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部屋から叩き出された伏見は、まだ痛む脇腹を撫でながら、ふらふらと当てもなく街を歩いていた。
「ったく、あの潔癖妹め。少しはお兄ちゃんをいたわれよ」
ぶつぶつと悪態を吐く伏見を横目にする人々の視線は、奇異なものを目にするような色がある。当たり前である。街中で独り言を呟く青年なんて忌避の対象にしかならない。
「ママ、あの人どーして独り言つぶやいてるの?」
「きっと頭がおかしいんだわ」
「そっかー」
それに遅くも気付いた伏見はアハハと愛想笑いを浮かべて脱兎のごとくその場を立ち去った。
「ふーむ、なかなか面白いものがないな」
街には暫くいられないと、路地裏に逃げ込んだ伏見。
そこで伏見はスマホのニュースを見ながら暇を潰していた。
数あるニュースの大半は伏見の興味を引くことは無い。伏見の目を引く記事は『忌能力』に関するものだけである。
「おっ、これは……」
『IPPE会長一家惨殺事件。犯人は忌能者か』。
昨夜、IPPE会長一家全員が体をバラバラに解体され殺害されるという事件が起こった。その凄惨な現場から、犯人は忌能者によるものと思われる。
「あー、IPPE恨まれてるからなぁ」
忌能者────それは三十年前から、突如発生するようになった忌能力と呼ばれる力を持って生まれてきた人である。
最初は『異能者』として国の管理のもと、異能力は国の発展に貢献していた。
しかし、異能力を使った犯罪などが増加し、危機感をおぼえた政府は異能者を『忌能者』と称して特殊な施設に隔離するようになる。
勿論、不当に差別されるようになった忌能者側は黙ってない。忌能者同士でグループを作り、政府への攻撃を開始。
保身に走った政府は、IPPE(対忌能力者作戦団)を発足、これを使って忌能者を確認次第容赦なく弾圧していった。
「忌能者全員が悪いヤツって訳でもないのにな。潔癖かよ」
伏見は嘲りを含んだ独り言をはく。夏の熱気が頬を撫でた。
と、
「榊原君、こんにちは 」
ほんわかとした声音で挨拶してきたのは、明るいショートカットを揺らした快活な少女だった。
「あ、ああ、どうも。
三崎さんはどうしてこんなところに……」
少しどもりながらも伏見も挨拶を返す。
少女──三崎 紗代は伏見と同じクラスの女子生徒である。誰に対しても分け隔てなく接するその姿は、天使とあだ名されるほどだ。
「私はね、うちの猫を探しに来たの。灰色っぽい毛並みの猫なんだけど伏見くん見てない?」
「いや、見てないな。悪い」
「ううん、大丈夫! それで伏見君はどうしてこんなところに? 」
伏見は深く嘆息し、
「妹に部屋を追い出されたんだ」
伏見は妹がいかに傍若無人なのかを紗代に話して聞かせる。
妹なんて可愛くないといいつつも、どこか楽しそうな顔で話す伏見を、紗代は微笑ましいものでも見るかのように見つめていた。
「そうだ、三崎さんは猫を探していたんだったな。俺も手伝おうか? 」
「俺猫探すの得意なんだよ」と不敵な笑みを浮かべる伏見に、紗代は柔らかな笑顔を浮かべて頷いた。