Game-00 ゲーム開始前
朝日の射し込む窓を眺め、されど視線はすぐに目の前のモニターへと戻る。徹夜を続けてモニターとにらめっこすることすでに二日。そろそろ身体は睡眠を欲しているのか、先ほどから欠伸が止まらない。
そこは2DKのとあるマンションの一室。部屋の主である男は大きく伸びをすると、イスから立ち上がって近くのベッドへとダイブする。目を閉じるとすぐにやってきた眠気に任せて眠りについた。
☆
─────どこかで、なにかが呼ぶ声が聞こえる。
「───っ、あ…?」
目に刺さるような明るさに目の前に腕で影を作って調整する。そして、そこに見える景色に違和感を覚えた。
「…なんだ?」
起き上がってみて気がつくのは、まずそこは男のよく知る部屋ではなかった。乱雑に置かれた机とイス。半ば朽ち果てた教壇。ヒビの入った黒板に床に落ちて中身の綿が飛び出た黒板消し。
「ずいぶんと、廃れた教室のようだな…」
改めて見渡してわかるのは、ここはどこかしらの教室だということ。窓がある場所には板や鉄板が目張りされていて外の様子をうかがうことはできない。
「いったい何がどうなって俺はこんなところにいるんだ?」
男は記憶を手繰るように思考するが、徹夜明けに疲れてベッドへとダイブしたまでの記憶はある。しかし、それ以降の記憶はない。
「となると、これはアレか。夢、か?」
念のために頬を捻ってみるが普通に痛かった。そうなると夢ではないとして、ここはいったいどこなのか?──という、自身の最初の疑問へと舞い戻る。
「…ああ。スマホ見ればわかるか」
男はいつも左のポケットにいれているスマホを取り出して──首を傾げる。それは男が普段から使っているスマホではなかった。
「なんだ、こいつは…?」
携帯器機ではあるがスマホではない。そして、その画面にはその一文が映っている。
── Welcome to 『Reality Game』 ──
「『ようこそ、本当のゲームへ』?」
男は携帯器機の画面に映る一文の下に表示されていた自身の名前───赤上響と、【ENTER】の文字を見つける。
「…押してみるしかない、か」
【ENTER】を押すと画面の中身が切り替わる。そこに表示されているのは『Game start is 2hour's』
「えっと、ゲーム開始まで2時間…ってことでいいのか?」
画面にタッチすると一つ前の画面へと戻る。表示されているのは中央に『Reality Game』。画面下部には自身の名前。画面の上部には現在時刻の表示なのか【10:00】の表示。
「とりあえず、ゲーム開始は12時からで…、それまでは調べてみるか。いろいろと」
教室らしき部屋から出てみると左右に板張りの長い廊下のような通路。窓と思わしき場所には鉄板や鋼板が人間の力ではどうにもならなそうなネジや鉄杭で打ち止められている。
『念入りなことだ…』と思いながらもとりあえずなんとなくの直感で左側の通路を歩いていく。すぐ隣にも似たような教室があったが、中の荒れようは自分の目を覚ました教室とは大して代わり映えはしない。せいぜい、机やイスが多いぐらいだろう。
(見た感じ、どこかの廃校なんだろうが…)
なぜ窓が鉄板などで覆う必要があったのか。単なる廃校であるならここまで念入りな行動は必要ない。むしろ、塞ぐだけ無駄な金がかかってしまっている。
(そうなると、やはりさっきの携帯器機に映っていたゲームが関係しているんだろうが…)
通路の突き当たりに見つけた階段を上がる。上がった通路には先ほどの階にはなかったものが現れる。
「これは、渡り廊下か?」
先ほどの階は行き止まりだった場所には渡り廊下のような通路が現れていた。その先には同じように階段。そしてその階段の手前を同じように板張りの廊下が見えている。
「少なくともさっきの階は2階以上のはずで、ここは3階以上。そこへ見た感じ別の建物に繋がる渡り廊下、と…」
少しばかり歩いた程度だが、この建物は相当に広いはずだ。だが、歩いた感じではそこまで広々とした感じを受けない。建物の構造の問題もあるのだろう。
「そもそも学校だったんだとするなら広々と作るといろいろと問題が出てくるか」
いわゆる、移動教室などがわかりやすいだろうか。使うべき教室に走らなければ間に合わないような校舎になるとよく校則などで見かける『廊下は走るな!』とかのものは前提から守れませんというものだ。
「我ながら変なこと考えてるな…」
現実逃避気味な頭に苦笑いを浮かべながら渡り廊下を歩いていく。ここの窓も塞がれてはいるが───
「廊下ほどしっかり塞いでないな」
切れ目のように外を覗ける場所があったので覗いてみる。見えるのは右側に渡り廊下の先の校舎のような建物。階層は5階建。
左側の風景はそこそこに広そうな校庭らしき砂の大地。窓から見えている限りではやはり学校のような場所で間違いなさそうだ。
「よく見たら似たような隙間、けっこうあるな」
右側に見えている建物の窓にも鉄板は打ち止められているが、今覗いているような細かな隙間は各階に最低限一つずつは存在している。何らかの理由で意図的に隙間は空けられているようだ。
(覗き窓、以外の使い道とかあったりするのか?)
隙間から顔を離し、渡り廊下の先の建物へと移動する。こちらも代わり映えのない教室の入口が並んでいるが、ふと反対側を見ると少々おかしなものがあった。いや、校舎と仮定するのならおかしなものではないのだが。
「トイレか。しかし、なぜ『女子トイレ』のみ…」
あったのはトイレの標識。しかし、存在しているのはなぜか『女子トイレ』のみ。念のため中を覗くも女子トイレ特有の個室のみのトイレ。
「なんで『男子トイレ』がないんだ?…っと、まさかここ、女子校…?」
あり得なくはない。昨今、少子化の煽りを食らってあちこちで廃校に追い込まれる女子校・男子校は少なくない。ここがその一つの可能性もある。
(かといって、何がわかるという話でもないんだけどな)
それがわかったところで現在地がわかるようなものでもない。先ほど述べた通り、廃校に『追い込まれる』女子校・男子校は『少なくなかった』。ここがその一つだとしても日本全国にあるどこかの廃校という状況に対する有効な情報ではない。
再び探索をするために階段を上がる。先ほど外から見えたこともあり、たどり着いた階は4階だとわかる。そして、一つ下の階には女子トイレがあったがこの階には『男子トイレ』が存在していた。
(ややこしい造りしてる建物だな…)
男子トイレと女子トイレを別々の階層に作ると何か良いことでもあるのだろうか?
「まあ、考えるだけ無駄か。──ん?」
視界の端で何かが動いた。トイレとは反対側、教室の並ぶ廊下に何かが動いた気がした。しかし、見ているかぎりでは何かが動いた形跡はない。
(気のせい、か?…いや)
板張りの廊下を歩いていく。視界の端で動いただろう場所まで歩いていくと、そこには教室の扉がある。扉を開けて教室内を覗くと、はたしてそこには一人の少女が半ば朽ち果てた箒の柄を構えて立っていた。
「ち、近寄るな!こんなところにウチなんか連れてきていったいどうするつもりなんや!?」
「…えっと、だな。とりあえず、落ち着いてくれるか?」
目の前の少女はどうやらこちらをさらってきた犯人と勘違いしているようだ。しかし、さもありなん。目の前の少女はどこかの学校指定のジャージ姿で、対して自分はかなりラフなTシャツにスラックスという出立ちだ。犯人だと間違いが起きるようなことは普通は無い服装ではあるが、現在は状況が状況だ。間違えられても仕方がない。
「え、えぇいっ!」
「───っ」
少女は踏み込み、両手で剣のように構えた箒の柄を槍の突きへと変化させる。鋭い一撃はさほど細かい狙い付けの必要のない胴体へ迷いなく突き込んでくる。
一般人であれば避けることすらできずにまともに食らうだろう一撃はしかし、少々一般人とは外れている響はその鋭い突きを下から巻き込むように左手で払うことで捌く。
「つっ?!」
「いい、突きだ。だが──少々行儀が良すぎる」
払ってわずかに体勢の崩れた少女の懐に踏み込むことで棒術としての箒の使い道を塞ぐ。少女は焦ったように足を引くが、ここは廃校であり床にはけっこうなゴミが散乱している。
「っ、きゃあっ!」
当然、周りを見ずにいきなり下がれば折れた材木や半壊した机やイスに引っかかる。少女が豪快に後ろへとひっくり返り、床に後頭部を強かに叩きつける。痛みに悶える少女に響は呆れたため息をついた。
「周りを確認せずにいきなり襲うからだ。相手方の様子すら確認せずの先手必勝は自身の実力が相手を上回っているか、相手の虚をつけるような時でないかぎりは悪手だぞ。特に、棒術をベースにするのであれば突きなどもっての他だ。確かに最短で最速の一撃にはなりえるが、今のように捌かれてしまえばカウンターされ放題だ。せめて振り下ろしか薙ぎで様子見をすべきだな」
少女の攻撃に対して響は自身の所見を語る。少女は頭が痛くて悶え転がっていてそれどころではなさそうだが…。
☆
しばらくの間、頭を押さえて悶えていた少女だったが響が助け起こして壊れていなかったイスの一つに座らせると少女の後頭部を確認していた。
「ふむ、少々小さなたんこぶはできているが自業自得の傷だな。不便かもしれないがしばらくは仰向けにはねないようにな」
「…ありがとう、ございます…」
「礼を言われるようなことじゃないよ。何がきっかけになるかはわからないが君が落ち着いてくれてよかったよ」
「…ウチは青柳寧々言います」
「ふむ。寧々ちゃんか。俺は赤上響だ。赤上でも響でも好きなように呼んでくれ」
壊れていなかったイスをもう一つ持ってきて少女──寧々の前に座る。お互いの状況を確認するために会話を始めたのだが、やはり大したことはわからなかった。というのも───
「ウチは部活動の帰りに電車に乗って終点に着くまで寝てたらこの近くで起きたんや。いきなりわけのわからんところで起きた思たら赤上さんが階段から上がってきたんが見えて──」
「なるほど。状況そのものは違うがおおよそさらわれてきた状況は変わらない、といったところか。違うのは探索を優先したかどうかだけだな」
不安でその場に待機することを選んだ寧々と状況の打開を目指して建物内をうろついていた響。行動こそ違うが、これは単に性格の問題だろう。
「ともあれ、もうすぐ時間のようだし…。今の状況は向こうがきっと説明してくれるだろう」
響は携帯器機を取り出す。ゲーム開始までの時間はすでに秒読み段階に入っていて、画面にはそれがカウントダウンをしている。
───そして、2人の前で携帯器機のカウントは0になった。