チュートリアル2
「ただ、今の世界情勢はかなり不安定で、魔人種の最たる力を有する東の魔王が落とされ、その後釜に人間の勇者が収まった事で魔人種領では東の魔王討伐計画が様々な国で立てられているらしいわ」
「らしい? 何故曖昧なんだ?」
そう訊くと、ミネルバは返答に困ったのか若干口元をもごもごとさせながら答えた。
「我がエルブラム国では魔人種領への探索部隊が何度か編成されて定期的に送り出し、遠隔魔法で連絡を取るのだけれど、大体三ヶ月程で命を落としているのよ。しかも今は東の魔王が代わった事で魔人種の国々が荒れてる様だから探索部隊も遅れないし、今は迂闊に情報を知ることが出来ないの」
結構えげつない理由が語られて俺は固まった。いやいやいや、探索部隊出して大抵死んでるって、どんな無法地帯やねんと突っ込みたいがそれ以上に東の魔王に代わった俺の先輩が何故その中で生きていられるのかという衝撃の方が強い。
「なぁミネルバさん、本当に俺の前任者は人間なのか?」
「えぇ、正真正銘の。片方はよく分からない術を使うけど戦闘力皆無の男と、魔物種や精霊種などの人外と会話が出来るだけの男よ」
ますます意味が分からなかった。
「よく分からない術って一体どんな術を使うんだ?」
「文字通りよく分からないわよ。言葉に表す事が出来ないの、不甲斐ない事にね」
ミネルバは俺に詳しく伝えられない事が歯痒いのか、悔しそうにそう言う。しかし俺としてはそんなことはどうでもいい。
そんな弱そうなコンビが魔界を渡り歩き、このエルブラム国とやらの探索部隊が命を落とすほどの無法地帯を越えて、果ては魔王を打ち倒して自身が魔王となっただと? 俺は困惑で言葉が詰まった。
「普通そういう反応が返ってくるのよ、こういう意味不明な話をしていれば。自分でも何を言っているのか分からないもの」
「お、おう」
これ以上詮索してもあまり意味のない話だと理解した俺は話題を変えることにする。勿論、先程の話が何なのか気にならない訳ではないが。
しかし、俺はこれからやるべき事が見付かった。
「もう魔王討伐とかほんとどうでも良いんで、元の世界に帰すかそれかメイドにしてください」
「いや、アンタ男だからメイドにはなれないでしょ、あとアンタを召喚した術式はあくまでも“こちら側に喚ぶ”専用だから、しかも送る術式はまだ開発されてないのよ。だから送れないの」
それを聞いて、俺は自嘲気味に笑い、明後日の方向を向いた。
「わかっていたさ、この世界にきた時点で覚悟はしていたさ」
「我が国の運命に巻き込んでごめんなさい、王の代わりに謝罪するわ。でも受け入れてちょうだい。これがアンタの運命なのよ」
「あぁ、構わないさ。当然覚悟はしていたさ。俺は、メイドになれないってことは」
「そっち!? 元の世界に帰れないことじゃなくてメイドになれない方でガッカリしてたの!? てかアンタの場合はメイドじゃなくて執事でしょ! それになんで綺麗な顔立ちでもないやつのメイド姿なんて見なきゃいけないのよこの変質者!!」
あらかた言いたいことは言い終わったのかミネルバは息を荒げて肩を上下させる。その様子を俺は真顔で聞いていた。
「ボケた本人がなんで真顔なのよ!」
「いや、ボケたつもりはないんだが」
「素で言ってた?! 勘弁してよ、なんで異世界人は皆頭のネジが何本も抜けてる奴ばかりなのよ……」
ミネルバは頭を抱えて唸っている。どうやら俺の前任者達が色々とやらかしていたみたいだが、正直俺はどうでもよかった。それよりもだ、俺ははっきり言って魔人種領に行きたくない。冒険は面白そうだがわざわざ死地に向かいたくなるほど浮わついてはいないのだ。
生きて帰ってこれる保証が無く、尚且つ精鋭部隊が軒並み死没してるような死地に向かわされるなんてふざけた状況は御免蒙る。
俺は考えた。どうすれば魔王討伐に行かなくて済むのか、そしてこの城で優雅にヒモとしてタダ飯を喰らって生活が出来るのか。
そんなことを考えている俺を余所に、ミネルバは何処から取り出したのか大量の本や資料を矢継ぎ早に机の上へと積み上げていく。あっという間に俺の頭を半分超す程の山が幅五冊×七冊で出来上がったいた。
「言っておくけど、私達を騙して城に居候しようとする考えは早めに捨てることね。前任者が既にそれを実行して三ヶ月ほど居座られたんだから」
「やっぱ駄目だったか……、いや既に実行してたのかよ」
それになんだかんだで三ヶ月しか誤魔化せなかった辺り、そう簡単に思い通りにはならないようだ。
「これから一週間、アンタにはこの世界の事を勉強してもらってから旅に出てもらうわ。だから詳しい説明はまた明日にするけど、とりあえずアンタの事を洗いざらい吐きなさい」
「そう言えば目的はそれだったな」
俺はミネルバの当初の目的を果たしてあげるべく自分の経歴を洗いざらい吐いた。自分の名前や年齢、これまでの経歴、自分がどういう世界で生きてきたか等、包み隠さず全て打ち明けた。
ミネルバは俺が語る言葉の一つ一つに驚き、時には興味を露にし、時には顔を青褪めさせ、時には嘘だと糾弾し、時にはツッコミで声を荒げる。
ミネルバの隣に座り俺の話の記録を取るメイドは、ミネルバとは違い終始俺の話を聞いてずっと顔を青褪めさせている。それを見て俺は少し達成感を得た。
(すこし話を盛り過ぎたか)
聞き手の反応が良いと話が止まらなくなる性分で、つい嘘も交えて話を誇張してしまった。それにしても二人は中々良い反応をしてくれる。
「話をかなり要約すると、つまりアンタは古来から続く独裁者一族の末裔で、しかもアンタの世界ではその一族が覇権を握っている。そしてアンタは反逆者達を呼吸する感覚で虐殺していた。そしてとある暗殺者との宿命を背負い、アンタはその暗殺者に殺される寸前の所でこの世界に送られた……ということよね」
「あぁ、それで合ってる」
勿論全て嘘である。俺は独裁者でもないし俺の一族は支配者ではない。それに狙われるとしても近所の犬が俺を殺してやると言わんばかりに毎回吠えてくる位だ。
「言っとくが俺に反逆した者達は人間とは呼べんよ。所詮は俺の覇道に転がる石を躓く前に取り除いただけのこと、俺の尊い呼吸と一緒にするな」
それを聞くとミネルバの顔は若干引き攣り、傍らのメイドは小さく悲鳴を上げて顔はもう青を通り越して土気色に変わり今にも卒倒しそうだ。
するとミネルバは唐突に立ち上がる。
「今日はここまでにするわ。言っておくけど、この世界ではアンタの前世界での身分は一切考慮されることはない。くれぐれも勝手な行動は謹みなさい」
行くわよ、とミネルバは部屋を出るとそれに続いてメイドも生まれたての小鹿の様なフラフラ足を必死に動かし、逃げるかのように部屋を出た。
俺は思った、流石にやり過ぎたかと。しかしながら自分の立場を弱者として認定されればあまり良いことは無いだろう。
俺の前任者が明らかに戦闘が出来ない事を知りながらも城から追い出せる程の非情な奴等しかいないことは明白、ここは不良の悪さ自慢ではないが少しビビらせて少し状況を有利に回せる様にしたいところだ。
しかしながら今の脅しがどう転ぶのか俺には分からないが、だがこれで下手に理不尽な条件は出されないはずだ。
俺はこれから主導権を握る。そして俺が主人公のクッソ寒い異世界に行くラノベよろしくの様なストーリーを展開する。
俺は宝くじを買った後のような妄想をしながら備え付けのベッドでゆっくり眠った。