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旗守りのグロリア【まとめ】  作者: 霧島まるは
旗守りのグロリア【本編】
3/13

 王女の気まぐれから始まった、たった三人の白百合騎士団。


 それが終わる理由もまた、王女だった。隣国との和平が結ばれた後、和平の証にと、かの国の王子が銀の王女を妻に望んだのだ。


 戦場に出た王子は、あの戦いでたなびき続けた王女の旗を覚えていた。顔を見たことがなくとも気高くはためいていた王女の旗に、彼は敵ながら敬意を抱いた。


 そして、


「アル、私のわがままに最後まで付き合ってくれてありがとう。グロリア……私の誇りを最後まで掲げてくれたこと心より感謝します」


 銀の王女の言葉を最後に、グロリアの愛した白百合騎士団は解散となった。


 やりがいのある仕事を失い、グロリアはすっかり腑抜けになった。銀の王女が輿入れする際に国境まで見送る一団の中に名前を連ねる栄誉をたまわったものの、前のように毎日王宮に行く必要もなく、家でその大きな身を持て余していた。


 グロリアはもう二十四歳。八年間騎士団にいたために、すっかり嫁き遅れとなってしまった彼女だが、縁談は日々雨あられだった。しかし、その多くを兄たちがゴミ箱に叩き込んでいた。王女の覚えめでたき将軍の娘という肩書きは「容姿さえ目をつぶれば」、うだつの上がらない者たちにとってはおいしい条件だった。


 兄たちが好いた男はいないのかとグロリアに聞くも「ございません」と答え、選び抜いた見合いの絵姿を見せてどの男がいいかと聞くも、ちらりと見もせずに「どなたでも」と答える。


 グロリアの意気消沈ぶりに、家族もほとほと困り果てた頃──末の妹が姉の手を取った。


「お姉さま、夜会に参りましょう。そして素敵な殿方を捕まえましょう。折りしも今度の夜会は王女様がお輿入れの前にご出席なさる最後の夜会です。お姉さまもご挨拶されたいでしょう?」


 姉が騎士団に入っている間、妹はいつしか社交界の華となっていた。


 腑抜けになっても「王女」という名には反応するグロリアは、妹に操られるままに不慣れなドレスを身にまとい、ついに夜会の場へと馳せ参じるのだった。心はまだ王女の騎士のまま。


 しかし、華やかな社交界の場はあまりに彼女にとって眩しすぎた。


 騎士団の旗を持たぬグロリアにとって、ここでの彼女は頼りない存在だった。ヒソヒソと囁き笑う声が、一体何を指しているのか知っていながらも、「気になさらずに」という強気な妹に引きずられ、グロリアはついに一番奥まで歩を進める。 そこには、誰よりも輝いている王女が立っていた。


 横に背の高い殿方をはべらせ談笑していた王女は、グロリアを見るなり目を輝かせた。


「まあグロリア、よく来てくれたわね。こういうところにお前は来たがらないから、もう会えないのかと思ったわ。嬉しくてよ」


 最後の一言で、グロリアは不慣れなことをして本当によかったと思った。


「ご挨拶を」と、騎士の形でひざまずこうとする彼女を、「今日は淑女なのだから」と王女が押し留めようとする。


「私はこの挨拶しか知らぬのです」と、グロリアは頑なに王女にその挨拶を乞うた。勿論それは嘘だったが、苦い笑みを浮かべながらも王女は、わざわざ手袋をはずして手を差し出した。騎士団の頃からグロリアは、王女に直接触れる栄誉を賜っている。騎士団がなくなっても、それに何の変わりもないのだと伝わってきて、彼女は胸が熱くなった。


 剣ダコのある愛おしい手を見つめながら、グロリアは己の額に近づける。あと何度、この挨拶が許されるだろうかと彼女が感傷にひたりかけた時、隣から同じく手袋の外した手が差し出された。


 王女と談笑出来る身分の男である。さぞや高い地位に違いない。そんな人に挨拶もせず素通り出来るはずがなかった。


 さっき、騎士の挨拶しか知らぬと嘘を言った手前、他の人にも同じ挨拶をしなければ体裁が取れない。やむを得ず、グロリアはその男性の手を取った。


 その瞬間。 ぞわっと、何か言葉に出来ないしびれが彼女の身体を走った。


 そんなはずはないと、グロリアは己の目を疑った。だが、彼女が「それ」を見間違えるはずがなかった。


 いま彼女が掲げ持っている手の、その大きさ形、傷は、毎日のように彼女が見てきたものだったのだ。


 グロリアは、挨拶を最後まで出来ないままおそるおそる顔を上げた。


「やあ、ゴリ子」


 それは、低い男性の声だった。彼女に面と向かってその呼び方をする青年は、さっぱりとした短い金の髪をしていた。 動けないグロリアに、男は声を出さず唇だけを動かして見せた。


 それは──金の公女がいつも彼女に見せる動きとまったく同じだった。


「公女……さま?」


 呆然としたまま、グロリアはそう呼びかけていた。襟元まで詰まった騎士服ではなく、髪も長くはなく、声も男のものではあるが、この手は、この手だけは間違いなくこれまでグロリアと共に戦った金の公女の手だった。


 グロリアの魂の抜けた呼びかけに、銀の王女がぷっと笑う。


「お姉さま、何をおっしゃっているの。公子様に失礼でしょう?」


 慌てたのはグロリアの妹だ。焦って姉をその場から引き剥がす。力がないはずの妹に簡単に引きずられながら、彼女は二人を振り返っていた。


 銀の王女と、金の──公子とやらを。


 金の公子とやらの唇が、騎士団の解散時と同じ形を作った。


”ま・た・ね”


 少しずつ離れながら、グロリアはその光景を必死に過去と重ねていた。


 背の高い銀の王女。それより更に背の高い金の公女。グロリアはずっとそれが当たり前だと思っていた。三人とも大柄なだけなのだと。


 手もそうだ。力もそうだ。鍛錬の結果だとグロリアは信じて疑っていなかった。自分の手も大きく傷だらけで、そして力も強かったので公女もそうだと信じていた。


 いつから公女は声が出なくなったか。出会った時の公女は十一歳。鈴を転がすような高い声だった。


 二年ほどして病に伏せってから公女は王女に耳打ちする以外、一切しゃべることはなくなった。


 グロリアの兄たちがそうだったように。世間の少年らが大人になる通過儀礼のひとつとして通る「声変わり」──公女が声が出せなくなった時期は、それと完全に一致している。


 何故そんな偽りの姿をせねばならなかったのか。それはグロリアには分からなかった。


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