Game-16 青空の下へ
北館の四階の他の部屋も念入りには調べていくが、見つかる箱はことごとく開いており一つも残っていない。隠れている箱がある可能性もなくはないが、今はそこまで手を回している余裕はない。
手榴弾なんてものを使ってしまったが、結果的には爆発物があることを他プレイヤーに教えてしまったことにもなる。無論、あの場でそこまで考えていられる余裕がなかったのは事実ではあるのだが。
「やはり北館はあらかた調べられた後、だな」
「まあ、なんだかんだと今日はゲーム開始から三日目ですしねぇ。目につく箱は開いてて当然じゃないっすか?」
「問題はこれだけ見つかる箱にどれくらいの割合で武器が入ってたか、いうことやねんけど…」
「そもそも俺達が見つけた箱の数は両手で数えられるほどだ。その中でも武器と呼べるのは銃器二丁とコンバットナイフが一振り。少ないのだとしても、いくらなんでも少なすぎる」
「そりゃあ、どういう意味っすか?」
本気でわかっていないようで稲葉は首を傾げている。その様子に響はため息をつくしかない。
「あのなぁ…。このゲームは本質的に見れば俺達の殺し合いだ。たぶん、そういう解除条件を持ってるプレイヤーはいる」
でなければ、暗闇からいきなり撃たれるなどということはないはずだ。
「そんな時に武器が無ければ殴り合うか?たぶん『殺し』の入った解除条件を女性プレイヤー──下手な話、寧々みたいな少女が持てばゲーム開始から考えても絶望的だぞ」
「ああ、なるほど。素手で響っちや俺を寧々っちが殺せるかっていえば、まあ、無理っすね」
「そうだ。となれば、ナイフや銃器は一定数必要だし全てのプレイヤーに行き渡るだけの数はそろっていると考えるべきだ。だが…」
「見つかる数は少ない、ってことやね」
「ああ。言い方は悪いが俺達は手軽に行ける三館に足を運んだことになる。だというのに、武器は驚くほど手に入れられていない。となれば、武器はどこかに密集してる可能性があるんだが…」
それはどこか。と言われると「わからない」のが本音だ。そもそも武器をまとめて保管する部屋が作られているというのはあくまでも仮説だ。
実際にはすでに他のプレイヤー達に確保されている確率の方がはるかに高いだろう。
「まあ、今のうちに屋上へ上がってしまいたいな」
「そうやね。少なくとも、屋上へは誰も行っとらん。武器があればうちらのもんや」
「スルッと行けたら万々歳なんすけど…」
そう言う稲葉はいつの間にか中央の階段をのぞき込んでいる。
「下にいるみたいっすよ?」
「はあ?」
中央の階段から下の階へと続く下り階段を見ると──目が合った。相手は驚いたように銃を──
「マジかっ!?」
顔を引っ込めたと同時に天井に当たる銃弾。しかし、一発きりで音は止む。
「撃ってこないな…。階段を上がってくる様子もないか…?」
「ちょお待ってや?」
手鏡を取り出した寧々が階段の裾から鏡を使って階下を確認する。時折、顔がちらつくも、上がってくる様子はない。
「向こうも警戒しとるみたいやね」
「まあ、爆発物持ってる可能性のあるやつが北館内に居るのはバレてんすから、不用意には近づいてこないんじゃないっすかね」
「となると、このまま屋上を目指す方が建設的か」
のぞき込んだ先──階段の上には一つの扉が見えていた。
「さて、この扉の先にはいったい何があるのかということだな」
「おっ、ラッキーじゃないっすか」
「とりあえず、屋上に入るか」
一度だけ下をのぞき込む。相手は警戒しているのか上がってくる様子はない。ならばと、ポケットから鍵を取り出す。
★
鍵を開けて屋上に出たまず感じることは『とても明るい』ということだろうか。朝から暗い館内を動いていたこともあり、この明るさは目にくる。
「とりあえず鍵は閉めとくよ?」
「ああ。閉めておけば鍵持ち以外は入れないだろうし…」
鍵は複数個あると考えておくべきだろう。とはいっても今この場に誰もいない以上、他の鍵は見つかっていないとみるべきだろうか。
「しかし、屋上とはいえるも柵がスゲー邪魔っすね」
「ほんまに…。にしても、あちこち小さな隙間があるのを見とると手抜き工事に見えてしゃーないな…」
確かに寧々のいう通り、柵にするための壁のような鉄板が屋上をぐるっと囲んでいる。しかし、確かにあちこち鉄板が斜めになっていたりしてあちこち隙間が空いている。突貫工事による手抜き作業にも見えなくはないが…。
「いや、おそらくだけど。他の場所と同じだろう」
「他の場所?」
「西館の窓にも鉄板があったけどあちこちに隙間があっただろ。外をのぞいたりする時用にわざとそういう隙間を残しているってことだ」
「のぞき穴ってことっすか?何のためにわざわざ…」
「さあな。それはわからない。だが、俺達はもっと気にするべきものがあるだろ」
「この建造物、やね」
北館の屋上にあったもの──それは後付けで造られたような小屋のような建造物。扉がついており、鍵はかかっている様子はない。
中を見てみればあったのは一台の巨大な機械。あと、その機械の電源らしきグリップ。今は『OFF』になっている。それと壁に立て掛けられた、明らかに強力な武器がいくつか。
「ヤッベーっす。RPG-7なんかあるっすよ。対戦車砲ロケットランチャーっす!」
「これ、人に向けて撃ったらダメなやつちゃう?」
「確実に殺せる武器のオンパレードだな…」
銃身の長いのはおそらくスナイパーライフルというやつだろう。その隣には銃身が2つ並んだ銃がある。おそらくショットガン。
ご丁寧にそれぞれの銃器の近くには弾薬を入れておくためのケースが置かれている。RPG-7とかいうのだけは単発のようだが。
「明らかな過剰戦力だろうが、今はまあ、置いておこう。まずは、このバカでかい機械に付いているこのスイッチ。何だと思う?」
「ONとOFFがあるってことは、今まで使われてなかったもんのスイッチってことやんね。今はOFFなんやし」
「そうだな。これをONにしてしまえばいいわけだが、はたして安易に入れていいものなのか…」
「入れてみりゃあわかるんじゃないっすか?」
「あのなぁ…。不利になる可能性も考えろよ…」
「そうは言うっすけど、ここ…それ以外は何もないっすよ?」
確かに広い屋上のわりにはこの急ごしらえの小屋と武器を除けば驚くほどに何もない。せいぜいが朽ち果てている長イスぐらいのものだろう。
「確かに、なぁ…」
「入れてみてヤバそうならすぐに切っちまえばいいんじゃないっすかね?」
「切れたらいいんだがな…」
グリップを掴むと一度、二人の顔を見る。楽しそうに笑って頷く稲葉と神妙な顔で頷く寧々。
力を込めて、グリップを引き上げてスイッチを『ON』に切り替える。
「…何か、起きたか?」
「…いや~、どうっすかねぇ…?」
「見えとる感じでは、何も起きとるようには見えんけど…」
三人で屋上をうろうろするが特に変わった様子はない。
「だったら、あれは何のスイッチだったんだ?」
───だが、他のプレイヤーには劇的な変化が起きていたことを三人が知るのは少し後…。
☆
北館で屋上の扉を開けようと試行錯誤していた少女はあきらめて階段を下ろうとしていた。
「…くっ。簡単にはいかないのか…」
少女は器機に視線を落とす。北館の暗闇には器機によって作られる明るさは必須アイテムといえる。
「まだ、一人なのに…」
強く噛み締めたためか口許から音が響く。少女は階段を下って4階の廊下を覗き込む。人の姿は見えない──
「──んっ?」
視界の端で何かが光った気がした。
(上に何かある…?)
視線を天井の方へと向けたその時──沈黙していたはずの蛍光灯が一斉に光る。
(──っ!目が…?!)
暗闇に満ちていたはずの北館に突如として灯りが入る。先ほどの視界の端で光ったのは蛍光灯がつく予兆だったのだ。
視界がホワイトアウトしていた少女もゆっくりと回復してきた視界の端で、誰かが立っている。
「──えっ…?」
相手の手には何か握られていて──乾いた音が数回響いた。