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旗守りのグロリア【まとめ】  作者: 霧島まるは
旗守りのグロリア【本編】
2/13

 王女の騎士団に誘われた翌日から、グロリアは王宮へ出仕することとなる。


 おかげでゴメス家の馬車は、親子四人でみっちりすし詰めだ。将軍職の父、文官職の長兄、騎士職の次兄、そしてグロリア。三頭のゴリラが四頭に増えたと、出仕風景が見所になってしまうほど王宮は退屈なところらしい。


 しかし、この顔はある意味グロリアにとっていい方向に働くこともある。誰もが彼女の顔を一度で覚え、そしてどこの家の娘であるかすぐに理解してもらえるという意味で、だ。


「何てみにく…あら、宰相補佐官の妹さんね」「動物を放し飼いにしないでちょ…あら、将軍のお嬢さん」


 そんな中。


「おはよう、ゴリ子」


 金の公女だけは、面と向かって口さがなくグロリアをそう呼んだ。「グロリアと申します」と訂正するも、「目の前で呼ぶのと陰で呼ぶのとどっちがいい?」と返され、彼女は呼ばれ方を諦めることにした。


「おはよう、グロリア」


 銀の王女は、きちんと顔を見て彼女の名を呼ぶ。グロリアは、それが嬉しかった。


 お遊びかと思った騎士団だが、すぐに真面目な訓練が始まった。本家の騎士団から師範を呼び、剣、体術、馬術、マスケット銃の使い方まで習うことが出来た。自宅で親兄弟と剣の稽古をしてきたグロリアだったが、本格的な訓練に驚きながらも鍛錬に励んだ。


 その当時、十六歳のグロリアは二人の少女に対して無敗だった。年齢、経験、体格、どれも二人より勝っていたのだから当然だろう。


 王女は器用さに長けていて技を磨く方に力を入れ、公女は最初の頃こそひ弱だったものの、次第に力と体力をめきめきと伸ばした。二年もたてば、グロリアが負ける日も出てきた。


 ちょうどその頃、公女が病に伏せって騎士団にしばらく顔を出さなくなった。グロリアは心配して何度となく見舞いに行ったものの門前払いをくらうだけ。


 幸いにして、病から立ち直り公女は戻ってきた。だが、戻ってきた時にはもう、グロリアのことを「ゴリ子」と呼ぶことはなかった。彼女は喉を痛めて静寂の公女となっていたのだ。


 まったくしゃべらないわけではない。公女が何かを語るときは、必ず王女の耳元に手を添え、囁くのみ。グロリアはおいたわしいと公女に同情した。あれほど弁がたつ彼女が、思い通りにしゃべることも出来ないのは、どれほど苦しいことだろうかと。


 ゴリ子と呼ばれてもいいから、もう一度公女の声を聞きたいと願ったものの、その願いは叶わなかった。ただし、その日から公女は静かに唇だけで彼女に言葉を告げるようになった。


 最初に気づいたのは「おはよう」の唇。


 これまで、何日も自分がそれを見逃していたかも知れない事実に気づき、グロリアは慌ててしゃきっと背筋を伸ばし「おはようございます!」と大きな声で敬礼をした。それに公女は小さく笑っていた。少し大人びた笑みだった。


 たとえ公女の声がでなくとも、再び白百合騎士団が三人に戻ったことは、グロリアにとって嬉しいことだった。


 病の後から、ぐんぐんと金の公女は武芸の才を伸ばしていった。グロリアも負けが増え始め、ついには力では公女にかなうことはなくなった。唯一のとりえを追い越され、彼女は少し落ち込んだが、グロリアもまた剣だけではなくマスケット銃の腕前を伸ばすことで置いて行かれまいと必死に努力した。


 特に馬上でマスケット銃を撃つという、竜騎兵顔負けの射撃の腕は上達し、指導者に女性でなければ竜騎兵団に推薦するのにと言われるほどになった。


 だが、その評価をグロリアの家族は誰も喜びはしなかった。


「お前は女なのだから、武芸もほどほどにしなさい」と父にたしなめられた。「そろそろ騎士団ごっこはやめて社交界の方に顔を出すのはどうだ」と長兄に説得された。「兄さんは妹のお前が心配だ」と、次兄に頭を撫でられた。家族はみな、当たり前のことだが彼女を女性として扱ってくれる。


 それはグロリアにとってはささやかながら嬉しいことでもある。王宮では陰で自分が「ゴリ子」と呼ばれていることを知っていた。ヒソヒソクスクスと囁かれる遠い声を振り払い、それでもグロリアが王宮に向かえるのは、銀の王女と金の公女がいるからである。


「うるさい蝿は叩かれるわよ」


 三人が共にある時にグロリアが嘲笑われるようなことがあれば、王女は冷ややかな叱責を口にし、公女もまた低い温度の視線を向ける。


 グロリアは公女にまで救われるとは思ってもみなかった。


 しかし、いまにして思えば公女が「ゴリ子」と呼んだことは、何と可愛らしいものだったのか。彼女がグロリアをそう呼ぶ時は、いつも笑顔だったことを思い出していた。


 そんな二人から伝わってくる信頼感により、グロリアはなお一層忠義を尽くし、自分の仕事に励んだ。


 馬にまたがりマスケット銃をぶっぱなす淑女は、この国では白百合騎士団だけである。正確には、王女は演習の際に落馬して禁止を申し渡されたため、グロリアと公女だけである。馬上では王女の旗を背負うグロリアは、頭の後ろにバタバタとはためく旗の音を王女の号令のように聞いていた。



 白百合騎士団は、あくまで王女のお遊び──その暗黙の了解が崩れたのは、隣国との戦争の激化が発端だった。戦況が劣勢になった時、戦場の士気を高めるための旗印として王女が駆り出されたのである。


 若干十七歳、銀の王女は不敵に笑ってこう言った。


「白百合騎士団の初陣よ」


 金の公女十六歳、グロリア二十一歳のことだった。


 彼女は王女の白百合の旗を背負い、戦場に立つこととなった。とは言っても、いきなり前線に出されるわけではない。王女は士気高揚の象徴なのである。決して陥とされてはならない旗印。その旗を背負うグロリアは己の責任重大さに心臓が飛びださんばかりだった。


 しかし、不利な戦況である。常に安穏と構えていられるわけではない。伏兵、側面攻撃。戦線の崩れにより、時として旗印の王女が狙われることもある。


 遠目の敵はグロリアの銃が。それをかわして飛び込んできた強敵は、沈黙の公女の剣が守った。これまで訓練してきたことは何ひとつ無駄ではなかった。


 不利な戦線を押し返すまでには至らなかったものの、それでも戦況を沈静化するまで持ちこたえることが出来た。一年、戦場で共に戦い抜いた白百合騎士団も、都へと戻れることなる。その頃にはもう、グロリアにとって王女と公女は一生仕えても良いと思えるほど大きな存在になっていた。


 帰都した白百合騎士団を待っていたのは、戦線を救ったという広告塔の仕事だった。人心を集めるカリスマ的存在に、銀の王女はうってつけだったのである。その場に付き従うのは金の公女と、王女の旗持ち。国民が遠くから白百合の旗を見ては「王女さま」と熱狂の声をあげた。


 王女について国のあちこちにひっぱりだこになったため、忙しくてなかなか家へも帰れなくなったグロリア。そんな姉が人気者であると誤解したグロリアの妹が、ある日王宮に訪ねて来た。


 妹はようやく十六になり、社交界にデビューしたばかり。グロリアと一緒に王宮を歩く妹の顔にゴリラの遺伝子のかけらも見出せないことに、周囲はどよめいていた。


 姉の仕事に興味津々の妹は姉が何をしているか知りたがった。


「王女様の旗を掲げています」とグロリアが答えると、妹は物足りなさそうな顔をした。もっと華々しい仕事をしていると思ったのだろう。戦場でマスケット銃を撃っていたと言うと妹の教育に悪そうなので、グロリアは黙っていた。

 

 しかし、姉の真似をしたがるのが妹の常。その旗を私も掲げてみたいと言い出す。薄布で作られた旗ではなく、厚い布と刺繍で彩られたずっしりと重い旗である。とても妹に任せられない。グロリアはダメだと拒んだ。妹はすっかりふくれてしまったが、諦めたと彼女は思っていた。


 しかし、目を離した隙に妹は旗立台にかけられていた白百合の旗を持ち上げようとしていた。年の離れた妹は剣の稽古もしたことがなく、旗の想像以上の重みによろよろとよろける。旗もろとも倒れようとする妹を、慌ててグロリアは後ろから身体を支え、そして旗棒を両手でがしっと掴んだ。


「妹よ…ぐぬぬ…この旗は決して降ろしてはならぬ、地につけてはならぬ。そんな大事な旗なのです。王女様の命そのものなのです」


 顔を真っ赤にして妹と旗の体勢を立て直し、グロリアは腹の底からの声を絞り出した。尋常ならざる姉の様子に、妹はぽかんとした後ごめんなさいと小さく呟いた。



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