アップルパイ
僕の朝は基本的に早い。家の裏にある井戸で水を汲んで顔を洗うことから始まる。
この世界は僕がいた世界とは違い、殆どが自給自足だ。ガスも水道も電気も存在しない。
錬金術師となった僕の目標は生活水準を元の世界と同じにするってことかな。現代人だもん、しょうがないじゃん。
それ以前に僕が生きていくにはこの世界のお金と錬金に必要な素材が必要なんだ。
お金がないと食べ物も衣服も買えないし、国に税金も払えない。
素材が無いと錬金が出来ないから依頼でお金を稼げない。
うん、本当にいっぱいいっぱいだ。
ついでに言えば、僕は料理が出来ない。え?元の世界ではどうしてた?実家で親の料理を食べてました。一人暮らししたら近くのコンビニで弁当やインスタントで済ませる気でした。ははは、情けないでしょ?
まあ、食事の心配は今は無い。ここで僕の錬金術が役に立つのだから。
「っと、水を鍋三分の二入れて・・・・・・小麦と林檎を数個ポイポイっと。後は鍋に火を入れてぐつぐつ煮込んでかき混ぜる」
僕は錬金術師だ。食べ物の錬金なんか朝飯前・・・・・・いや、朝飯だった。
最後に師匠に教わった特殊な言霊を言って完成だ。
「◇#%&〇×▽φΩ!!!」
ぶっちゃけ、自分でも何を言ってるのかわからない。少なくともこの世界の言葉でもない。師匠は代々受け継いできたと言っていたが本当だろうか?
で、錬金できたのは数人前のアップルパイだ。あ?調理した方が早い?言ったでしょ?僕は料理が出来ないし作り方も知らない。錬金術なら数人前をたった10分で作れるお手軽さだよ?しかも美味しいし。
さて、頂きますか。うーん、林檎のいい香り。入れてないのにシナモンとバターの匂いもする。焼き加減も素晴らしい。材料はアレだけなのに。
「おっはよーイチェロー!あっ、また一人でパイを食べようとしている!ずるいずるいずるい!アタシにもちょうだい!」
「あー・・・おはよシャオ。朝っぱら元気だねぇ」
バタン!と玄関を勢いよく開けて入って来たのは近所に住むお団子頭の女の子のシャオ。
地球風に言えば中華っぽい外見の女の子だね。金髪だけどね。
ついでに言えば、僕の名前は鈴木一郎。普通っぽい名前なんだけど、どうもこの世界の人に一郎って発音が言いにくいらしく、イチェローって呼ばれてる。別にいいけどね。発音似てるし。
この子との出会いは半年前。師匠の弟子になったばかりの頃だった。
師匠命令で素材を集めることになって、初心者冒険者でも倒せるモンスターであるスライムの討伐を命令された。
まあ、スライム程度ならとゲーム感覚で向かったのが僕の過ちだった。
殺されるかと思った。渡された武器が全く通用しなかった。
死ぬことを恐れ、恐怖に染まった僕はその場から逃げ出した。でも、スライムの方が早かった。
行き止まりに追い込まれ、もうダメだと思った。この時僕はどうかしていた。
「いっそ殺されるくらいなら自分から飛び込んで死んでやる」
うん、なんでそんな結論に至ったんだ僕は?
で、僕はスライムに特攻しようと走り出して
すってんころりん!
派手にこけた。うん、恥ずかしいことに足元の草に滑って顔面からこけたんだ。
羞恥心と同時に僕は「あ、死んだ」と思ったね。頭の中にはこの世界に来るまでの人生が走馬灯のように流れた。
暫くして様子がおかしい事に気が付いた。スライムが襲ってこなかった。
地面から顔を上げてみると、スライムが絶命して消滅しようとしていた。いや、なんで?と疑問に思ったけどそれはすぐに理解できた。
スライムの核らしい場所に僕が実家から持ち出し、この世界で護身用に持っていた自作の包丁が刺さっていた。
つまり、転んだ拍子に包丁がすっ飛んで、運よく核に突き刺さって即死した。
暫くの間、僕は唖然としたね。同時に神様に感謝した。運よく生き延びれたことにね。
僕はスライムの死骸から素材と包丁を回収していると「すごーい!」という女の子の声が聞こえた。
そう、それがシャオだった。彼女は偶然その場面に出くわし、僕を助けようとしてくれたみたいなんだ。
でも、僕がスライムを一撃で倒したことで、僕が凄腕の冒険者と誤解してしまっていた。いや、なんで?
何とか誤解を解こうにも、この子は全然話を聞いてくれない。うん、半年の付き合いで分かったことだけどシャオはアホの子・・・・・・もとい、人の話を聞かないんだ。
いや、いい子なんだよ?元気で明るくて、僕より何倍も強いけど。
「イチェローのパイ、甘くて美味しー!」
「ああうん、そりゃよかった。でも、僕に何か用なの?」
「え?無いよ?おはよーって言いに来ただけだよ?」
無いんかい。ま、これがほぼ毎日続けば流石に慣れてきたけどね・・・・・うるさいけど。
はぁ、僕もアップルパイを食べよう。食欲旺盛なシャオに全部食べられちゃうしね。
ども、ゼルガーです。
色々悩みましたが、なるべく一話完結っぽい感じで連載していこうかと。
最近、バトルモノを書くのが辛くなってきたので日常しか書きません。