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「伏見君、今日は手伝ってくれてありがとね! 」
郊外にあるあぜ道。伏見は紗代を家まで送っていた。
にこにこと笑う紗代の腕の中には、灰色の猫が伸びをしながら毛繕いをしている。
「もう大分遅くなったな」
「そうだね〜。あっ、夕焼け綺麗だなぁ」
「ああ」
地平線にだんだんと沈みゆく陽光。夕日に照らされた紗代の横顔に、伏見は思わず見蕩れてしまっていた。
それに気付いた紗代は、
「それにしても驚いたよ! 私てっきり伏見君には嫌われていると思ってたんだ!」
猫を抱えながら、くるくると回りながら悪戯っぽく笑う。
「学校自体あんまり来ないし、それにいつも仏頂面だからね〜」
「ほっとけ。あれがデフォルトだ」
伏見は思い当たることがあるのか、バツが悪そうに頭を搔く。
「まあ、なんだ、次からは────」
伏見の口からその先が発せられることは無かった。
グッと声を漏らすと、うつ伏せに地面へ倒れ込み、伏見を中心に赤い液体が広がっていく。
「伏見君っ!!」
紗代が慌てて伏見のところへ駆け寄る。
見れば、伏見の腹部を細長い長針が貫通していた。しかもこの出血量、内臓が傷付いてしまっているだろうことは明らかだった。
「そんな……、どうして」
紗代は伏見を抱えて、誰に向けるでもなく訊ねる。
「やあやあ、こんにちは御二方……」
そんな二人の前に現れたのは、ニヤニヤとした表情を張り付けたスーツ姿の男だった。背が高く、見る限り190センチほどはあるだろう。どこか不気味な雰囲気を漂わせている。
「……あなたは?」
「私はですね、IPPEのものですよ。聞いたことありますよね?」
「IPPE……ッ」
紗代はIPPEの単語を聞いた瞬間、顔を憎々しげに歪ませる。拳を握りしめ、爪が突き刺さった皮膚から血が滲んでいた。
男はそれを見てクフッと笑みをこぼすと、倒れ込んだ伏見へと視線を寄越す。
「君は忌能者ではない、ただの一般人のようですね。まあ、運が無かったと思って天で憂いなさい。忌能者やその協力者は須く駆除しなければならないのです」
「────ぅあ」
言葉を発しようとした伏見の口から溢れるのは血塊。せきこみ、ゴボゴボと地泡が地面に落ちる。
腹からとめどなく流れる血は、まるで赤い絨毯であった。
「さて、もうお終いにしましょうか」
男は伏見へ十字を切ると、懐から伏見を貫いたものと同じ長針を取り出し、特に構えることなく自然体で立つ。
「ッ! 殺す!」
激昂した紗代は石を掴む。そして、男の顔面に向けて掴んだ石を思い切り投げた。
すると、石は空中で刃幅の広い直剣となって男目掛けて風を切る。
「フン、こんなものッ!」
男は向かってくる直剣を長針で弾き飛ばし、電光石火の早さで紗代の元へと接近する。
紗代は10mほどあった間合いを一瞬で詰められ見に見えるほど狼狽える。その隙が命取りであった。
男の持った長針は狼狽える紗代の喉をいとも容易く貫く。紗代の喉から「コヒュッ」という音ともに空気が漏れた。
そして、鮮血の絨毯がまた新たに紗代の体を迎え入れる。
男は倒れる紗代の首から長針を引き抜くと、
「さて、仕事は終えましたし、今日は外食でもして帰りますかね」
ニヤニヤとした表情を最後まで崩さずにその場から立ち去っていった。
伏見は薄れゆく意識の中で、地に伏した紗代の方へと顔を向ける。
「だ、いじょ、ぶだよ」
伏見の視線の先、血塗れの紗代は途切れ途切れに言葉を放ちながら、伏見のもとへ這って向かう。
────私を食べて。
伏見の意識は暗転した。