Game-14 洗礼
少女は荒くなりそうな呼吸を必死に抑えようと目を閉じて深呼吸を繰り返す。
(大丈夫…、大丈夫…、私は、できる。やれる。きっと、ううん、絶対に、やれる…)
少女は手元にあるソレを額に押し付けるように構えて深呼吸を繰り返す。身体は震え、吐き気は止まらない。気分は最悪で、今から成すことを考えたらとても正気を保てそうにない。
(それでも、私は、やらなきゃ、いけないんだ…)
キリスト教徒でもない少女は落ち着くためだけに十字を切り、掌に『人』という字を書いては飲み込む。
呼吸がようやく落ち着きを取り戻し、少女は足音を立てぬように廊下へと出る。ソレを一度だけ額に押し付けるように構えて、ゆっくりとソレを暗闇に慣れた目が捉える『彼等』に向けて両手で構えた。
☆
寧々が合流したところで響は改めて薄暗闇の広がる廊下へと視線を向けた。
「本当にほとんど見えないな…」
「これで戦うとか無理ちゃう?人影…いうか、見えるのせいぜいが輪郭程度やろ…」
「…でさ、とりあえず二階に来たわけだけど響っちはこのあとどうすんの?」
「とにかく近くの教室に入って物を探そう。すでに複数のプレイヤーがうろつく館だからほとんど何も残ってないかもしれないが探さないわけにもいかない」
「オッケーや」
「まあ、それしかないかぁ~」
暫定的な方針を決めて一番手近な扉に手をかける。扉を横にスライドさせようとして、小さな風切音。続いて聞こえたのは固い何かが弾ける音。
───そして、遅れて聞こえたのは何かを破裂させたような音。
「──っ、響っち、寧々っち!飛び込め!」
「「っ?!」」
背中を押し込むように稲葉が二人を教室に突き飛ばす。同じ音が重ねて二回廊下に響く中、三人は教室に辛くも入れていた。
「なんだいったい?!」
「わかんねーっすけど!何かで狙われてるっすよ、他のプレイヤーに!」
「はあっ?!」
立て続けに扉の辺りで音が続いて、止む。音が止むと寧々の足下に小さな金属が転がってきた。
「響さん、何か転がってきたんやけど…」
「うん?」
ソレを手で触ろうとしてわずかに熱を持っていることに気づきやめる。床に伏せてソレを観察する。
「…本格的にまずいな…」
「なんかわかったっすか?」
「銃弾、っぽいな。口径とかはわからないがどうやらあちらさんは俺達を殺そうとしてるみたいだな」
「マジ?」
「ああ。しかし、なんだな。実際の銃声ってゲームとかで聞くより静かなんだな」
「響っち。あんた、落ち着き過ぎっす…」
「そうか?」
言われてみれば不思議なくらい落ち着いていられている。とはいえ、理由はなんとなくではあるが理解は出来ている。
こちらを狙っているプレイヤーが何者かはわからないが、少なくとも銃器の扱いは自分達とそう変わらないのだろうということだ。でなくば、聞こえた破裂音は全部で六回。それが全部銃声だとするならこちらに一発も当たっていない時点でうまく扱えていない証拠だ。
「たぶんだが、向こうも銃の扱いは素人なんだろう。じゃなきゃ、今頃は俺達の誰か一人…ケガしててもおかしくないはずだ」
「そりゃあ、そうかもしれないっすけど…。それを考慮しても落ち着き過ぎっすよ」
「かもな。だが、ここで取り乱せばますます向こうの思うツボだ。続けて撃ってこないのは俺達が廊下に出てくるのを待ってるのか、他のプレイヤーに気づかれる前に離れたかのどっちかだろ」
響は立ち上がると教室の中を見渡す。イスや机の破壊痕は他の館ともあまり変わってはいないが、明らかに違うのは一部は人間が意図的に破壊したとわかるほどの破壊痕がある。
「銃器無しで北館をウロウロすんのも相当に危険そうだな…」
「響っち。目指してる場所ぐらい教えてくれてもバチは当たらないと思わん?俺だって一緒に行動してるんだぜ?」
「…わかったよ」
東館の捜索中に見つけた北館の屋上へ出るためのカギ。これがあれば他のプレイヤーが入れないはずの屋上に入ることができることを説明し、まずはそこを目指しているということ。
「そんなステキアイテム持ってんの秘密にしてんっすか?!」
「うるさいな。お前と行動する前に見つけたものだし、わざわざお前に答える理由も無いと思ったからだよ」
「俺への信頼感って底辺以下じゃないっすか。方針すら聞けないとか…」
「北館を捜索するとは言ったはずだ。屋上は北館の捜索の中で向かうべき場所の一つなんだからそれだけのことでキャンキャン噛みついてくんな」
「くぅー、信用って得るの大変っす…」
うなだれる稲葉を放置して教室の中を確認していた寧々に合流する。めぼしいものは何もなく、いくつかあった箱も全て開封済みばかりだった。
「なんとかして屋上に向かうしかないか?」
「なんとかって、なんとかできるんすか?」
「一応、な。ただなぁ、建物内で使うのははたしてどうなのかってことなんだよな…」
「ああ、コレ使うの?」
寧々が腰に吊ったソレを手に持って差し出す。
「そう、ソレ」
「ちょっ…。コレ、使うんすか?」
「他に選択肢無いしな。飛び道具に対応できそうな武器はコレしかない」
「そやけど、響さん。全部で10個しかないんよ?」
「そうだな。だから、基本的には反撃用に使う」
「ああ、コレ、マジで使う気っすか…」
「状況打開のためだ。やるぞ!」
気合いを入れて、響と寧々は静かに扉へと近づくと少しだけ顔を出して廊下を覗く。
「…見えないな」
「うん。やけど、一発、使ってみる?」
「…やってみる、か」
響は自分の手元のソレに刺さっている安全ピンを抜いた。ソレを大きく振りかぶると薄暗闇の廊下へと投げ飛ばす。
小さな金属が跳ねる音。それが数回響いて───
建物を揺らすほどの衝撃が、廊下に溜まった埃が暗闇の中を駆け巡るほどの爆風が起きた。