかな?」
「うーん、ウチとしては今のところはいいんじゃないかねえ?そら、中が気にならんと言えば嘘やけど、ここで無意味に時間つぶすよりは他の館とか他のプレイヤーの様子確認行った方がええんかな、とは思ってはおる」
「まあ、確かにそれはそうなんだよなぁ。いつ入れるかわからないところ優先するよりは確実性を取るか」
防火扉から視線を外して振り返る。そして、眼が合った。
「・・・」
「…?どないしたん?」
寧々もそちらに視線を向ける。北館との渡り廊下から覗き込んでいる一人は二人と眼が合った途端に北館へと走り去っていく。
「…どうする?」
「追いかけてみてもええけど…。あれ、どっちやろ?」
「男か女かってこと?遠目に見た感じは女の子に見えたけど…」
「ようわかるね…」
「見た感じは、だけど。最近は外観と中身合ってないことが多いからなぁ」
「なんでそんなに実感込もってんの…」
「身近に一人、そういうのがいるんでさ」
深いため息に寧々はそれ以上の追及をしなかった。
防火扉から離れ、北館への渡り廊下まで来るとすでにそこには誰もいない。
「起きた時より真っ暗だな…。西館って比較的明るく感じたんだが…」
「…わかった。電灯がついてへんからや」
「電灯が?」
振り返って西館を確認する。所々、電灯がついていて比較的廊下が見えている。
再び視線を前に戻す。北館は完全な闇に落ちていて電灯は一つもついていない。わずかながら光があるのはおそらく窓の隙間だろうか。
「なるほど。各館もそれぞれに何かあるってことだな。西館は比較的明るく動けたけど物資は少なかった」
「北館は真っ暗な代わりに何かあるってこと?」
「可能性だけどな。どうする?正直、昼間の多少は明るい時間の方が不意打ちされる可能性は低いと思うけど?」
「とはいえなぁ。西館はほとんど何にもあらへんかったし、他の館を調べんと埒があかんやろうし」
「そうだな。じゃあ、下から回るか」
「下から?」
「ああ。明らかに罠っぽい北館に入るなら──」
響は床を軽く蹴る。
「誘われるまま2階から行かずに1階を経由して北館に入ろう」