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第1章 楽園追放 2

今日は早めの同窓会との事だが、高校卒業後すぐに元クラスメイトと会う必要はあまり無いと僕は思うのだ。

しかし今回ばかりは彼女の頼みということもあり、こうして行かざるを得なかった。

僕は昔から人の多いところは嫌いだ。部屋の中も多少冷房が効いているとはいえ、まるで梅雨の時期のようなじっとりとした空気に当てられ続けた僕の体は流石に音を上げていた。

皆に断りを入れた僕は一旦部屋から出て、そしてすぐに一息つく。

「はぁ……暑過ぎる」

額に薄らと浮き出た汗を拭いながら僕はトイレに向かった。


——トイレの前まできた僕は、ドアを開けてすぐの鏡のある洗面台の前で立ち止まると、蛇口から流れ出る水を手ですくって自らの顔に浴びせた。

とてもひんやりとした水が、顔の表面の上がりきった体温を緩和する。

僕はジーパンのポケットからハンカチを取り出し、水で湿った顔を拭う。

僕は顔を上げた。

眼前にある鏡に映ったのは、お世辞にも高身長とは言えない身の丈の細身の男。つまりは僕だ。

しかし、鏡の中に映っていたのは僕だけではなかった。

もう1人、僕の後ろに人が居た。

彼はぴたりと僕の背後につき、ちっとも動こうとはしない。

「邪魔になってましたね。すいません」

僕が邪魔になって通れないのだろう。そう思った僕はその男に謝った。

しかし、普通のサラリーマンのように見える若いスーツ姿のその男は、何をするでもなく、その場を動こうともしない。

不意に視線を感じた。彼がじっとこちらを見ているのが鏡越しにわかる。しかし、その黒く濁った瞳からはなんの感情も読み取れない。そして彼の口元は不自然に脱力し、唇はだらしなく垂れていて、そこから舌がはみ出ている。

僕は、得体の知れないモノを見た恐怖からか、堪らず背中に悪寒が走った。

僕はトイレから一刻も早く出るために体の向きを変えようとした。まさにその時だった。

鏡から目を離した刹那、彼は消えていた。

僕の後ろにいたはずの男は、居なくなっていた。

ドクドクと激しく波を打つ心臓が急激に落ち着いていく。

その途端、押し寄せてくる安堵。つかの間の安堵の中、僕は同時に不安や新たな恐怖を感じた。

そう間違いない。あれは悪魔憑き(ローグ)だ。

殺される。殺される。

ドクン、ドクンと、再び心拍数が上がっていく。

廊下の方から微かに、布がこすれるような音がした。

奴は恐らくこの扉の向こう側だ。

僕が焦って扉を開けるのを今か今かと、口を開けて待っているはずだ。

扉を開けることは出来ないが、なにせここはトイレだ。逃げ場がない。

——クソ、考えろ。考えろ。

僕はありったけの思考を駆け巡らせる。

どうにかしてこの場を凌げないかと、その方法を考える。

僕がまず最初に思いついたのは、スマートフォンを使い警察へ通報する。だが、これはダメだ。現状迂闊に声が出せない以上、もし今声を出せば悪魔憑き(ローグ)に気づかれてしまう。

次に思いついたのは、どこかに隠れる。しかし、ここはただでさえ狭いトイレの中だ。そう都合よく隠れられるはずがない。

次々と頭の中に思い浮かべる案はどれも浅はかで、可能性に乏しいものだ。

奴はその気になれば今すぐにでも僕を殺せるのだ。

その前提がある以上、相手を刺激するようなことは出来ない。

「あ……」

思いついた。

一つだけ。現状を覆すだけの可能性のある方法が。

一か八かだが、試してみる価値は十分にある。僕はそう思った——



僕は静かにポケットからスマートフォンを取り出し、つたない手つきでパスコードを入力した。

迫り来る恐怖と、それに対する焦りからかいつものようにはいかず、2度3度繰り返してやっとパスコードが解けた。

僕は迷う事なくすぐさまSNSを開き、今日集まったメンバーのいるグループチャットでこう呟いた。

『誰でもいいんだけど。誰か石田をトイレに向かわせるように言ってくれないかな?なるべく急ぎでお願い!』

僕は返事を待たずにスマートフォンをしまう。

上手くいくことを信じて、あとは神様に祈るだけだ。

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