Game-17 惨劇の加速
少女は階段を転げ落ちるように下っていた。
足下に残るのは血の跡。一段下りる度に辺りに血が飛び散っている。
(痛い…。痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い…!)
階段を下るほどに身体中に響く激痛。撃ち抜かれた肩や足が揺れる度に痛みを伝えてくる。そんな彼女の近くで再び乾いた音が響き、床や壁に何かが当たる音。
「ひっ、あ、あぁ、あああぁ…」
肩越しに振り返った先には銃を構えた誰か。廊下からの灯りと階段を急ぎ下っているために女性か男性かすら判別出来ない。
「なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんで…。なんで?!」
少女は半狂乱になっていた。なぜ撃たれたのか、どうして急に灯りがついたのか、自分はどうして泣きながら逃げているのか。
もはや、彼女にはそこまで考える余裕はなかった…。
「くっ、ああ、ああぁぁああぁぁ…!」
偶然に見つけたのは一つの扉。階段の一番下に階段下へ潜り込むように作られた扉。少女はパニックになった頭ながらも取っ手をひねると扉は中に向かって開いた。
転がり込むように入った少女は扉を閉めると扉を背に座り込む。誰かが扉の外から扉を蹴る音。取っ手をひねる音。
そして、複数回の乾いた音と何かが跳ね返る音。誰かの悲鳴。
しばらくすると足音が聞こえてそれは遠ざかる。少女はか細い息を吐く。途端に先ほどまで忘れていた痛みが身体中から響く。
「ぐっ、は、ぁ…。とに…かく、血を、血を止めないと…」
足を傷の上より縛り、肩は布で押さえる。痛みがひどいが仕方ない。朦朧とする意識が痛みによって覚醒させられ、少女は部屋の中にあったものに意識がいく。
「これ…、なに…?」
☆
「くそ…。あんな頑丈な扉とかありかよ…」
少女を追っていたのは青年。手に持っていた銃を腰に吊るしたホルダーに戻しながらため息をつく。
「もうちょいだったってのに…。あれじゃあ、出血死はするだろうけど、俺の得点にはならないだろうし。くそ、持ち弾だって豊富じゃねーってのによ…」
文句を言いながら歩く青年は何かを蹴った。
「あん…?」
どうやら蹴ったものは薬莢。先ほどの自分のものだろうと青年は気にも止めなかった。
そして、誰かに背中を強く押されてたたらを踏む。
「ぐっ…。イッテェーな、誰だ!!?」
振り返った先には誰も居ない。舌打ちして歩き出そうとした青年の膝が折れた。
「あ──?」
倒れて口から血が溢れる。胸元を触ると手が赤く染まる。
身体をひねって振り返った先、そこにいたのは──
「は、はは、あはは、あはははは…!」
(くそ…。マジ、かよ…)
肩から血を流し、片足を引きずる少女。手には大口径の銃を壁にもたれかかりながら構えていた。
(ついてねーなぁ…、ちくしょーが…つか、さっきまでどこにいやがった…?)
青年は仰向けに倒れなおす。視界が狭まる。
(まあ、いいか。あきらめついたし…)
青年は目を閉じた。二度と開くことはない。
そんな青年を少女は、涙を流しながら見ていた。
「あ、あはははは、あは、あ、ああ…ああぁぁああああ───!!!」
──だが、少女はそこまでだった。当然だ。今まで『ゲーム』に巻き込まれるまでは普通に生きてきた少女。
この異常な状況に追い込まれてからすでに三日。独りでただ生き残るために立ち回り続け、二度も手を血に濡らした。あと少し。そうわかっていても少女はもう立ち上がれなかった。
「もう、いや…。いやよ、こんなの…」
そんな少女の前に影が射した。少女は顔を上げることはなく…。
「殺して…。私は、もう、むり…」
「───そうか」
金属が揺れる時に聞こえる金属音。だが──
「おいっ!やめろよ!」
「この子はもうダメだ。出血量から考えても、ここから動けるとも思えん」
「だからって殺すのか?!」
「それが、この子のためになる。そう、考えるしかなかろうよ」
「だけど──」
何か言い合っている。しかし、止めていた側の声がやむと、少女の視界に誰かの靴先が見えた。
「嬢ちゃん、悪いな。恨んでくれてかまわない。俺みたいな老いぼれができるのは、あんたを殺してやることぐらいだ」
ゆっくりと何かが回る音が聞こえた。少女はただ、目を閉じて──
「こんなこと、頼んで…ごめんなさい。ありがとう、ございました…」
───乾いた音が響いた。
☆
もの言わぬものとなった少女を見下ろしてその男は黙祷する。
「他に方法はなかったのかよ、浅葱さん…」
「ああ。可哀想だが、この嬢ちゃんはむしろ銃を撃てたこと自体が不思議な状態だった。最期の最期まで全てを振り絞ったこの子をこうして弔ってやるのは、俺の仕事だろうよ」
『浅葱道史』それが男の名だった。少女を抱えると畑代わりになっている花壇へと近づく。少女を花壇のそばに寝かせると、畑から生えている作物をいくつか引っこ抜き、引っこ抜いた場所を掘っていく。
「なに、してんだよ」
「最終的にどうなるかはわからん。わからんが、せめてこの『ゲーム』とやらが終わるまでの間、休める場所を作ってやるべきだろう」
掘った穴は少女の膝を畳めば寝かせられるほど。そこへ少女を寝かせると土をかぶせる。最後に少女の近くにあった鞄と銃を供える。
「銃は誰かが持っていっちまうかもしれんが一応な。嬢ちゃん、せめて安らかに眠れよ」
手を合わせて再び黙祷する道史の隣で、青年は同じように手を合わせる。
「意外だな。お前みたいなやつはこういう感傷的なことは嫌いかと思ったぜ、涅土」
「うるせーよ。わかってんだよ、似合わねーことぐらいよ」
『涅土晴斗』──そのヤンキーを彷彿させる青年は同じように合わせていた手を放すと、もう一人の方を見やる。
「あれは弔わねーのか?」
「少女を襲うような不埒な輩の最期にはふさわしい姿だ」
「よく言うぜ、まったく…」
そもそも二人があれほどピンポイントなタイミングで現れることができたのは彼女達の戦いを遠目に見ていたからでもある。
先ほどまで消えていたはずの北館の電気が一様に付いた時、二人は偶然にも青年の後ろにいた。そして、青年が階段の方に向かって発砲したのも全て見ていたのだ。
(このおっさんもたいがいに怪しいけどよ…。とはいえ、この人のおかげで何度も命拾いしてんのは事実なんだよな)
「…こいつでもないか」
気づくと道史は青年の身体を漁っていた。しかし、なにやら首を傾げている。
「ったく…。おっさん、いくらなんでも手癖悪すぎじゃね?」
「バカ者。お前は忘れてるのか。北館内には爆発物を所持しているプレイヤーがいるはずなのだ。とはいえ、こいつではないようだが…」
青年が持っていたのは器機と少女を撃つために使った銃。その銃のマガジンがいくつか。あとは食糧品の類いしかなかった。
「あん時の一発しか持ってなかったんじゃねーの?」
「そうだな。その可能性も捨てきれんが…。未だに拳銃の類いしか見つかっておらん中で爆発物を所持しているのは強力な武器だ。安易に使いきるとは思えん」
「だったら、他にもプレイヤーがいるんじゃね?俺等が探してたように向こうもこっちを探ってりゃー、入れ違いになってたりする可能性はあんだろ?」
「そう、だな。そう、考えるしかないか…」
道史が立ち上がると晴斗はズボンの尻ポケットから一つの鍵を取り出す。
「おっさん、とりあえずさっさと西館に戻ろうぜ。せっかく面白そうな鍵を手に入れたってのによ」
「そうか。そうだな。今は、他のプレイヤーを考えるよりもそこへ向かってみるのが一番か」
「おう。じゃあ、行こうぜ。西館の『音楽準備室』とやらへ──」