第1章 楽園追放 1
初回ということで、2話分を分けずに一気に投稿することにしました。
三月の風は思った以上に冷たい。これはマフラーを持ってきて正解だったと僕は道端で独り言つ。
「おーい!憐斗ー」
かなり喧しい声と共に現れたのは元同級生の石田だ。
「おっひさー!元気してたか?」
「まぁぼちぼちって所かな」
そして会うなり早々僕の肩に手を置き、チャラチャラとした笑顔で僕に話しかけてくる。正直な所、少し黙っていてほしい。そして別にこれと言って久しぶりでも何でもないのだが、それはきっと言わない方がいいのだろう。
「お前は全然変わってねーなー。俺なんかよー、大学行くってんでピアス開けたんよ」
ほらほら見て見てと言わんばかりにピアスを見せつけてくるのだが、本当に凄くどうでもいい。
元々長期の休みに入る度、髪を染めて遊んでいた男だ。ピアス程度では今更驚かない。
しかし、反応しなければそれもそれで面倒なので、とりあえず相槌を打つ事にした。
「ピアスね。僕も開けたいんだけど、親がね……」
「そっかー。お前んとこの親警察官だもんなー。そら厳しいわ」
「まぁ、警察官って言っても厳密には違うんだけどね」
「そーそー、知ってるー。なんたっけ?捜査一課的な?」
「ちょっと違うかな。警視庁、刑事部までは合ってるけど。特殊捜査一課。悪魔憑きが起こす事件を専門とする職業だよ」
「そーそーそれそれ!スゲーよな。あの悪魔憑きを相手にしてんだもん。まさに世界の平和のためにって感じ?まじ憐斗の親尊敬だわ」
「まぁね。ここ最近もまた忙しいみたいだけど」
「あーね。昨日のイギリスかどっかのテロ?複数犯らしいじゃん?しかもよく練られた作戦だったって悪魔憑き犯罪の専門家の佐藤が言ってたしさ」
「あの専門家ね。あの人の言うことはアテにならないよ。事実、僕の父さんもあの人の文句結構言ってるし、ネットとかでも結構嫌われてるみたいだよ」
「へー。まぁ、とりあえず悪魔憑きとかいう犯罪者は全員、どっかの国にあるって噂の監獄区送りにでもなればいいんじゃね。そしたらこの世界平和じゃん」
僕は、監獄区なんて本当にあるかも分からないモノに頼るより、人間が自らの手で悪魔憑きを処刑した方が絶対に良いと思っている。
それに実際、死刑推奨派が大半を占めている事から、悪魔憑きと判断された容疑者とその協力者をすぐさま処刑するという様な国も増えてきている。
「たしかに。潜伏者も罪に問われるからね。まぁ全員捕まえるのもいいけど、それだと日に日に数が増えていってるのが問題と言えば問題かな」
「1年に1000人とかだっけ?そう考えたらやっぱし憐斗の親すげーわ。だぁー!俺もヒーローになりてぇー!」
そう言いながら背伸びをして歩き出す石田。
僕もその後を追うように歩き出した。
◆
僕の父さんは今まで特殊能力犯罪者、通称悪魔憑きに関わる事件を数多く解決してきた、課内でも屈指の実力者だ。そんな親を持つ僕は日々苦労が絶えない。だが、その反面いいことだってある。
そして僕は今、街中にあるカラオケ店の店内にいる。
「お、石田に憐斗じゃん」
声を掛けてきたのは元同級生の原田だ。
「集合時間の30分前に来てるとは、やっぱ流石だなぁ憐斗は」
「おいおい、なんで憐斗だけなんだよ!俺は?なぁ俺は?」
元からうるさい石田が騒がしく喚いた。これがまた相当うるさいのだから困る。
「ははは冗談だよ。それにしてもあの石田が早く来るなんてなぁ。正直驚いたよ」
原田はそう言ってポンポンと石田の肩を叩く。
対する石田はというと、少し……いや相当嬉しそうにしているのが見てとれる。
丁度そんな時だ。店外から女子のグループが入ってくるのが見えた。
「石田さぁ。あんた、めちゃくちゃうるさいんだけど。店の外からでもあんたの声聞こえたんだけど?ねぇ。あんたどれだけうるさいのか自分で自覚してんの?」
入店して早々機嫌が悪いこの女は、元同級生の川谷だ。
濃いめの化粧に色が抜けた髪、ブランド品だと思われる鞄。見た目服装から分かる通りのギャルだ。それもまた面倒な類の。
そんな川谷に対して何かを感じたのだろう。必死に謝る石田。
うーん、見ていてなかなかに面白い。石田は謝っているのに思い切り蹴られてるし。
「おはよう憐斗君」
その川谷のすぐ後ろから彼女がひょっこりと顔を覗かせたかと思うと、とても彼女らしい、控えめな声が聞こえてきた。
「うん。おはよう美鈴」
僕には彼女がいる。
肩下までのセミロングの髪を揺らしながら、彼女は僕の方へと近づいてくる。
「憐斗君、大学合格おめでとう」
「ありがとう。なんとか無事合格できたよ」
「憐斗君ってばもう。今朝いきなりメール来たかと思ったら、大学合格したーってさらっと言っちゃうんだもん」
「ダメだったかな?」
「ダメじゃないけど……こうして面と向かって話を聞きたかったなぁ。なんて」
「あー。そっか、それは悪いことをしちゃったね。ごめん」
「ううん、いいの。今は憐斗君が大学に合格した事が一番嬉しいから」
僕の今は、とても充実している。