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「今日を持って白百合騎士団は解散します」
王女からの一言は、雷のような衝撃でグロリアを打った。
八年間、側でずっと王女に仕えてきた彼女は、その言葉により役目を終えたことになる。グロリアは父に似た、人というよりはゴリラ族に近い顔を悲しみとともに歪めた。黒くずっしりと重い自分の髪が、なお重くなった気がした。
彼女の目の前には、背の高い銀の髪の王女。その隣に、更に背の高い金髪の公爵の娘が立っている。ドレス姿の美しい王女、騎士服の凛々しい公女。瞳の色は王女がサファイヤ。公女はエメラルド。対照的な二人であったが、どちらも八年前とは比べ物にならないほど強く美しく成長した。ずっと側で見ていたグロリアが言うのだから間違いない。
そんな二人の姿を、視界がにじんでグロリアはうまく見られない。「お前の泣き顔は良くない」とむかしむかしに金の公女に言われたことを思い出し、彼女は顔を伏せた。
そのまま「お別れの…ズビッ…挨拶をさせていただいて……ズズッ…よろしいでしょうか」と、声を絞り出す。
「よく尽くしてくれた」と近くに寄る許可と共に王女にねぎらわれては、グロリアはその場で号泣してしまいそうだった。床に視線を落としたまま片膝をついて彼女の右手を取り、自分の額を近づける。女性の手にしては大きく、剣ダコさえ出来ている。王女が鍛錬に励んだ結果だった。
引き続き、隣の公女の手を取る。こちらは王女よりもっと大きくもっと傷だらけだった。強くなる苦労を厭わなかった健気な手だとグロリアは思った。公女からのねぎらいの言葉はない。彼女は喉を悪くして、公の場で声を出すことをやめてしまった。
だから、ここでグロリアはみっともなくとも顔を上げなければならなかった。公女が彼女に話しかける時は、唇の動きだけで伝えるからだ。 涙でぐしゃぐしゃの顔をグロリアが上げると、公女の唇はゆっくりと音を見せるように動いた。
それは──「さよなら」の形ではなかった。
※
「お前が、ゴメス将軍の娘? お前は剣が強いそうね。私の作る騎士団に入れてあげてもよくてよ?」
銀の髪の王女は当時十二歳。あつらえてもらったばかりと思われる喉元まできっちりと覆われた緑と白の騎士服を着て、腰には細身の剣を佩いていた。やや身体が左に傾いているのは、剣の重みに慣れていないからだろう。
「個性的な顔だね……南の大陸の大きな猿にそっくり」
王女よりひとつ年下の金の公女は、最初の頃は大変意地が悪かった。
グロリアが彼女に返事をすると、よく聞こえなかったらしく首を傾げられた。さらりと肩にこぼれる長い金の髪。
「それはゴリラ、という生き物かと思われます」
グロリアは、今度はちゃんと聞こえるように言い直した。
顔がゴリラに似ていると言われるのはこれが初めてではない。正確に言えば、王宮に出仕している父と兄二人が周囲にそう言われているらしい。南の大陸への猛獣狩りが貴族の遊戯となり、その地の珍しい動物の図鑑などが都でも売られるようになった。そんな本の中で、グロリアはゴリラと出会った。
描かれたゴリラの顔は、確かにグロリアの父親によく似ていた。要するに、兄たちにも自分にも似ているということだった。ゴメス家では、唯一妹だけが母に似て違う顔をしていた。
そんな経緯があったため、金の公女に大きな猿と言われて、彼女はそれが何を指しているかにすぐ気づけたのだ。
「何それ……ゴリラって……お前、面白いね」
鈴を転がすような声で、騎士服の公女は笑った。隣の王女に「おやめなさい」と叩かれるまで笑い転げていた。王女より年下の公女は、その当時はまだ背も低く子供っぽかった。
「アル、お前は補佐官よ。グロリア…お前は私の旗を守ってちょうだい」
王女は、自分の二人の部下に役目を命じる。
「旗、でございますか?」
「そう、私の旗。その旗がたなびいている限り、私は戦場に立っているということだから、お前の使命は重大よ」
十二歳の少女の口から戦場という言葉が出ることに、グロリアは戸惑った。一体どこまで本気なのか、と。
結果的に言えば王女は──全て本気だった。