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第1章 楽園追放 3

扉の向こうから、クスクスと品のない男の笑い声が聞こえる。

こちらが向こうの正体に気づいた事を察したのだろうか。

しかしこの状況、誰がどう見ようと僕には逃げ場がない。まさに絶望だ。そして相手が絶対的に有利だということにも変わりはない。

僕がどう動くのか、奴はそれを楽しんでいる。だから、僕は絶対に動かない(・・・・)

今は何としても時間を稼ぐのだ。そうすればいずれ奴のふところには大きな隙が生まれる。

その瞬間を待つ。待って待って待ち続ける。

――そう心に決めた、その時。

僕の目の前に忽然こつぜんと現れた一つの異形いぎょう。僕はそれを前に、驚きのあまり声を失った。

それは、やけど傷のように赤くただれた皮膚を持ち、背丈は異様に高く、胴は異常なまでに細い。右目にはまぶたがなく、その眼球は常に見開かれている。本来左目があるはずの場所に眼球はなく、そこには僅かにくぼみがあるだけ。口は針でい合わされたように閉じており、唇は広く横に裂けている。それに加えて、それには鼻と呼べるものが付いていない。その事が更にそれの異常性を物語っている。

これは人じゃない。

それが、目の前の怪物に対しての僕の率直な感想だった。

その怪物は僕の前に立ち、その横に広い口を更に広げてニンマリとわらうと僕の背後を指さした。

突然の事に僕は驚き、つい身構えてしまう。しかし眼前のそれは何をする訳でもなくただただ扉の方を指さしている。

一拍子置いてやっと、思考が追い付いてくる。その怪物の動きが、僕に対する何らかの意思表示だという事が何となく伝わってきた。

ずっと扉の方を指さしていた怪物だが、1度その手を下げたかと思うと僕の方を指さした。

今度のはしっかりと理解できた。

こいつは今、僕と取り引きをしようとしている。

「......ク、クク、タスケテヤロウ」

怪物は小さく、しゃがれた音でそう発音した。

そして怪物はまるで人が握手を求めるかのように、僕に向けて手を差し出してくる。

この状況から助けてやるから契約をしろと、つまりはそういうことか。

目の前のそれは、僕を悪魔憑き(ローグ)にしようとしているのだ。

そこで僕は確信した。目の前のそれが悪魔憑き(ローグ)の元凶である、悪魔なのだと。

この危機的状況を前に、更に厄介なものがやってきたという訳だ。

どうする。

僕は、悪魔憑き(ローグ)になんか、化け物になんかになるつもりなんてない。

「助けなんか要らない」

言葉に出してそれを伝える。

断って尚、悪魔は気味悪く嗤う。

クソ、最悪だ。

どいつもこいつも、人なんて他にいくらでもいるだろ。どうして、なんで僕なんだ。

まだなのか、まだ石田は来ないのか。

焦りが募り、脳裏に浮かぶ数多の情報の処理が追いつかなくなる。

ドンドンと、激しく扉を叩く音と自身の鼓動の違いを見いだせなくなる。

甲高い耳鳴りと共に部屋中に響き渡る不穏な笑い声が、更に僕の嫌悪感を高める。

頼むよ石田。早くここまで来て僕から悪魔憑き(ローグ)を遠ざけてくれよ。

波のように押し寄せる過剰なストレスのせいか、胃のあたりから何かが込み上げてくる。

今にも気が狂いそうだ。

僕が助かる未来が見えない。

死にたくない。

でも、このままだと死んでしまう。早く、早くなんとかしないと。

必死にその場から動こうとするも、上手く足に力が入らない。

立っていることすらままならなくなった僕は、そのまま床にへたりこんでしまう。

どうする。どうする。どうする。どうする。どうする。どうする。どうする。

思考がまとまらない。

まるで細いコードがそうなるように、自身の脳がぐちゃぐちゃに絡まっているような感覚に溺れる。

視界が歪み、バチン、と大きく音を立てて脳がショートする。

自身が抱く感情が何かも分からない。

恐怖きょうふ畏怖いふ焦燥しょうそう焦慮しょうりょ憤悶ふんもん

分からない。

もう、限界だ。

諦めよう。

プツンと、最後まで僕自身を保っていた、理性の糸がきれた――



「......たす、けて」

――気が付けば僕は、あるはずもない奇跡にでも縋るかのように、嗚咽混じりの声で必死に助けを求めていた。

一体僕は何をしているんだ。そんな声、どこにも届きはしないのに。

助からないと分かっていながら助けを求める。なんて皮肉なことだ。

「は、はは、ははははははははははは」

笑っている。ただ、ひたすらに。壊れたように笑っている。

僕が世界を笑っているのか、はたまた世界が僕を笑っているのか。

分からない。

分かるのは、どの道僕が死ぬという事実だけ。

右腕に何かが触れた。

あぁ。終わった。

最期はどんな顔をして死ねばいいのだろう。

今まで考えすらしなかった疑問を自身に問いかける。

この場合、笑顔で死ぬというのは可笑おかしいだろうか。

結局望むような答えは出なかった。

だが、同時に新たな疑問が生まれた。

僕はまだ死んでいない。

「ク、クク、タスケテヤロウ。タスケテヤロウ。ク、クク」

頭上から聞こえるしゃがれた音。

見上げると、そこにいた悪魔はニタリと嗤った。

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