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 雨多が放課後のカフェテリアへやって来たとき、例の奥まった席にはすでにまり花の姿があった。

 制鞄を片手に慌ててそちらへ駆け寄り、雨多がまり花に声をかける。


「ごめん、きょう掃除当番だったの忘れてて。お待たせ!」


「ウタちゃん、おそーい! これがデートなら、まり花もう帰ってたんだから!」


 例の席で腕と足を組んで雨多を見上げ、まり花がふくれっ面をした。

 彼女の突拍子もない言い分に、遅れた我が身も忘れて雨多は思わず笑い出す。


「ちょっと、デートなワケないでしょ! 大事な相談で来たんだから」


 そう、デートではない。彼女たちは、奇妙な黒薔薇の件で話をするために待ち合わせたのだ。

 席に着いて早々、ふたりは連絡先を交換する。

 相手の情報を端末に登録し終え、早速に雨多が口を切った。


「ねえ、昼にここで別れてから、放課後まで考えてたんだけど、わたしがあの薔薇について話せることって全然ないのよ。あなた――ええと、君原さん? まり花さん? あなた、みんなからどう呼ばれてるの?」


「みんな好きなように呼ぶけど~? フツーに名前でいいのよ、まり花サマとか!」


 花の開くような笑顔でそう提案するまり花を、雨多はバッサリと切って捨てた。


「じゃあ、まり花って呼ばせてもらうわ。それで、話の続きだけど、わたしから改めて出せる情報って思いつかないの。昼間にまり花に話したことで全部って感じ。お願いする身でなんだけど、役に立てるかは分からないわ」


「うふふ。別にまり花、警察とかじゃないから、ウタちゃんもそんな考え込まないで!」


 手がかりらしい手がかりのない状況に、自然と難しい顔になる雨多へ、まり花が言った。


「ウタちゃんのお話も参考にさせてもらうけど、まり花、目に見えるものだけを相手にしてるワケじゃないの。物証のない領域のことを調べるんだもん、最初から全部分かるとは思ってないわ」


「ええと、その調べるっていうのも、いったいどうするの? あなただったら占いで調べる、とか?」


 奇怪な黒薔薇についてどう調べを進めるのか、雨多には全く見当もつかない。

 首を傾げて尋ねる彼女に、まり花は鼻にかかった笑い声を上げた。


「うふふん! それも一つの手段よね~。まり花、そういうのもできるけど、まずはもうちょっとお話聞かせてもらえる?」


「えっ?」


 雨多は目を円くした。

 自分に何か提供できる情報があるのかと、彼女の顔には疑問が大書きされている。


 まり花は卓上に肘を突いて両手の指を組み合わせ、その上に顎を乗せると雨多を見やった。


「聞かせてもらいたいのは、ウタちゃんがこれまで同じような目に遭った経験があるのかってコト。どお? ないんじゃない?」


「えっ、これまでに? ええ、それはもちろん。あんなことがあったら、忘れるわけなんてないわ。一回だけでも寿命が縮むかと思ったのに……」


 そう話していて、あの黒薔薇の蔓が自分へ向けて伸びてきたのをみたときの、ぞっとするような感覚が雨多によみがえった。

 思わず身震いし、彼女は記憶を払うように頭を横に振る。

 気を取り直し、雨多はことばを続けた。


「参考になるかは分からないけど、わたしはお化けとかそういうのも見たことないわよ。そういう方面とは、ほんとに全っ然、縁なんてなかったんだから!」


 力説する雨多に、まり花がうなずいて理解を示した。


「フツーそうよ~。まー、びっくりして当然よね。突然に現れて咲く黒い薔薇とか見たら、まり花もヘンだな~と思うもの」


「それどころじゃないの。フツーの人だったらヘンだな~とか言ってられないくらい、ヘンなんだってば!」


 あれがどれだけ非現実的な光景だったか、そして自分がそれにただならぬものを感じたか、いくら強調してもしすぎることはない。

 カフェテリアの片隅で、雨多は思わず声高に反論してしまった。


「ハイハイ、まり花の所まで駆け込んでくるくらいだもんね~。あのときのウタちゃんの顔見たら、タダゴトじゃないんだなっていうのは、まり花にも分かるわ」


 口調からしてどうしても軽く聞こえるが、まり花はからかっているのでもないらしい。

 彼女が首を傾げると、動きにつれて薄いピンクの髪が揺れる。

 そして、まり花は雨多に尋ねた。


「これまで怪奇現象なんか体験したことなかったウタちゃんが、初めてそういうのに遭遇しちゃったワケでしょ~? じゃあ、そのときウタちゃん、何してたの?」


「そのとき……? ええと、何してたっていうと、あそこの席でランチ食べてたわ。食べ終わって、ちょっとボーッとしてたかな」


 問いかけられて、雨多は懸命に当時の記憶をたぐり寄せながら答えた。

 そうだ、級友からの昼食の誘いも気重に感じられて、彼女はひとりカフェテリアで時を過ごしていたのだ。

 悩みを抱えた胸苦しさまでがよみがえり、雨多は自分でも気付かない間に眉根を寄せていた。


 考え込む雨多に、まり花がさらに詳細を問う。


「ボーッとして、なあに? 考えゴトでもしてた?」


「そう……ね、うん。考えごとっていうか、まだあんまり学校になじめてないなとか、せっかくクラスの子がお昼を誘ってくれたのに、断っちゃって悪かったかなとか……そんなことぼんやり思ってたわ」


「ふうん。なーんかウツウツとしたカンジ。ウタちゃん、暗いな~」


「だって、そういう気分だったの! 仕方ないでしょ!」


 尋ねられたから正直に答えたというのに、まり花のコメントは非情であった。

 雨多が感情的になって言い返したが、相手に取り合う気はないようだ。

 まり花はすぐに次の質問へ移る。


「そこに薔薇が現れたっていうワケ?」


「ええ、そうね。わたし、植え込みの方を見てたの。何の気なしにそっちを見てたら、そこに突然つぼみができて――」


「へー。それって、あんなふうな?」


 まり花が組んでいた指をほどき、植え込みの一点を指さした。

 そちらへ目をやり、雨多が思わずすっとんきょうな声を上げる。


「え? ええっ、きゃあっ!」


 まり花が指し示した先に、一点の黒が生じていたのだ。

 雨多としては忘れようもない、あの薔薇のつぼみだ。

 動転して席から腰を浮かす雨多とは対照的に、まり花はのんびりと突如現れた黒いつぼみを観察する。


「え~、すごーい! つぼみがどんどん大きくなる。ふうん、ウタちゃんの言ってたとおりね~。ほら、もうつぼみが開いてきそうじゃない? ふふっ!」


「ちょっと! のんきに実況してないで、何とかしなきゃ。花が開いたら蔓が出てきたはずよ」


 そして、薔薇から這い出るように蔓は伸び始め、雨多へと向かってきたのだ。

 昼間のことを思い出し、雨多は焦りを募らせた。


 しかし、雨多の心配をよそに、まり花に対処に立ち上がる気配はない。

 彼女は危機感のうかがえない甘やかな声で言った。


「あ~、ほんと。あっと言う間に花が開くのね。まり花、びっくりしちゃう」


「まり花! 何ともする気がないなら、逃げるわよ!」


 少女たちの視線の先では、つぼみは早くも大輪の花へと変化していた。

 蔓に追われた経験のある雨多としては、気が気でない。

 彼女が、ほとんど悲鳴のような声を上げたときだ。

 横合いから突然、落ち着いた第三者の声が聞こえた。


「待ち合わせはここだと思ったが、取り込み中かな?」


「きゃっ!」


 植え込みにばかり意識が向いていた雨多は、聞き覚えのない声に驚き、座席から上半身をねじってそちらへ顔を向ける。

 彼女が気付かぬ間に、そこには見知らぬ少女が立っていた。

 身長が目立って高く、長い手足を制服ではなく、私服らしいパンツスタイルで包んでいる。

 その上背もあって、第一印象は大人びて見えるが、おそらくは雨多たちと変わらない年齢なのだろう。

 そして、さらに目を引くのは、少女の美しさだった。

 切れ長の黒い瞳に、肩の辺りで切りそろえた黒髪がよく似合っている。

 彼女の並外れて整った眉目に、この状況でなければ、雨多も見とれてしまったに違いない。


 ――なに? モデル? 芸能人とか?


 いきなり現れた美少女に戸惑う雨多を置いて、まり花がふわりと席を立った。

 愛嬌いっぱいに少女へ笑いかけ、彼女がはしゃいだ声を上げる。


「いらっしゃい、来てくれてありがと~! 今、ちょうどいいところよ。説明は後でするけど、あの黒い薔薇、アナタの火で焼いてもらえないかな~って思うの!」


「なるほど、急を要するものと見える。まずはやってみよう」


 まり花と正体不明の少女が交わすやり取りが、何を意味するのか雨多には分からない。

 長身の少女などは場違いにも、襟元から服の下にもぐらせていたペンダントを引き出した。

 チェーンの先には、赤い飾りがついているようだ。


 だが、雨多にはふたりの態度が悠長に感じられて、自分も席を立つと慌てて言った。


「ちょっと、あなたたち、何落ち着き払ってるの? 蔓が伸びたらこっちに向かってくるって――」


「ワンド!」


 やや低い少女の声が、雨多のことばをさえぎって響いた。

 そして、そのかけ声に合わせたように、彼女の手には装飾のついた杖が現れた。

 突然のことに、雨多はことばも出ない。

 その杖を握っている手は、確か先ほどペンダントを取った方と同じであったはずだ。


 黒薔薇は開ききっているわ、正体不明の相手は得体の知れないことをしでかすわで、雨多の処理能力はもう限界を迎えていた。

 思いがけないことの連続に動転する、雨多の反応こそが当たり前のはずだ。

 しかし、他のふたりが平然としているせいで、驚く彼女の方がこの場から浮いてしまっている。


 先端に赤い貴石が輝く杖を片手に、少女が雨多を見た。

 切れ長の瞳に捉えられて、雨多の心臓がどきりと跳ねる。

 名も知らぬ少女は、礼儀正しいひととなりであるらしい。

 彼女は丁寧な口調で雨多に言った。


「驚かせて申し訳ない。すぐに済ませるので、あなたはまり花くんと一緒にいてください」


「ほら、ウタちゃんも下がって下がって~。ここはお任せしましょ!」


「えっ、えっ?」


 まり花に伴われ、雨多はパーティション間際へ下がる。

 代わりに例の少女が進み出て、植え込みの前に立った。

 黒薔薇の出現した位置の目の前だ。

 つぼみだった薔薇は大きく開き、雨多の恐れたとおり蔓が伸びてきている。

 それは軟体動物の足のように動き、対面の少女に向かって一端をもたげた。

 雨多が思わず声を上げそうになったとき、少女が静かに言った。


「――炎よ、浄化の火よ」


 厳かなその調子は、まるで聖なる呪文を唱えるかのようだ。

 そして、次の瞬間に雨多はまたしても我が目を疑った。

 杖の頭部に据えられた赤い石が内側から輝いたのだ。

 少女が杖の先端を黒薔薇に向ければ、細いそこから火炎が噴き出して花と蔓をなめる。


「あっ、火が!」


 杖の先から吹き出る火はすぐに止まったものの、このままでは植え込みごと燃えてしまうのではないか。

 そう思って雨多は動揺したが、実際には炎が燃え広がることはなかった。


 杖の先から生じた火は、黒薔薇とその蔓だけを飲んで焼いてしまう。

 ほどなくして、あの奇怪の薔薇は消え失せ、同時に火も消える。

 黒薔薇は炭も残らず、不思議なことに、辺りには物が焼け焦げた臭いもしなかった。


「すごい、一瞬で……」


「ふっふーん、スゴいでしょ! まり花が呼んだ助っ人なんだから」


 目の前で展開した出来事に呆然と雨多がつぶやけば、まり花が得意げに胸を張った。


 その間に、少女の手の内でワンドと呼ばれた杖が形を変える。

 元の赤い石のついたペンダントへと、魔法のように戻っていった。


 見知らぬ少女について、雨多には何も分からない。

 しかし、彼女がこの場を救ってくれたことは疑いようもなかった。

 雨多は自分から相手に声をかけ、まずは礼を言う。


「あの、助けてくれたのよね。ありがとうございます」


「無事で何よりでした。まり花くんから連絡を受けて来た者です。どうやら、お役に立てるようだ」


 やや低めの声でそう答え、少女は微笑した。

 近寄りがたいほどの美貌だが、笑うと切れ長の目元が優しくなる。

 雨多の前で、少女はペンダントを首から下げた。

 胸元の位置に来た赤いペンダントトップは、先ほどまでは雨多も気付かなかったが、星形をしている。


 先ほどの怪現象といい、この非現実的なまでの美少女といい、雨多は自分の日常が急速に遠ざかるような錯覚に見舞われた。

 とにかく、この午後だけでいろいろなことが起こりすぎている。


「ウタちゃん、改めて紹介しておくね~。このヒト、まり花のお友だちで、今回の件に協力してもらおうと思って呼んだの! ただ、ウタちゃんもさっき見たとおり、ちょっと変わったチカラがあるから本名は明かせないんだ~。まり花、コードネームを決めてあげたから、彼女のことはそれで呼んでね! 『プロメテウス』っていうの。カッコいいでしょ!」


「プロメテウス?」


 聞き慣れないその名に、雨多が首を傾げる。

 そこに助け船を出したのは、長身の少女だった。


「プロメテウスというのは、ギリシャ神話に登場する名です。人類に神の火を与えた者だとか。私の能力にちなんで、そう名付けてくれたのでしょう」


「へえ、初めて知ったわ」


 そう雨多がうなずけば、その傍らではまり花が「そうなのっ」とはしゃいだ声を上げた。


 神話に登場する名とは仰々しいが、それを借りる少女も見るからに非凡な存在だ。

 プロメテウスなる少女と雨多は、今し方顔を合わせたばかりだが、相手の言動には芯の通った礼儀正しさがあった。


 ――この学校に来て、育ちのいい子に囲まれたワケだけど、プロメテウスはその子たちとも何か違う……。


 雨多の少女に対する印象は、そのようなものであった。

 しかし、何が違うのかと問われれば、うまく説明することができない。

 相手のやや堅い口調も影響しているのだろうか、クラスメートたちのような淑やかさとはまた異なる、重厚な雰囲気がプロメテウスにはあった。


 プロメテウスが長身を折り、雨多に向かって一礼する。


「わけあって名を明かせない非礼、お許し頂きたい」


「ええっと、正体は明かせないっていう事情は分かったわ。あなたのことは、プロメテウスって呼べばいいのね。もう聞いてるかもしれないけど、わたしは西条雨多。ねえ、丁寧に話してくれているところに悪いけど、わたしには別に敬語を使わなくていいわ。できれば、こっちも普段どおりの口調でいきたいんだけれど」


「しかし――」


 初対面の相手に対しいきなり砕けた態度を取ることに、プロメテウスは戸惑いを覚えるようだった。

 そんな彼女を取りなすように、横合いからまり花が言う。


「ふふっ。ウタちゃんって転校生で、まだコッチの雰囲気になじめないって困ってるの! 改まった接し方だとストレスがたまるらしいから、あなたも親切だと思って付き合ってあげて~。ほら、みんな、立ち話もなんだし、座りましょ。もうあの薔薇は消えたんだから!」


 まり花に促され、雨多とプロメテウスもテーブルについた。

 いすに腰を下ろしながら、雨多がまり花へ言う。


「まり花は、最初から畏まる気なんてなかったでしょ! こっちの方が学年が上だっていうのに。……まあ、そういうことよ。わたし、あんまり畏まったことって苦手なの。あなたにも気楽に接してもらえると助かるわ」


「分かったよ。あなたにも事情があるらしい。では、失礼して雨多と呼ばせてもらおう」


 こうして、カフェテリアのまり花の定位置に、三人が顔をそろえた。

 雨多の位置からは、丸テーブルの右手にまり花、左手にプロメテウスがいることになる。

 晴れた初夏の夕方、よく手入れされた植え込みにアイアンのテーブルといすのある風景は、いかにも瀟洒だ。

 そこに薄いピンクの髪をした『百合ヶ丘の魔女』と、彼女から呼ばれたというただならぬ美しさの『プロメテウス』が座っている。

 ふつうの学生である自分が彼女らとともにいることが、雨多にはいっそ不思議なほどだった。


「そういえば、プロメテウス。うちってお嬢さん学校だけに警備も厳しいのに、よく部外者が入って来られたわね」


 ふと心づいて雨多がそう尋ねれば、黒髪の美少女もゆるく首を傾げた。


「どういった理由かは分からないが、まり花くんの名を出せば守衛の方もすぐに通してくれたよ。こちらは名前も聞かれなかった」


「この子の名前で? ……まり花、あなた、いったい守衛さんに何したの?」


 雨多が眉を上げてまり花を見やる。薄いピンクの髪に茜色の光線を散らして、夢見るような眼差しの魔女が不服そうに言った。


「えー、ウタちゃん、人聞き悪い! まり花、顔が広いからぁ~。だから、学校関係の人たちも、いろいろ融通利かせてくれるんじゃないっ?」


「…………」


 まり花の主張をどう考えたものか、雨多にはすぐには判断がつかなかった。

 しかし、風体からして校則を度外視しているまり花のことだ。

 他のルールについても、雨多の思いつかないような斬新な解釈を持っているのかもしれなかった。


 ――触れるのはやめておこう。こっちも黒薔薇のことで手いっぱいだし。


 賢明にも雨多はそれ以上の言及を避けた。

 しかし、彼女の沈黙をどう取ったか、まり花が愛嬌のあるウインクを投げる。

 長いまつげが打ち合わさり、バチリと音が立ちそうだった。


「ウタちゃん、ボーッとしちゃってどうしたの~? まり花に見とれてちゃダメよ!」


「ちっがう! 見とれてたんじゃなくて――まあ、いいわ」


 ことばをうやむやにして雨多が首を振れば、まり花がピンクに塗られた唇をとがらせる。


「もー、ウタちゃんたら、緊張感ないんだから~! あのね、まり花はウタちゃんの件、依頼として受けたつもりなの。依頼を受けた以上は、ちゃんと解決させるつもりなのっ」


「依頼? わたしが、あなたに? じゃあ、プロメテウスが来てくれたのも、その依頼としてってこと?」


 まり花のことばを聞き逃さず、雨多が慌てて口を開いた。

 彼女の知らない間に、黒薔薇の一件は依頼として扱われていたらしい。

 依頼というからには、百合ヶ丘の魔女に仕事を頼んだようなものなのだろうか。

 だとすれば、何か料金が発生するのかもしれない。

 さらには、プロメテウスという助っ人のこともあるが……。


 これらにいったいどう対応すればよいのか、雨多は混乱して口早に続けた。


「えっ、じゃあ、わたしはどうお礼をすればいいかしら? どうしよう、わたし、そういうふうに考えてなかった。こういうことって初めてで、よく分からないの。まり花、あなたふだんの相談ではどう謝礼を受け取ってるの?」


 当事者であるはずの彼女も預かり知らぬところで、事態が動いているかのようだった。

 動揺も露わに、勢いよく三つ編みを揺らして雨多がまり花を見る。

 それをなだめて、まり花が答えた。


「ウタちゃん、落ち着いて! まり花ね~、校内で生徒相手にお金は取ってないの。生徒からの相談は、まり花の修行の一環で受けてるから無償なのよ~。今回プロメテウスにお願いしたのもまり花からだから、そのコトでウタちゃんから特別何かしてもらう必要はないのっ」


 そして、きゃしゃな肩をすくめて彼女はことばを続ける。


「あのね~、まり花、別に悪徳業者とかじゃないから。勝手に契約締結して料金が発生しますとか、そんなこと言い出したりしないんだから! もしそんな流れになってたんだとしたら、ウタちゃん、相手と手を切るべきよっ!」


「雨多、まり花くんの言うとおりだ。こちらのことは気にしないでいい」


 プロメテウスも傍らからそう口添えする。


 この日、目まぐるしい展開に振り回されていた雨多にとって、ふたりの存在は心強く感じられた。

 一つ息を吐き、彼女はまり花たちを交互に見る。


「ほんと、何がなんだか分からないこと続きで、オロオロしっぱなしなんだけど……わたし一人じゃどうにもならないっていうのは分かるわ。ふたりとも、わたしに関わってくれてありがとう。よろしくね」


 そして、あることに気付き、彼女は首を傾げて口を開く。


「でも……さっき黒薔薇はプロメテウスの火で焼かれたのよ。これでもう現れないってことはないかしら? 実害はなかったけど、あれの三度目に遭うのはいやよ」


「さあ~? どうかしらね。ま、念には念を入れておきましょ!」


 雨多の意見に是とも否とも答えず、『百合ヶ丘の魔女』はそう言って魅力的な笑みを見せた。




――――――――――――――――――




 放課後をカフェテリアで過ごし、雨多はプロメテウスと一緒に校門を出た。

 まり花はまだ用事があるとかで、彼女を残してふたりで先に帰ることになったのだ。


 雨多は帰路に気晴らしをしたいので、行きは自宅から学校まで送ってもらうが、帰りの迎えは断っている。

 その事情を話すと、長身の美少女が言った。


「そうであれば、雨多、途中まで送っていこう。私は車で来ているから」


「……ええと、まさかとは思うけど、あなたが運転してるんじゃないのよね?」


 プロメテウスと並んで立つと、一五六センチの雨多は相手を見上げなければならなかった。

 おそらくだが、相手は一七〇センチはあるのではないだろうか。

 プロメテウスは少女としてはかなりの背丈だ。


 その相手の大人びた風貌に、雨多はつい要らぬ確認をしてしまう。

 彼女の問いがおかしかったのか、プロメテウスがくすくすと笑って答えた。


「違うよ、まだ免許は取得できないからね」


「ああ、やっぱり。そりゃそうよね。それでも『もしかして、あなたなら』と思っちゃう。あなた、不思議な人だもの」


「不思議かな? 君と変わらないよ。ただ、能力のこともあって名を明かせないから、そう見えるんだろう」


 校門側の道路際に出たプロメテウスを見つけて、一台の黒い車両がゆっくりと近付いてきた。

 雨多にもそれと分かる高級車で、ハンドルを握っているのは制服を身につけた運転手だった。

 雨多は胸の内でプロメテウスのことばを繰り返す。


 ――変わらない、ね!


 素性を詮索することはできないが、優雅な物腰といいこの端正な少女もまた、ここの生徒たちと似た家庭の子女であるのかもしれない。

 庶民の感覚が根強い雨多には、すぐに親近感が湧くものでもなかった。


 彼女たちの傍らで車両が停止し、ドアが開く。

 プロメテウスに促されて、雨多は上質な革張りのシートに移動した。

 プロメテウスも続いて乗り込み、すぐに車両は出発する。

 タイヤはなめらかに回転し、薄くクラシック音楽のかかった車中は静かな印象だった。


 運転手に対し手短に降車地点を説明して、雨多が隣に座るプロメテウスへ声をかけた。


「ね、繰り返しになるけど、変なことに関わらせちゃったわね。何というか……ありがたいけど、ごめんなさい」


「雨多、あなたが引け目を感じることはない。それを言うなら、私があなたの前で示した力も、一般的には相当『変なもの』だろう。あの能力を見て、あなたは私を避けることもできたはずだ」


 落ち着いた口調で言って、プロメテウスは首もとから例のペンダントを引き出した。

 チェーンの先で、星形をした赤い石がきらりと光る。


 相手の言い分に、雨多は意表を衝かれた様子で目を見開いた。


「そうね、驚きはしたけど……でも、その能力でわたしを助けてくれたんじゃない! 避けようなんて、思わなかった」


「やはり、まり花くんが私を呼んだだけはある。失礼な表現かもしれないが、雨多、あなたは面白い人だ。人によっては、私の力をふつうでないものとして忌避しただろう。それが無理もない反応だということも、分かっている。だが――あなたはそうしなかった」


 口元には笑みがあるが、プロメテウスの目には真剣な表情があった。


 相手の反応が意外で、雨多は首を傾げつつ口を開く。


「面白い人って、私が? 別に、そんなことないと思うけど。あなたの力は、確かにふつうじゃないわ。でも、わたしもふつうでないことには遭遇済みだもの。驚きはするけど、イヤだとかいうんじゃないし」


 話すうちに、つい熱が入ってしまう。

 しかし、この不思議な少女に危機を救われたときから、雨多が相手を薄気味悪く思うことなどなかったのは本当だった。


 その熱弁がおかしかったのか、またプロメテウスがくすくすと笑う。

 そして、彼女は手にしたペンダントを雨多へと示した。


「持ってみるかい?」


「いいの? 大事な物なんでしょう?」


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