Game-13 北館
《ゲーム》の開始から40時間余り。この空間に連れてこられてから二回目の朝は一回目より穏やかな目覚めとも言えるだろうか。
教室内を見渡した先には眠りについている二つの影。ゆっくりとその一つに近づくと軽く肩を揺らす。
「──何か用か?」
「…っ、起きとったんすか。趣味悪くないっすかね?」
「そう思うんならテメェは俺達が寝入ってたらどうするつもりだったんだ?」
身体を起こす響の隣で稲葉は肩をすくめる。
「別に何もしないっすよ。逆に聞きますけど何されると思ってたんすか?」
「さあ?俺はお前じゃないからわからないな」
「卑怯な人っすね、響っちは」
「お前ほどじゃない。あえてここでお前には宣言しとくが俺はお前をまったく信用はしていない」
響の宣言に稲葉は苦笑いを浮かべて肩をすくめる。
「辛辣っすねぇ。俺、なんかしたっすか?」
「そうだな。何もしてはいないから俺がお前を信用する理由は無いだろう?それに寧々と違ってお前とはわずか数時間たらずの行動だ。しかも、今お前は俺に『何か』しようとした。信用はとっくに底辺だ」
「キツいっすねぇ…。信用は勝ち取れるもんなんすか?」
「お前が俺達の役に立ったりすれば信用はするかもな。だが、信用は『勝ち取る』ものであって『与えられる』ものじゃないことは肝に命じておくんだな」
「へーい。せいぜい、お二人の役に立てるよう頑張るっすよ」
こうして、響達は二度目の《ゲーム》内での朝を迎えた。
☆
携帯食の乾パンや干し肉などで朝ごはんを済ませた三人はすぐに北館へと足を踏み入れていた。
「さて、北館に来たわけなんだが…。まずはどうするべきか…」
「まさかのノープランってオチっすか…。お二人さんは西館から来たってことは運動場通り抜けてなければ北館抜けてきたってことっしょ?なんでノープランなんすか…」
「ほんまに抜けてきただけやから。一階まっすぐ歩いてきただけやし」
「だが、今回は上のフロアに用がある。とはいえ、前回は上に人がいるのは確認してはいるが深追いまではしなかったからな」
「他のプレイヤーは見たんすか?」
「ああ。一人だけ、だがな」
階段に近づいて見上げてみるが思っていたよりも暗闇が広がっているばかりで、あまり見通しがいいとは言えない。
「上がってみないことには状況の確認はできないわけだが…。さて、どうするか…?」
「二階を覗くぐらいならやりましょっか?」
階段下で悩む響に対して稲葉は手を上げて状況打開の立候補をあげる。
「ええのん?」
「まあ、部屋から出してもらった恩も返せてない身の上っすから。これぐらいの偵察ならしてやるっすよ」
「じゃあ、任せるぞ。人影が無さそうなら二階の廊下まで見てきてくれ。何か見つけたようなら戻ってくれ」
「かなり慎重な意見っすねぇ」
「偵察行って真っ先に死なれても困るんだよ」
「それもそうっすね」
稲葉は音を立てないように静かに、しかし素早く階段を上っていく。一階からは踊り場にいる稲葉を輪郭で見ることはできるが、何をしているかまでは把握できない。
しばらくの間、踊り場から上へと行こうとしている様子が見えていたが何を見つけたのか諦めて下りてきた。
「どうしたんだ?」
「うーん。いや、あれは、何て言えばいいんすかねぇ…?」
「何かあるのは間違いないんやね?」
「そうなんすが…。説明するよりは見てもらった方が早そうっすよ」
要領を得ない返答に響と寧々は顔を見合わせ、稲葉を先頭に階段を上っていく。踊り場までくると稲葉は二階の方を指さしており、二人は手すりからわずかに顔を出して二階を見上げる。
「お二人から見てアレ、何に見えます?」
「「土嚢、か(かなぁ)?」」
二階の廊下を見上げる形の三人の視界に見えるのは外の光が漏れている鉄板打ちの窓とその手前に階段を塞ぐように並べられた袋の壁。
袋の壁の向こう側に人がいるのかはわからないがどう見ても明らかな人工物が階段を塞いでいる。
「そこに陣地を敷くプレイヤーがいるのか…、俺達みたいなプレイヤーを阻むために置いてあるのか判断に困るところだな…」
「ギリギリまで近づいてみるっすか?」
「うーん…」
陣地だとするなら定期的に人影が見えそうではある。しかし、単なるバリケードとして袋の壁があるのならあの向こう側が本当の《ゲーム》の戦場ということになるのだろう。
「危険を承知で近づいてみるか。寧々は念のために階下に警戒。他のプレイヤーが上がってきたりしたらすぐにこっちまで来てくれ」
「了解や。そっちがヘマせんといてや?」
「気をつける。稲葉、お前は俺と来い」
「了解っす。いざとなったら俺も戦うっすよ」
「いざとならないようにしないとな。あと、その時はお前を囮に俺達は逃げる」
「容赦ないっす…」
二階の手前にある袋の壁に到達すると、それはやはり土嚢を積み上げて作られていた。まずは乗り越えることはせずに土嚢の向こう側を目だけで確認する。
(プレイヤーらしき影は無し。他に物とかもないしバリケードとして作られた可能性が大か…)
土嚢の向こう側には廊下が広がるのみで何かあるわけではなかった。しかし、位置的な問題か階段から廊下に繋がる辺りしか見えず、廊下の奥はまったく見えない。
「なあ、稲葉。お前が待ち構える側だったとして、待ち構えるならどの辺りで待つ?」
「俺がっすか?うーん…、この状況で待ち構えるってんならそこの廊下が見えなくなる辺りかもうちょっと下がるっすかねえ。廊下を覗き込もうとしたところを一発いく感じで」
「だよなぁ…。さて、となるとどうするか…?」
この場で危険なのは悩みすぎることで挟み撃ちにされる危険性も考える必要があるということ。下は寧々が見張っているとはいえ、こちらの武器は基本的にナイフや刀といった近接武器しかない。
だが、東館では銃のマガジンを手に入れたことからも《ゲーム》内には確実に銃が存在している。西館・東館にはまったく配置されてはいなかったが、北館もそうだという保証はない。
「思案のし所ではあるが…」
「響っち。このまま三階に上がってみるってのはどうだ?」
「三階に?」
「ここの廊下で待ち構えがあると仮定すんなら、わざわざ戦力割ってまで他の階でプレイヤーが待ち構えることができるのか、って俺は思ったっすけど…」
「なるほど、な…」
二人そろって階段の手すり越しに三階へと通じる階段を見上げる。暗闇が広がるのみだがなるほど、選択肢としては問題は無さそうではある。というのも、二階から三階へと通じる階段の前にも低いながらも土嚢が積まれているのだ。
足をあげてしまえば乗り越えることはたやすい高さではあるが、勢いよく上るには少々邪魔になるように積まれている。
「問題は…上り始めた途端に後ろから狙われやしないかってことだな」
「ああ~。それは考えてなかったっす…」
二階で待ち構えているのなら三階へ上がろうとすれば当然追い打ちをかけてくるはず。待伏せされるか背後から襲撃されるかの違いしか無くなるというだけである。
「ここで迷ってても仕方ないな。選ぶ選択肢は二つ。二階の廊下を見るか、三階へと上がるか、だ」
「響っち。北館の目標はどこなんすか?」
「一応、上に行くことにあるが北館の状況も知っておきたいからな。俺や寧々にとっては選択肢は半々なところだ」
「そんなら、危険承知で二階覗いてみましょうよ」
「やれるか?」
「えっ?俺がやるんすか?」
「違うのか…?」
「…わかった、わかったっすよ。俺がやりゃあいいんでしょ」
「ふてくされんなよ…。わかった、反対側は俺が覗くから」
二人でそれぞれ左右の廊下を見るために土嚢を乗り越える。ギリギリまで近づくと見える範囲で人影を探すが、薄暗闇以外に見えるものはない。
「せーのっ、でいくぞ?」
「了解っす」
「せーのっ!」
二人は廊下へと飛び出す。薄暗闇の広がる廊下には人影はなく、見渡す限りでは誰も居ないようだ。
「…拍子抜けっすね」
「…こんなもんじゃないか?何事においても…」
お互いに苦笑して拳を打ち付けた二人は階下の見張りをする寧々へと声をかけることにした。