Game-03 獣の存在、最初の死亡者
4階まで上がってきたのだからと窓の隙間を見つけては外の景色を眺めていた響だが、とある一点に視線が向かう。
(あれは、プレイヤーか…?)
遠目に見えるのは髪の長い女性、だろうか?校庭へと出られそうな金網の間の通り道から顔だけを出して周りを見渡している。
しばらく見ているとその女性は迷わず校庭へと出ていき、飼育小屋の方へと歩き出してしまった。
(おいおい…、あのプレイヤー…まさかルール6を知らないんじゃ…)
ルール6によって建物外は夜22時以降~朝6時までの約8時間を除いて出ていくことを禁止されている。にも関わらず、見えているプレイヤーは迷わず校庭を突っ切るように歩き始めた。
しかし、女性が数十mもいかないうちに携帯器機から警告音のようなけたたましい音が響く。
「な、なになに!?何の音やの?!」
「携帯器機からか…?!」
携帯器機に表示されているのは『警告!』と赤い文字が点滅している。窓の隙間から見えている女性も驚いたように携帯器機を取り出していた。
『…まだ開始二時間なのにもう罰則プレイヤーの出現ですか?まあ、遅かれ早かれ誰か一人はやらかすだろうとは思っていましたよ、と。二時間ぶりですね、プレイヤー諸君』
携帯器機から聞こえるのは先ほど《ゲーム》について説明していた声。
『さて。えーと、11番のプレイヤーさんが罰則なわけですか。ルール6の抵触、と。駄目ですねえ…ルールはきちんと確認しないと』
呆れたような、しかしその声には喜悦のような雰囲気が含まれているように響は感じていた。
『まあ、ルール6の抵触による罰則のレベルとしては『二』に分類されるので───ポチッとな』
間抜けた声が携帯器機から聞こえるが響は窓の隙間から女性の様子を確認していた。女性は周囲を見渡していたが、不意に校庭の方から何かが飛来。女性の髪に当たるとべったりとした液体が女性に降り注いだ。
女性は髪についたその液体を持っていたカバンからタオルを取り出して拭っている。だが、その手も女性が一点を見つめた途端に止まった。響からは女性の見ているものが見えない。だが、女性は明らかに怯えたように後退りをする。
そこで、女性は何かに気がついたように先ほどの液体を拭いたタオルを嗅いでいた。そして、女性はタオルを投げ捨てて建物に向かって走り出し───『ソレ』は女性へと襲いかかった。
『────!!?』
女性の悲鳴がかすかに聞こえる。響と様子が気になった寧々がそれぞれに隙間から見えている光景は異様としか言えなかった。
悲鳴をあげてもがく女性を襲っているのは陸上においては最速を誇る獣───チーター。それが二匹、悲鳴をあげて抵抗する女性に向けて爪を振るい、牙を突き立てている。
「ぁ…あぁ、…ぁ」
視線の先で何が起きているのかを理解できてしまった寧々はゆっくりと窓から離れる。喉の奥からは引きつったような声が漏れる。
響はその光景を最後まで見つめていた。だんだんと女性の抵抗が弱くなるにつれて獣はますます火勢が上がるように牙を突き立て人間を解体していく。時間にしておよそ30分ほど。獣が立ち去った場所には血溜まりと人間の一部、踏み荒らされて壊されたカバンや携帯器機の残骸を残して、獣達は赤く染まった毛並みのまま校庭のどこかへと姿を消した。
「あれが、飼育小屋に飼われている獣で、昼間に建物から出るなってことの真意か。さっきの女性の様子を見るかぎりは罰則含みで獣に狙われやすくなる液体をかけられたって感じか…」
「…赤上さん、なんで、落ち着いて、いられるん…?」
「落ち着いているように見えるか…?」
冷静に分析しているように見せているのは自身の震えを隠すためだ。手は震えているし声も震えているのではないか?
それほどまでにこの《ゲーム》の中でも今のところ一番ショッキングな光景を見たといえる。獣が人間を解体、貪り食う光景など──
───どのくらいそうしていたのだろうか。窓側の壁を背に二人は床に座り込んでいた。器機を取り出すと時間を確認する。
「16時過ぎ、か。かれこれ二時間はここにいるんだけど…。青柳さんはどうする?」
「…このままここにいても、死にかねんよね…?」
「獣に狙われるってことはないはずだけどね。建物外に出るなってルールがあるってことは獣は建物内にまでわざわざ入ってくるとは思えない」
「そうやなくて…。赤上さんは、まあ、大丈夫かなと思うけど…。他のプレイヤーまでは、そう思ってくれへんやろ…?」
寧々は知ってしまった。この《ゲーム》は決して安全なものではないと。単なる探索ゲームのようなものではなく、常に死が隣にいて、死神がこちらの首に鎌を当てているという事実に。
そして、他プレイヤーが自身の命を積極的に狙ってくる可能性があるということに。先ほどの探索で見つけたナイフなどの武器を携えて。
「俺は、まあ…。青柳さん狙うのはちょっと無理かな。なんだかんだで四時間は一緒にいてある程度の人となりは知っちゃったわけだし」
「でも、少なくとも他に八人はいるプレイヤーはそうは思わんよね…?」
「…そうだね。少なくとも、クリア条件の中に他プレイヤーを害するようなクリア条件を持っているプレイヤーは、特に」
「そう、やんな…」
響は立ち上がる。このまま座り込んでいても状況は改善しない。むしろ、無駄に座り込んでいた時間は他プレイヤーの優位に働く可能性が高い。
「青柳さんがここにいるっていうならさっきの食料品は持ってていいよ。食べ物が一つの建物にあれだけとは思えない。今から探せばまだまだ見つかるはずだし」
「赤上さんは、行くの?」
「そうだな。俺は、死にたくはない。毎日を怠惰に、惰性で生きてきたってのは自覚してることでもあるけど。だからといって赤の他人のために死んでやる義理はない。ゲームの敗けが死ぬことなのかはわからないけど、俺は、立ち止まってあきらめるぐらいなら…立ち上がって戦うことを選ぶ」
「あきらめるぐらいなら戦う、か。かっこええね、そういう考え方!」
反動をつけて寧々は立ち上がる。顔を一度、思い切り両手で叩くと瞳に気力が戻ってきていた。
「ウチもこんなわけのわからんとこで死ぬなんてゴメンや。『生きることは戦うこと』──ウチの座右の銘を忘れとったわ!」
「またアグレッシブな座右の銘だな…」
「まあね!とはいえ、今のままやったらウチは何にも出来へん小娘や。せめて、武器になりそうなもん手に入れんと」
「なら、今からでも行動するか!他のプレイヤーに出し抜かれるわけにもいかないしな!」
「オッシャ!行こうやないか、赤上さん!」
「ここまでやってるんだし響でいいよ」
「いきなりクールやね…。ほんならウチも寧々でええよ」
☆
「それで、いきなり1階まで降りてきたんは何か理由あるん?」
「ああ、明確な理由が1つある」
行動すると決めてから30分。お互いにトイレ休憩を入れて真っ先に向かったのは響の提案で西館の1階へと来ていた。
「とにもかくにもまず集めるべき情報としては『獣の行動範囲』だ。建物内にまでわざわざ入ってくるとは思えないとは言ったけど、実際の建物内ってのはどこまでを『建物』と区切っているかによる」
「やから、とりあえず1階に来てみたってこと?」
「ああ。ここから見るかぎりは獣の姿は見えないな」
西館の階段を下ってきてまず見えたのは北館の1階廊下とおそらく玄関ホール。『おそらく』というのは普通ならガラス扉がありそうな位置にコンクリートの壁が出来上がっていて、ホールから向こう側が見えないという作りになっている。
西館の廊下を歩いていくと、廊下の脇には砂地の畑?らしきものと校庭を区切る金網のフェンス。フェンスには一定の距離で校庭へと出ていけるように道がつけられていた。
「これ、畑?」
「どうだろう…。1つ、引き抜いてみるか!」
近くの畑?から生えた草束を掴むと引っ張る。大した抵抗なく引っこ抜けたそれはよく育った大根だった。
「・・・」
「…畑、みたいやね」
「畑、みたいだな。まあ、食料についての心配はあんまりしなくてよさそうだ」
引き抜いた大根を寧々に預けて響は金網まで近づく。金網を揺らしてみるがかなり頑丈に地中に埋まっているのだろう。ほとんどびくともしない。
金網はいくつかの箇所で校庭の方へと出られるようになっているようで、そこが境界線だということだと判断できた。
「なるほど。これだけ明確に区切られてるなら間違って校庭へと迷い込む可能性はないか。寧々さん、そっちは──?」
呼びかけた相手は柱の陰に隠れてこちらの背後を指さしている。背後にあるのは区切りの金網。
そちらを指さしているということは当然、金網の向こう側に何かがいるということで──。
恐る恐る振り返った先にはこちらを見つめる獣──チーターの姿があった。
「…マジか」
『──グウゥ…』
喉の奥の方から唸る声が漏れて聞こえてきている。しかし、金網越しだからなのか飛びかかったり、金網の隙間から爪を通そうとはしない。
思いがけず近くで観察できたために響は意外にも落ち着いていた。だから、気づいた。
「…あれ?もしかしてこいつ…」
『───ッ』
こちらが出てこないことに興味を無くしたのか、獣はそのまま金網に沿って歩いていった。
「…あきらめたか。しかし、何匹いるんだ?」
「響さん、よう…落ち着いてられるね?」
「あいつらがルール守らないと《ゲーム》にならないだろうからね。しかし、けっこうまずいな。獣の数が未知数だぞ…」
「獣の数が未知数って…。二匹やないの?」
「今のやつ、返り血がついてなかった。女性を襲ったやつが二匹と今見たやつの少なくとも三匹は確定でいる」
「校庭には出ん方がええね…」
「昼間は危険過ぎるな」
大根を脇に抱えて西館の1階を歩く。1階の教室は二つだけ。
一つは養護教諭室。もう一つは家庭科室。
「とりあえず、家庭科室から覗いてみるか」
「鍋とかあれば料理できるしね」
開けてみると今までに見た教室とは違って整頓が行き届いていた。埃もなく、料理をするという意味では清潔性もあり、ここだけが他とはまるで違っていた。
「なんでやろ?」
「調理場として使えるようにってことかね?それにしては…」
あちこちの引き出しや戸棚を開けてみるが、調理器具は一通りそろっているのにもかかわらず、なぜか包丁だけが見つからない。
「ここにも準備室があるけどまさかこの中に包丁を保管してるってオチじゃないよな?」
「ありえるかも…。ほんなら、どないする?」
いくら調理器具はそろっていても包丁が無ければ料理は難しい。だが、響はあまり焦りはしなかった。
「包丁の代用品はあるから気にしないでいいだろ?」
腰につけたコンバットナイフを調理台に置いて、脇に抱えていた大根も台に転がした。