Game-02 情報収集
お互いの荷物は肩にかけた鞄一つずつという少ないもの。仮にも学生の身分であるはずの寧々がどうしてそこまで持ち物が少ないのか質問してみたが──
「部活帰りやったんや。ウチの通う学校、土日は休みやけど部活はけっこう盛況やねん。ウチも部活の荷物だけ持って拉致られたみたいでな。そういう赤上さんはどないなん?見た目ウチよりは確実に上やろけど、大学とか行ってへんの?」
「これでももう26でな。溜まった有給使いながらダラダラ生活してた矢先にコレだ」
「うわっ。思うてるより全然上やった。見た目20で通るやろ…」
まあ、昔から若く見られるということは別段珍しくはない。同級の奴等からは『童顔』とかからかわれる対象だったこともあるから家でぐうたらしていたら近所のとある人物に鍛えられたのは別の話。
「ふぅん。ところで今はどこむかってるん?」
「明確に『どこ』と決めて歩いてるわけじゃない。とりあえず、周辺を適当に探索しているだけさ」
空き教室の中を覗いたり、あるいは入ってみて物の配置を確認してみたりと。今すぐにできることを行う。そうしているうちにある教室の中にソレはあった。
「なんだ、この箱?」
「なになに?なんかあったん?」
掃除用具のロッカーの上に置いてあった鉛色の鉄箱。他のものとは違って比較的汚れておらず、また上側にホコリがたまっていない。少なくともこの教室に意図的に後から置かれたものだろう。
「箱、だな。どこかから開けれるはず───と、開いたか」
箱を触っていると側面にボタンのように凹む一画があり、そこを押さえることで蓋が開いたようだった。中に入っていたのは──
「えっと、カンパンの入った缶詰が二つと500mlの水入りペットボトルが二本。あとは…──」
箱の上部にあったのはいわゆる食料品。手持ちにも多くはないが入ってはいたが、それは普段の仕事の合間に軽く食べるために入れていた飴やクッキーのようなもの。目の前の箱から出てきたのは似たり寄ったりのものではある。
だが、箱の最下部に置かれていた『ソレ』はこの《ゲーム》に『そういう要素』が入っていることを教えるように存在していた。
「それ、なんなん?」
「これか?『コンバットナイフ』っていってな。いわゆるサバイバルとかで重宝する大型ナイフだ」
鞘に納められた大振りのナイフ。抜けば刃に塗られた塗料によるものか、刃が鈍い虹色を浮かび上がらせる。
「これ、何に使うねん…」
「用途は多岐に渡るさ。缶詰の開けたりだとかモノを切ったりだとか、な…」
説明しながらも響はルールを見ていた時には感じていなかった感覚を『コレ』を見ることで理解してしまった。この《ゲーム》にはクリア条件を満たすためであるならば『殺人』も容認されているということに。
(これは、できる限り早々にクリア条件を満たせるように行動すべきなのかもしれないな…)
「なあ、このナイフ、ウチと赤上さんのどっちで持つん?」
「ん、ああ。どうする?そこそこに重いし、俺が持っててもいいけど…。持ち歩いてみたいとかなら預けとくぞ?」
「うーん。正直なところ、ウチは持ちたないな。誤って自分の指でも切ってしまうやもしれんし…」
「わかった。基本的には俺が持っておく。何かに使うとかになればその都度貸す。それでいいか?」
「ええよ。さすがに放ってはおけん代物やし」
寧々の話しぶりから彼女はまだこの《ゲーム》の一部の本質は理解し切れてはいない。それに響は聞こえない程度にため息をつき、ナイフを右の腰に吊るす。
「ふむ。こうなるとどこまでが行ける範囲なのか先に調べる必要が出てきたな」
「行ける範囲?」
「ああ。一番分かりやすいので説明するならルール4に明記されている体育館と飼育小屋だ。『特定の時間』と書かれてはいるがその時間以外はどうなっているのか。…まあ、飼育小屋はさっき窓から見た感じでは校庭のような場所を抜けないと行けないが、建物外はそもそも昼間は出られないから向かいようもないんだけどさ」
「うん、なるほど。それやったら各館の屋上も見に行ってみいひん?屋上からやったら敷地内一望できるかもしれんしさ」
「確かに…。だけど、さすがに一望できるような場所に容易に行けるか、だな。だけど、見に行く価値はある」
「決まりや!」
まずは屋上の確認のために階段を上がる。しかし、4階にたどり着くと階段はそこで途切れていた。
「あれ?屋上までの階段があらへん…」
「たぶん、もう一つの方の階段だろう。各館、階段は建物の両端に一つずつある。片方の階段は4階までで、もう一つは屋上へ通じているんだろう」
今しがた上がってきた階段は西館では体育館寄りにある階段でもう一つの階段は2階で北館の渡り廊下に繋がっている。階段から階段への廊下を歩きながらも間にある教室を確認しようと中を覗こうとして、教室の入口に教室名がついていた。
「音楽室、か」
「へぇー、確かに中は広々としとるよ。余計な机とかが無いせいやろうけど」
扉を開けて中を見渡す寧々の言う通り、中はがらんとしていた。楽器があるわけでもなく、ただただ広い教室が存在している。この部屋特有のものといえば教壇の代わりに置かれているグランドピアノだろうか。
「弦は生きてるのか。普通に弾けるな、このピアノ」
「何か弾いてみせてーな、赤上さん」
「あいにく音楽──こと楽器には興味が出なくてな。せいぜいがリコーダーだよ」
「ウチと同類かぁ…」
ピアノの位置から教室を見渡すと他の部屋とは違うものが教室の後ろにあった。
「音楽準備室…?」
「楽器とかがある部屋ちゃう?」
「なるほどな。…っ?」
ドアノブを捻るも扉はびくともしない。どうやらカギがかかっているらしい。
「怪しいな」
「怪しいね」
「とはいえ、カギなんてものが容易に手に入るかと思うと…」
「赤上さん。ここって学校みたいやん?」
「うん?ああ、見回ったかぎりだとそうだな。体育館とか飼育小屋もあるし、今まさに音楽室なんて場所にもいるわけだし」
「やったら、当然カギを一括管理してた『職員室』いう場所もあるんちゃう?」
「っ!なるほど。探す価値はあるな。たいていの部屋のカギは開きっぱなしなのにこの準備室にはカギがかかっている。何かあるのは確実だな。探してみるか」
「ほんなら、屋上見に行ってから職員室探しやね」
「そうだな…。───?」
音楽室から出る直前、響はふと改めて音楽室を見直す。そして、その視線は自然とグランドピアノの方へと引き付けられる。
音楽室そのものは他の教室と同じく荒れている。窓は鉄板で塞がれていることも変わりない。だが、そうなるとやはりあのピアノはおかしい──気がする。何がおかしいのかを聞かれると響もうまく答えられそうにはないが。
『赤上さん、何してはんの~?』
「…ああ、悪い。すぐに行く」
遠くに聞こえる寧々の声に思考の海から響の意識は帰ってきていた。ピアノから視線を外すと、階段の前で腰に手を当てて立っている寧々が見えた。
☆
「やっぱり閉まっとったかぁ」
「ああ。しかし見た感じカギがかかっているだけのようだ」
「やったら、強行突破して開けるか!」
「ああ、いや、だがなぁ…。強行突破して罰則食らったりとするとかないよな…?」
「うっ。それは、どうなんやろ?目安箱使ってみるかなぁ…?」
「ああ、そういえばそんなものあったな」
わからないことがあれば『目安箱』を使えば答えが返ってくる。一日朝夜一回ずつの限定機能ではあるが、このような時には確かに使い勝手のいい代物ではある。あるのだが。
(正直、こんなことに使うべき機能なのかってことだよな?)
そもそもルール全てがわかっていないから物を壊していいかすらわからない状態に陥っているわけで。ならば、ルールに載っている可能性のあることをわざわざ目安箱を使ってしまっていいのか、ということ。
今はまだ14時になる前。ゲーム開始から考えても二時間足らず。今後、どれだけわからないことが出てくるかわからない状況では安易には使いたくない。そう響は考えていたが…。
「えーと『物は壊して大丈夫か?例えばカギがかかっている扉を蹴破るなどすると罰則は無いか?』で、送信!」
「…っておい…」
葛藤していた横ですでに文章を組み上げた寧々が目安箱を使っていた。返信は5分と待たずに返ってくる。
「えーと?『基本的に物は破壊しても罰則はないが、カギのかかっている扉は特定の手段以外での解錠には罰則が発生する。また罰則にもレベルが存在し、破壊方法によっては重い罰則がかかる恐れアリ』…。質問しといて正解ちゃう?」
「ああ。あとは少し意外なことも知れたから一石二鳥だった」
「それは?」
「罰則にはレベルが存在している、ということだ。罰則次第じゃ『即失格』的な罰則があるかもしれない」
「なるほど、なるほど。となると、扉のカギは破壊せんとカギ探しした方がよさそうやね」
「…だな。破壊してよかったならさっきの準備室の扉も壊しにいったんだが」
「あっ、そういえばそうやね。…さて、ほんなら次は『職員室』探しかね?」
「そうだな。カギが保管されている可能性が高いのはやはりそこだろう。問題は、どの建物にあるのか?ってことだな」
「学校としたらありそうな階は1階か2階、やろな。館は…北館が妥当な気がせんでもないけど、どないやろ?」
「さすがに位置は絞れるものでもないだろうし、あちこち見て回るしかないな…。そもそも、まだ開始してから二時間ほどだ。明確な終了時間が指定されてないとはいえ、一日二日程度で終わるとは思えない」
「なんで?」
「…さっき、食料品が見つかったからな」
食料品が必要な事態と考える。特に人間は水が無ければ三日もたないとも言われるのだ。そこにあれほどわかりやすく──見方によっては風景に同化していてわかりにくくはあったが──食料品の入った箱が置いてあればこの《ゲーム》が長期化することは考えておいて損はない。
実際には一日二日程度で終わる可能性もゼロではないのかもしれないが、それはいくらなんでも楽観的すぎると言わざるをえない。
「最初から長期化する可能性があるなら食料品はプレイヤーにとっては必須アイテムだ。まさか水を得るために雨を待つわけにもいかんし、いくつかの水道を試してみたが水はまったく出なかった。この施設内では水は貴重品なんだよ」
「それって、下手な話、水とかめぐってプレイヤー同士で戦ったりとか…?」
「───っ!」
寧々に言われるまでそこは考えていなかった。食料品や水に絶対数が設定されているとするならそれらを独占しようとするプレイヤーは当然現れる。そのプレイヤーに対するならば武力を用いるか知力を交渉材料にするしかない。
「このゲーム、実際には想像以上に過酷なんじゃないのか…?」
未だ全貌のわからない《ゲーム》。それぞれに何らかの抜け道のようなものが用意されてはいるのか?
無いのならば、プレイヤー同士での戦闘は避けえない。今はまだほとんど会えていないプレイヤーに対して、響はただ胸に不安を抱えるしかなかった。






