殺人事件容疑者リストのトップは“現職知事”?
「か、香里さん。ぼくと結婚してください」と近所の六歳年下の彼が言った。やっと、彼がその言葉を言ってくれた。一体何年、その言葉を待っていた? 約二十年! 口を開こうとした時、彼の携帯が鳴った。本当、気の利かない携帯!
喫茶店から出た彼はすぐに戻ってきて言った。「仕事だ。あの熊田夫妻が射殺された」
私の彼はL県R署の交通課警察官。刑事になりたがっている。
L県はずっと官僚出身の知事が続いている。官僚出身の知事の知事はそつがないが冒険もしない。何処の地方よりL県の元気がない。人口は減り続け、もともと少なかった人口が下から片手に入るようになってしまった。さらに現知事は四期目を目指すらしい。その後は、知事が連れて来た官僚出身の副知事? 県民は正直、うんざり。しかし、現職知事と副知事以外に誰もいない。まさに“人材不足” そこに現れたのがL県出身の熊田功で、全国的なファッショングループの創業者で本社を東京から出身地のL市に移した。もし、次回知事選出馬すれば『当選確実』との噂。ただ、何故か熊田はマスコミの知事選出馬の質問に“にやり”と笑うだけではっきりとした返事をしなかった。その熊田夫妻がL山展望台で何者かに射殺された。
現知事にはあまりよくない噂もある(?)。子飼いの副知事が自分の後任なら問題ないが、民間出身の熊田氏に知事選挙で敗れることになれば、『知事室』から『刑務所』に直行!? と、面白おかしく言う人もいる。
殺人事件容疑者リストのトップは“現職知事”?でも、熊田功はわずか十数年で全国規模の企業を創った人物。敵もいるだろう?
それから熊田夫人は高校の時の先輩。一年生の時のバレーボール部のキャプテンだった。彼女が……。
あらから一週間。同じ喫茶店。
「事件はどうなったの? マスコミは適当なことを言っているけれど? 」と、私。
「お先、真っ暗だよ。熊田功さんはだいぶ強引な人だったらしい。あまりに敵が多すぎる。それなりの地位も金もある連中が多いから、直ぐに弁護士が出てくる。それに当人が直接手を下しているとは限らないから、アリバイがあっても犯人でない証拠にはならない」と、彼。
熊田夫妻は車に乗っているところを撃たれた。運転席に夫人、助手席に熊田氏。熊田氏の体内からわずかながらアルコールが検知された。二人とも銃弾を頭の右から被弾していた。夫人は出産間際だった。
「夫人が最初に撃たれた。それなら夫人が狙われた。夫は行きがかりと言うことはないの? 」と、私。
「現場の運転席側に大木があって犯人はまずその木陰に身を隠した。運転席に近づき、まず夫人は撃ってから本命の熊田氏を打った。一応調べたのだけれど、夫人は普通の主婦! 誰ともトラブルがない」
「……。私、熊田夫人とは高校が同じなの。私が一年生の時、夫人は三年生。彼女はバレーボール部のキャプテンだったけれど、彼女、下級生のかわいい子とキスしているのを見たことがある。それも一度や二度、一人や二人じゃない」
「夫人が同性愛者? 実は熊田氏にも同性愛者という噂がある。同性愛者同士が結婚? 話が複雑だな! 」と、彼。「ところで香里さんも夫人にキスされた? 」
「馬鹿ね。私にはそんな趣味はないわ! 」“ずっと、あなたが好きだったのよ”と言う言葉は飲み込んだ。
「そうか、それはよかった! 」と、彼。“本当に鈍いのだから。私のおバカさん!”
「夫人についてもう少し詳しく調べよう言ってみる。今、交通課のぼくは今度の事件では手伝いだけれどうまく言えば刑事になれるかも知れない」
数日後、彼から「事件が解決した」と電話があった。
やはり殺人者は夫人の女の恋人で夫人殺害が本来の目的だった。熊田氏の殺人は行きがかりだった。
熊田功は世間体をつくろうため秘書と、秘書が同性愛者であることを承知で結婚をした。自分も同性愛者だったからその方が都合がよく、二人には『夫婦生活』は無かった。でも、十か月程前、お互いに酔っぱらってセックスして、夫人が妊娠した。熊田氏は自分の子どもが欲しくなった。夫人も恋人に「子どもを産む。私はいい母親になる。これまでの関係はお終まいだ」と告げた。
夫人の女恋人は夫人の裏切りが許せなくて夫人を殺すことにした。そのために銃を探したが、素人には簡単に手にできない。それで時間がかかって出産間際になってしまった。
それから彼のプロポーズには「仕様がないわね、結婚してあげるわ。でないと、怛朗一生独身よ」と答えた。