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旗守りのグロリア【まとめ】  作者: 霧島まるは
グロリアと宰相令嬢
10/13

 公子とグロリアの婚約の話が、公爵側の貴族らしい手続きを踏まえてしずしずと進んでいたある時のこと。


 将軍家を訪ねてきた公子に向かって、グロリアがこう言った。


「公子さま。ちょっと兄に手伝いを頼まれまして、一週間ほど郊外へ行って参ります」


 その音は軽やかなものではなく、わずかな緊張をはらんでいたため、すぐに公子に見咎められる。


「一体どんな用事?」という、至極当然の問いかけに対し、グロリアは嘘はつかなかった。


「それがその、宰相のお嬢さんが別邸へ遊びに行かれるということで……警護に。お兄様も私に頼むのはつらそうでした……宰相様から直々に頼まれたということで」


 グロリアの家族は、彼女を危険な目にあわせたいとは、これっぽっちも思ってはいない。それは十分に分かっていた。その上で頼んできたということは、よほど強く宰相に望まれたのだろう。


「宰相ということは、上の兄だよね」


 この時の公子は、グロリアの兄とよく似た表情を浮かべていた。決して顔立ちが似ているわけではない。しかし、ひどく苦虫を噛み潰したような、苦悩に近い表情だった。


「あのねグロリア、宰相閣下は大変敵の多い方だ。お前の兄は強いから無事で済んでいるが、本来であれば政敵に狙われてもおかしくない。そんな方の娘の護衛というのは、決して安全な話ではないのだよ」


 この国の官吏の最高位──宰相。当然のことながら貴族である。しかし、その肩書きは伯爵だった。政治的手腕に非常に優れている彼は、自力でその地位までのしあがってきた分、敵を数多く作った。特に上位貴族からその地位を狙われている。本人に隙がないことと、グロリアの兄を始めとする周囲ががっちりと脇を固めているため、中々手出し出来ないというのが現状だった。


「だからこそ、兄は私に頼んだのだと思います。前回の恩返しを兄にしたいのです」


 そんな宰相の泣き所のひとつが、たった一人の愛娘まなむすめ。他に三人の兄がいる。今年十四歳。まだ社交界デビューも果たしていない箱入り中の箱入りだった。彼女のお願いには滅法弱い宰相は、娘の「こんな良い季節に家の中にこもっているなんていや。別邸で遊びたいの」というわがままに、ついに全面降伏したのだ。


 勿論、多数の男の護衛は同行する。グロリアは、令嬢のすぐ側について護衛をする役目を兄に頼まれたのである。


 公子は、どうにか彼女の心を変えたいと思っていたのだろう。しかし、そこに「兄への恩返し」という重い一撃が振りかざされてしまったのだ。公子のために、己の身を文字通り削り落とすほどの協力をしてくれた男を、決して無碍に出来ないのは公子も同じである。


「……僕も行こう。恩返しという意味では、僕こそ働くべきだからな」


 そして、彼はそう言った。グロリアの心を変えられないのならば、一緒にいけばいいではないか、という結論に至ったのは明白だった。


「そんな、公子さま!」


 グロリアは、狼狽した。騎士として王女を守るのとこれは、まるで意味が違う。今度は宰相とは言え、伯爵令嬢だ。次期公爵となる彼が守るには、あまりに身分が違いすぎる──という理由も確かにあった。


 しかしもうひとつ、違う理由もある。


「お前の兄には僕が話すから、心配しなくていいよ」


「いいえ、そうではなくて」


 それを知らない公子に、グロリアはどう伝えるべきか迷った。当然のことながら、言葉は濁り出す。


「何だい、何か問題でもあるのかい?」


「それが、その……」


 当然のごとく、彼女の濁りを見逃さない公子が問いかける。グロリアは、彼の強い視線にさらされながら、どう伝えるべきか悩んだ。


「それが、その……宰相のお嬢さんは……ええと、あの」


「早く言ってくれないか、グロリア」


 その狼狽に、ムチが振りかざされる。


「はいっ、宰相のお嬢さんは、大の男嫌いでいらっしゃいます!」


 その勢いに気おされて、彼女は背中をピシッと伸ばし、騎士の報告のように明快で歯切れのいい言葉を発した。


「!!」


 その瞬間の公子の顔ときたら。一瞬、強く驚いて目を見開き、次に左手で己の顔の半分を掴んだ。


「ですから、お兄様は私に頼まれたのです」


 グロリアは、彼の苦悩が痛いほどに理解出来た。だから中々言い出せなかったのである。


「……」


 ぐぐぐと、左手の指に更に力がこもり、美しい公子の顔の左半分だけがいびつに歪む。


「女性でなければ、家族以外の男性は決して側に寄れないと……」


 だからと、グロリアは言葉を続けようとした。だから、この仕事は自分ひとりでやるのだと。それが、一番いいことだと彼女は信じていた。


 しかし、グロリアの言葉より公子の方が早かった。


「……この世の中の理不尽なことと言ったら!」


 顔の左半分を歪めていた手を投げ捨てるように放し、彼は唸り声をあげた。手を放してなお、顔全体が歪んでいるのは、彼が耐えがたきを耐えようとしているからである。


「で、ですから、あの私が」


 これ以上の言葉を、公子に紡がせてはならない。彼女はそう強く感じた。


「もうあれで終わりだと思ったのに」


 しかし、まだ彼は言葉を止めない。


「ですから兄上も私に」


 それ以上は、決してそれ以上はおっしゃらないでくださいと、グロリアが願いを込めたというのに。


「お前が身体を張るのに、僕が張らないわけにはいかないだろう!着るさ!女の服くらい!!」


 結局、彼女の願いも空しく──公子の血を吐くような言葉は放たれてしまったのだった。



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