ミネルバという女
誤字脱字の指摘ありがとうございます。必ず直します
流石は王宮だ。歩いても歩いても全く同じ部屋が並んだ廊下が永遠に続いている。時計などは見当たらないが窓の外が明るいのでまだ朝か昼くらいなのだろう。白を基調として金の装飾のあるいかにもロイヤル感満載の城の中はいかにも異世界って感じがする。
さて、二十分も歩かされてようやく着いたのか、ミネルバが一つの扉の前で立ち止まった。
「アンタの部屋はここよ、普段は異国の客人が滞在するのに使われる部屋だけど、エルブラム王の命でなければ素性も知らないアンタを泊めるなんてあり得ないんだから」
いやいや、勝手に召喚しておいてなんて言い草だよ。そもそも召喚されて知らんおっさんの一物見せられそうになって、変な氷の矢で射抜かれそうになって、挙句の果てに漏らしたんだぞ。更にそのまま外に追い出されたらもう悲惨すぎて大きい方も漏らすわ。そんな俺の心情を知ってか知らずかミネルバは半ギレの様子だ。
「とりあえず中に入りなさい。エルブラム王からは休ませろと仰っていたがそうはいかないわ。素性もわからない貴方が何者か、情報をまとめて報告書を作らないといけないのよ、悪いけど今夜は寝かすつもりないからそのつもりでいてちょうだい」
あくまでも事務的にそう告げるミネルバの表情は悪い意味でイケないことを企んでいるタイプの顔だ。これはもう俺をいたぶってやろうと言わんばかりのサドい顔をしていてはもう逆らえない。うちの姉貴同様こういう人間の場合、格下は自分の手駒かおもちゃとして見ている。こういう場合は逆らわないほうがいいと俺の弟センサーがそう警戒している。
「おう、初めてだから優しくしてくれ」
「それはアンタの態度によるけど、一応客人だし優しくはするわよ」
よし、その言葉が嘘ならば後で王にチクってやると心に誓った俺は意を決して扉を開ける。
「……いきなり何? 眠いんですけど」
物置並みに狭い部屋、所狭しと天高く積み重なった本の山の中心に全裸の美少女がうつ伏せで横たわっていた。しかもそこそこ胸も大きい、多分DかEくらいだろうか、潰れて左右に肉がはみ出ている。それを穴が空くほど凝視していると、唐突にドアが閉められた。ミネルバが閉めたのだ。
「……大変お見苦しいものを見せてしまい申し訳御座いません。うちの魔法使いが勝手に空間魔法を弄ってしまったようで。今見たものは忘れなさい」
忘れてたまるか。
ミネルバは扉に手を翳し「正き扉に直せ、ブレイクスペル」と呟く。そしてドアノブに杖の先端を二回叩きつけると扉は自動で開いた。ここまで俺は意味がわからず呆然としている。そうかこれは手品なんだろう、だから扉の中の部屋が先ほどの全裸巨乳の美少女がいた狭くて汚くて薄暗い書庫ではなく、まるで中世の貴族が住む豪華なプライベートルームに変わったのだろう。広大な部屋には最後の晩餐で見たんじゃないかってレベルの長机、セットの椅子も机と同様細かい装飾、動物の体の一部を模したかのような彫刻作品のようだ。その上のシャンデリアもキラキラ光っていて見えねぇ。天蓋付きのベッドも初めて見た。こんな豪華な部屋に俺が泊まってもいいのか。さすがに躊躇した。
「とにかく風呂に入ってきなさい。先ほどからその漏らした匂いがキツくて耐えられませんわ。そこの扉に湯汲み場があるから早くなんとかしてちょうだい」
お言葉に甘えて風呂を貸してもらうことにした。先ほどから股間が痒くて仕方がなかったのだ。しかし湯汲み場、お風呂があるならまだ救いがあった。俺は速攻で全裸になりお風呂へと直行した。
◇◇◇
「さっぱりしたー、流石はマーライオン的なところから温泉が出るやつ。なかなか侮れんな」
風呂から上がると脱衣所には俺の半袖ティーシャツと半ズボン、ブリーフが消えていた。代わりに塗装に失敗したコンクリ壁みたいな色の汚い服とズボン、そしてフンドシが籠の中に入っていた。、スニーカーは無事のようだ。しかし何の悪戯かは知らないがこんな服にされて俺はどうすればいいのだとほんの少し悩んだ後、フンドシはターバンの様に頭に巻き、ノーパンでズボンを履いた。若干緩かったが普通に調節紐があったので丁度いい感じにキツく絞める。着替えを完了して部屋に戻った。
「体をきれいにしたら席に着きなさい、これから話が……」
先ほどの長机の椅子の一つにミネルバは座っていた。ご丁寧にその隣に立つメイドが紅茶と茶菓子を用意をしていた様で、アフタヌーンティーの真っ最中の様だ。ミネルバは座る様に促そうとして俺に顔を向けたが、俺の被っていたターバン(フンドシ)を見て固まる。
「それ、エルブラム様のご愛用しているもので、先ほど自分のものを使わせろってそこのメイドが浴場に届けたはずなんだけど」
「な、なんだと!?」
「申し訳ありませんミネルバ様。まさか下着を頭に被る文化圏の方だとは知らずお伝えするのを忘れていました」
「いや、そんな文化圏の人間は存在しないぞ! いや、なんで新品の衣服をくれないんだよ。よりによっておっさんのフンドシを借りるとか、めちゃくちゃ悲しいぞこれ」
とりあえずフンドシをメイドに手渡し、言われた通り着席する。俺が座るようにセッティングしてある席にはドッグフードのような茶色い固形物が山盛りに盛られた皿と、ミネルバのティーカップとは違う木製のコップに注がれたライトグリーンの液体があった。あれは異世界ならではなんだろうか。そう思いながらミネルバを見つめていると、おもむろに口を開いた。
「そういえばアンタのことを聞いてなかったわね。自己紹介してちょうだい」
命令口調なのがちょっと気になったが仕方がなさそうに挨拶しておこう。
「俺の名前は宮藤ハヤト、17歳だ。俺が名乗ったんだ、お前も名乗りやがれ」
「アンタ何様よ!? いや、17歳の坊や相手にちょっと大人気なかったわね、悪かったわ。私の名前はミネルバ・ハニーポッド、エルブラム王国魔法兵団総団長を務めているわ」
ちょっとこのババア声をキレさせてみようと挑発したがミネルバは予想に反して急に冷静になった。17歳の坊やって言っていたから、もしかするとガチのババアかもしれない。だがわざわざ自分の態度を省みて改めた相手をキレさせる気は無いのでここからは普通にしておこう。そう思って自分から質問をすることにした。
「ところでミネルバ」
「ミネルバ様」
「ミネルバ」
「ミネルバ様」
なんで知らん相手を様で呼ばなきゃならんのだ。頑なに様を強要しようとするミネルバだが故に一旦落とし所を決めておこう。
「ミネルバさん」
「何よ、さっきから」
さん、ならまだ許してくれるらしい。この女、まだ2ページしか進んでいないのに自分の個性でページを食い潰す気か。自尊心の高いミネルバという女のせいで話が全く進まないことに苛立ちを覚えながらも一旦メンタルリセットのためにライトグリーンの液体を啜った。なんか飲む雑草と言いたくなるような青臭くドロドロとした風味が口に広がった。