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「お前たちが私の護衛?」
宰相の娘は、うさんくさい目でグロリアとその隣を見た。艶やかな栗色の髪をくるくるにロールされたその姿はお人形のようで、いかにも伯爵令嬢と言った雰囲気だ。
あまりにジロジロ眺め回すので、グロリアはヒヤヒヤしていた。もしや公子の女装がバレたのではないかと思った。今日の公子は公女──の姿ではない。茶髪の長い髪のカツラをかぶりうつむき気味に立っていた。
次期公爵家の跡取りが、いくら伯爵令嬢とは言え公に護衛することは出来ない。それがバレてもいけない。宰相補佐官の兄により、公子はどこぞの騎士の娘ということで仮の身分を用意された。
「ふぅん」と二人を見比べた後、伯爵令嬢は言った。
「お前、男でしょ」
グロリアは心臓が飛び出すほど驚いた。もう公子の女装がバレてしまったのか、万事休すだと冷や汗をかく。
しかし、何かおかしい。よく見ると、令嬢はグロリアの方を向いてそう言っていたのだ。
「わ、私ですか?」と、グロリアは慌てて首を横に振った。まさか、自分が疑われるとは思ってもみなかった。
「嘘をおっしゃい! 私、お前の顔を知ってるわ!前にお父様を訪ねてうちに来たでしょう!」
ふふんと鼻を鳴らして指を突きつける彼女に、グロリアは一瞬ぽかんとしかけて、すぐに気づいた。令嬢が誰のことを言っているのか分かったのだ。
「あの……それは私の兄です。宰相様の補佐官をしております」
どうやら箱入りのまだ若い彼女は、王宮のゴリラ事情には疎いようだった。しかし、残念なことに言葉で令嬢を説得することは出来なかった。疑いの目を、まったく解く気配がなかったのだ。
「本当に自分が女だと言うのであれば、服を脱いで証明なさい」
令嬢の言った証明の方法は、非常に乱暴だった。
「ここには女しかいないんだから平気でしょ? 上だけでいいわ」
胸なんてニセモノばっかりだから服の上からじゃ信用出来ない、と付け足される。ここは令嬢の私室。周囲にいるのは、確かに女性の使用人ばかりだった。
護衛ということで、グロリアはズボン姿で帯剣していた。胸をちらっと見せるだけならば、上着の前をあけてシャツのボタンを外せば、おそらく令嬢を納得させることが出来るだろう。
しかし、この部屋には「男」がいる。その事実はグロリアしか知らないが、男がいるところで服のボタンなど外せるはずがない。
どうしたものかと立ち尽くしていると、「脱げないのならお前は帰りなさい」と言われ、ついにグロリアが観念して上着のボタンに手をかけようとした。
自分だけが帰されて、公子が残されるという本末転倒なことが起きては意味がないからだ。せめて公子に見られないようにしなければと、彼女の意識は何より自分の隣に向けられていた。
だが次の瞬間、グロリアにとって信じられないことが起きた。
隣に立っていた女装姿の公子が突然上着のボタンを外し始めたのだ。グロリアは目を飛び出させんばかりに驚いた。
脱げと言われたのはグロリアであって公子ではないというのに。
「こう……ア、アルビナさん、あなたが脱がなくても」
公子と呼びかけた言葉を慌てて飲み込み、グロリアは彼を女性名で呼ぶ。昔、絶対に呼ぶことのなかった公女の名だった。公子がそう呼ぶように言った。最初は「アル」と呼ぶように言われたのだが、とてもそこまでの勇気はなかった。
大体、公子が脱いでしまったら男だとバレるではないか。本当の意味で大問題が発生してしまう。それならまだグロリアが脱いだ方がよっぽどマシだった。
「あなたを疑ってるわけじゃないわよ」
妙な雲行きに、令嬢が肩を竦める。
公子はグロリアの方を見て、公女の時の笑顔を浮かべた。ふふふ、と嫣然と微笑む様子にグロリアはどきりとした。令嬢も何故か顔を赤らめる。
見とれている間に公子は、シャツのボタンを上から三つまで外すと──おもむろに自分の胸に手を突っ込んだ。
そしてあろうことか、彼は自分の胸元から詰めていたパッドを引き抜いて床に放り投げるではないか。女しかいない空間に、冷たい風が吹き抜ける瞬間だった。
「本当に……」
公子は、ほとんど息だけの小さな声でそう言った。男だとバレないようにするために、彼が編み出したしゃべり方だった。
「本当に……こんな偽物はうんざり。胸はまったくないのですが、私も護衛をしても良いですか?」
公子がボタンを詰めながら微笑んで首を傾げると、茶色い髪がさらりと揺れる。完全に度肝を抜かれた令嬢は真っ赤になり、しどろもどろの言葉で何とか「ええ」と答えた。
「私と違ってグロリアのこの胸は本物ですよ……保証します」
更に、微笑みを強めながら付け足す。
相手が度肝を抜かれている間に「では、ご挨拶はこれまで。失礼します」と、グロリアの手を取って部屋の外へと向かう。令嬢と同じくらいぽかんとしたまま、グロリアは手を引っ張られていた。