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旗守りのグロリア【まとめ】  作者: 霧島まるは
グロリアと秘密の茶会
8/13

「公爵夫人の僕を見る目ときたら……あなた方にも見せてあげたかったよ」


 ゴメス家を訪問した公子は、心底楽しそうに笑みを浮かべてそう語った。


 神妙な顔をしたままの父。げっそりとやつれた長兄。笑顔の次兄。そしてまだドキドキの余韻がさめやらぬグロリアが、応接室で公子を見つめている。


「苦労した甲斐がありました」とすっかり痩せてしまった長兄が、はぁと深いため息をついた。


 長兄が発案した、王女をも巻き込んだこのとんでもない茶番は、綿密な準備を要した。


 準備のひとつのために、グロリアの父は金を出した。王女に結婚祝いを贈るのだと、大きくて毛深い人形を作らせた。


 それは──まごうことなきゴリラの人形だった。


 このゴリラ、ただのゴリラではない。何とおすわりが出来るというデキるゴリラだった。しかも一体ではない。十体ものおすわりする大きなゴリラが作り上げられ王女に贈られたのである。


 大変に出来栄えがすばらしかったため、一体欲しいなと思ってしまったグロリアだが、口には出さずに我慢した。


 大量のゴリラの人形を贈られた王女は、その迫力かつ滑稽な状況を存分に楽しんだ。要するに、ゴリラに囲まれて心ゆくまで笑い転げた。


 十分に堪能した後、王女はゴリラを椅子に座らせ、高さを調整するべくクッションを準備した。さらに悪ふざけを思いつき、ゴリラにヒラヒラのシャツを着せた。


 多くの綿密な打ち合わせと準備を経て、ついに茶会の当日。


 まずは、公子がグロリアと共に王宮の王女の部屋へと入る。公子はすぐに変装して王宮を抜け出し、ゴメス家で公女の姿に着替える。


 さすがにもう騎士服を着るわけにはいかずに、いやいやながらのドレス姿だった。そして再び王宮へ。


 王宮で出迎えたグロリアに、公女は笑顔を浮かべてこう唇を動かした。


”み・る・な”


 その笑顔はひきつっていた。やむを得ないこととは言え、もう一度女の姿をグロリアに見られるのは、本当に嫌なのだろう。


 グロリアは馬鹿正直におろおろして視線をどこに向けたらいいか分からない状態になるわ、王女は王女で公女のそんな様子に、ぶふっと変な息を口から漏らすわで、白百合騎士団の再会の場は、周囲の目にはどう映ったかは分からないが、本人たちはとても複雑な有様だった。


 公女の登場で、舞台は茶会へと移された。


 王女の部屋のすぐ近くにあるその部屋は、中庭に面している。今日はとても良い天気で、日差しがあたたかく窓から差し込んでいた。


 そう、中庭の窓から。


 比較的人が出入りしやすい中庭は、部屋を覗くには格好ポイントだった。


 しかし、その部屋の窓辺に、今日は異変が起きていた。覗くにはちょうどいい高さのあたりに変な置物があるのだ。それでひとつの窓の半分ほどが埋まっている。それは、将軍が贈ったというゴリラの人形だった。窓辺にちょうどよい高さでゴリラが椅子に座っているのである。しかも、全ての窓に。


 窓から中を覗こうとする度に、すぐそこにゴリラの横顔がある、という状況だった。しかしまだ窓は半分は空いている。そこから中を覗くことは当然出来るが、人形の顔が気になって覗く人間の気が散る。


 更にそれに追い討ちをかける事態があった。


 この部屋の警備担当は、ゴメス家の次男だったのだ。騎士である彼が警備を担当するのは別におかしな話ではない。


 しかし、彼が不定期に窓を行ったり来たりする。さすがに警備がいる状況で、堂々と部屋の中を見続けるわけにはいかないため、覗き魔は騎士が来る時に窓から顔を離さねばならない。


 このため、茶会の部屋を覗く場合、騎士が通りかかれば顔を引っ込め、通り過ぎれば顔を出し、その度に騎士によく似た顔のゴリラの人形に一瞬どきりとし、「邪魔だ」と人形に悪態をつきながら中を覗き、そしてまた騎士が戻ってくると舌打ちをして首を引っ込めなければならなかった。


 その部屋に公子と公女が現れた時、公爵夫人の配下の男は、ちょうど騎士の移動に阻まれて、しばし窓から顔を離さなければならなかった。


 次に見た時は、二人が席についたところだった。窓に背を向けるようにして金の公子が座り、向かい側に金の公女が座る。そして、公子席からひとつ空けて横に座ったのは──グロリアだった。


 またこの部屋に、ゴリラが増えたことになる。


 更に、茶会のテーブルに余分に用意された椅子にもまた、ゴリラの人形が座っている。公子とグロリアの間の空いた席、向かい側の王女と公女の間の席。


 この茶会が、完全にゴリラ勢力に制圧されているのは明らかだった。


 忌々しいことにゴリラたちは、シャレた服まで着せられている。どうしようもなくふざけたことに、金のカツラまでかぶっているゴリラも何体かいる。


 必ず視界のどこかにゴリラが複数いるという気が散る状況で、公爵夫人の配下の男は、目だけではなく耳も澄ませた。


 その耳に、公子の声ははっきりと聞こえていた。公女はしゃべれないため、口だけを動かして受け答えしているようだ。


 この時点で覗き見ていた男は、公爵夫人の疑いはほぼ間違いであると思い込んでいた。


 実際のところ、公子の声を出していたのは当然ドレス姿の公女である。


 公子はこの一ヶ月間、ゴメス家の長子によりみっちりと唇を動かさずに言葉をしゃべる訓練を受けていた。宰相補佐官という立場上、演説などを行う宰相に、そ知らぬ顔で次の台詞を伝えるための秘技として会得していた。グロリアは、兄にそんな特技があることをまったく知らなかった。


 その技を伝授され、公子は唇を動かさずに男の声を出し、まるでそれに受け答えするようにずらして公女の唇を動かすという、一人芝居を繰り広げていたのである。


 公子の、真剣でありながらも滑稽な様子に、王女は何度となく、ぶふっと妙な息を口から漏らしてはあらぬ方を見て手で押さえていた。


 公子は、声だけは一人二役をしながら女の姿で茶会に出席していた。では、金髪の公子の席にいたのは誰か。


 それは、金髪のゴリラ──ではなく、金髪のかつらをかぶったゴメス家の長兄だった。


 公子に身長が一番近い長兄は、この一ヶ月でやつれるほど、己の身体から肉という肉をこそぎ落としていた。公子に唇を動かさない話術を教える代わりに、彼の立ち居振る舞いを真似るために、ひたすらに彼の動きを模倣した。


 自分が立てた計画であることと妹の幸せのために、長兄は文字通り骨身を削って尽力した。


 そして彼は、金髪のすらりとしたゴリラになったのである。後ろ姿だけであれば、本当に公子と見分けがつかないほど。


 もしうっかり顔を盗み見られたとしても、この部屋はゴリラだらけ。金髪のゴリラ人形までいる。一度くらいなら見間違いだと思うだろう。


 現に公爵夫人の手の者は、ここまでゴリラを見飽きるほど見ていた。ゴリラはもう気にしてもしょうがない、無視だ無視。ゴリラなどない。あったとしてもそれは人形かゴメス家の連中であると、自分の意識から切り捨てた。それにより、ちらりと見えたものがゴリラであってもなかったことにした。


 ゴリラを隠すならゴリラの中。


 ゴメス家の人間は、自分らの顔を逆手にとってゴリラづくしで公爵夫人の目を欺ききった。



 さて、茶番は最後の仕上げへと向かう。公女の具合が悪くなった素振りで、みな一度王女の部屋へと戻った。


 ここまで、公女の顔は十分に見せた。次は公子の顔を十分に見せればいい。そこでドレスを脱ぎ捨てた公女は、ようやく公子に戻った。


 中身の詰まっていない公女ドレスに、今度入るのは──王女である。金髪のかつらをかぶり、いつもよりかかとの高い靴を履いた。そして、公子に支えられうつむいて王宮の中を歩いて見せた。


 公子、グロリア、そして支えられている具合の悪そうな金髪の女性。それを人は「ああ、病の公女か」と脳内で補完してしまった。


 あとは三人で一度ゴメス家に戻り、王女はほとぼりがさめた頃に変装して公子に送られて王宮へと戻れば今日の茶会は全て終了だった。


 この時、ゴメス家を初めて訪問した王女は、しばらく応接室で涙が浮かぶほど笑っていた。


 計画を持ちかけられてから王女は、本当によく笑っていた。計画で笑い、ゴリラの人形で笑い、公子のドレス姿で笑い、一人芝居で笑い、茶会で思う存分笑えなかったせいか、ゴメス家で心行くまで笑った。


 その後、遅れて帰ってきたこの家の長兄を見て、彼女の笑いは微笑みへと変わる。


「嗚呼……アル。お前は何て幸せ者なのかしら。この世で、何の血のつながりもない人が、お前のために身体さえも作り変えたのよ。剣を愛していることで有名だった宰相補佐官殿が、剣を置いてまでお前に尽くしたのよ。この落ちた筋肉を取り戻すまで、どれほどの時間が必要かしら」


「王女殿下、分かっています。よく分かっていますとも。僕は決して恩を軽んじることは致しません。僕は、殿下が僕に手を差し伸べてくださった幼いあの日のことを、これまで一度たりとも忘れた日はありません。僕の本当の人生は殿下から始まったのです。そして今日、殿下とゴメス家の方々によって重い鎖は断ち切られました」


 王女の側にかしずき騎士の忠誠を見せる公子の姿は、一枚の絵のように美しかった。


 しかし、


「あら、私がグロリアを一緒に隣国に連れて行きたいって言った時に、それだけはダメと言ったのは誰だったかしら」


「そ、それはこれとは話が…」


 意地悪な王女の笑いで、美しい絵は消え去ってしまった。



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