10^-35 その1
「宴会と通信士」
明日の私はきっと今日の私とそんなに変わらない。
今日の彼は昨日の彼と変わっていないだろうか?
太陽が眩しい……いや、ただ自分の視覚がそれを太陽だと判断し、眩しいと感じているだけか。
見上げた青空に手をかざして太陽を睨みつける。
全てはまやかしだ。
この木製の椅子もテーブルも、このデッキも、そして遠くにある目に痛いほど白い砂浜も、輝く海も。
拡張現実処理がされていなければ、ここはただの航宙艦の無機質なリフレッシュルームだ。
設定季節は夏、場所はビーチ。なるほど、とても開放的な設定だ。
こうでもしないと閉鎖空間の長期航行のストレスにやられてしまうのだ。
まやかしであれ、こういうものは精神衛生に良いらしい。
……航空宇宙精神医学に詳しいわけではないので、どれほどの効果があるかわからないが。
そんなことを思いながら、女は頭部の犬のように体毛で覆われた両耳を引くつかせてから、水の入ったグラスにちびりと口をつける。
海の潮の匂い。眠くなるように単調な波の音。身を焦がす熱。
ついでにいえば跳躍空間航行中のため、この艦の通信士である自分は休暇中だ。
そんな状況でありながらも彼女は憂鬱げな表情でグラスを見つめる。
(飲み過ぎたとはいえ……なんであんな約束したんだ私……)
そう思いながら頭を抱える。
始まりはなんだったか。
この艦内でたまたま同じ時間に食事をとる女性を通して、食堂の料理人と仲良くなった。
女三人で酒を飲み交わす内に、たまたまその場の勢いで宴を開くことになってしまったのだ。
酒を飲むことは悪いことではない。勤務時間外に定められた量以内であれば、特に問題視されはしない。
酒宴も悪いことではない。……見つかったら怒られるが、まぁ誰もがこっそりとやっていることだ。
ただその場の勢いで言ったことが問題だったのだ。
(馬鹿だ私…)
先日の自身の発言を思い出す。
『なんっとーわたしー、この艦に久しぶりに会った友人がいるのよー』
『こいつがー、昔に比べて輪をかけてチョーぶっ愛想で…』
『私が声をかけてるのよー?なにそれってかんじよねー?むかつくー!』
『ええええ?うーん……気になるの……かな…‥。まぁ気になる……のか』
『そこまで言うんなら私の魅力ってやつを見せてやるわー!
私だってまだ若いんだからねー!!男なんてイチコロよイチコロ!
宴会に誘ってやるわよー。出来なかったらなんでもしちゃうわよー!操舵士のおっさんに告白だってしちゃうわよー!』
馬鹿である。
思い返してつくづくそう思う。お酒の飲み過ぎは非常に良くない。
とにかく、勢いで昔の友人を酒宴に誘うことになってしまった。
この友人というのがまた曲者だ。仲が良い友人だったらまだ良い。異性だろうがなんだろうが、臆することなく誘える。
しかし、相手はたまたま艦で出会った学生時代の友人だ。
一時期少し話した程度で、それ以降疎遠になってしまっていたような相手だ。
それだけの条件ならば、まだ気軽に誘える。
『やっほー久しぶり!』などという言葉と共に話しかけることが出来る。
しかし相手は曲者なのだ。
乗艦後、たまたま彼を見かけた彼女は、そんないつもの調子で彼に話しかけた。
その程度の仲であれ、知り合いが乗艦していれば話しかけるのが常識だろうと考え、それを実行した。
それが間違いだった。
こちらが好意的に挨拶したにも関わらず、その久しぶりに会った友人はこちらをうさん臭そうに見ると一言告げた。
『そうか、久しぶりだな。じゃあな』
『話しかけるなオーラ』というものが視覚的に見えたら、さぞ分厚いことだろう。
明らかに会話を終わらせたくて仕方がない、という発言だ。こちらと関わりを持つことすら嫌だ、という行動だ。
なんとなく、馬鹿にされたような気がして悔しい。
それ以来気にかかっていたし、文句の一つでも言いたかった。
そして文句が爆発した結果、こんなところで彼を待っている。
彼女は一つ、溜息をついた。
昔の彼はああではなかったと記憶している。
愛想はそりゃ良くは無かったが、あんなあからさまに人を拒絶するような発言はして無かったと思う。
何が……悪かったんだろう?
グラスに映る自分の顔を見つめる。
パーマをかけた赤髪はポニーテールでまとめられており、海のように深い青色の瞳はぱちりと大きい。
自分の種族特有の耳は、頭頂部にあり、犬が先祖だと分かるような外見をしていた。
そりゃあ、自分の種族の特徴上、他の種族と比べれば幼く見えるが…。
……悪くはない………はずだ、この外見。
では、何かが友人の気に触ったのだろうか?
分からない。いや、気に触るようなマネはしていないはずだ。たった一言しか会話をしていないのに。
まるで、そうだ。
人が変わった。
「ジネッタ。
来たぞ。時間丁度だ」
女―――ジネッタの想像は突然割り込んできた低い声に遮られた。
視線だけ声の方向を見る。木製のテーブルのすぐ近くに、その男は立っていた。相変わらず不機嫌そうな顔をして。
昔の友人に対して何よりも驚いたことは、自分にそのような態度をとったにも関わらず、メールで送った酒宴の誘いを快諾したことだった。
彼のことがますます分からなくなる。
次の言葉までの時間を稼ぐように、彼女はぽつりと呟く。
「ヴィクティン」
友人の名前を呼ぶ。
友人はその時間さえ惜しむように問いかけた。
「行かないのか?
あんたが誘ったんだろ」
男は言葉を端的に重ねていく。
ジネッタは慌てて立ち上がり、彼を真正面から見た。
不機嫌そうに眉根を寄せた表情に、天然パーマのあちこちを向いた白髪混じりの灰色の髪。それは学生時代から変わらない彼の外見だった。
二十代前半の肌ツヤをしているのに、歳が十は老けて見えるのはずっと眉を寄せているからだ。
どうやら今の彼は不機嫌な表情がデフォルトらしい。
服装はいたってシンプルでYシャツにパンツに、宇宙航行用の標準的なブーツを履いている。
その服装ですら、学生時代と同じシンプルな趣向の格好だ。
外見は何も変わっていない。
なのに内面が変わったように思える。表情が学生のときと明らかに違う。
まるで内面を誰かに乗っ取られたような…。
そこまで考えてジネッタは自身の思考に苦笑する。
(…失礼な想像よね、反省しよ)
気を取り直して彼女は晴れやかに笑う。
「なんで敢えて時間ピッタリに来るの。待ちくたびれたじゃん。
じゃ、行こ」
目の前の男は頷く、笑わない。
昔の彼はこんな人間ではなかった。愛想は無いし、非効率的なことは嫌いだが、少なくとも、もう少し笑っていた。
違和感が大きくなっていく。
記憶の中の彼とズレが大きくなっていく。
彼であって彼でない何かに上書きされてしまう。
(……だから……嫌だったんだ……)
彼女は胸中でぽつりと呟いた。
幅と高さが二十メートルほどある、貨物搬送路を二人は壁伝いに移動する。
居住区と違い無重力空間のため、ここでは壁から生えた手のひらで握れるサイズのスティックに捕まり、宙を泳ぐように目的の方向に移動することになる。
目的の方向……すなわち、酒宴会場。奥にある倉庫区画だ。
壁から生えたスティックは壁を滑るように動き、身体を運んで行ってくれている。
ジネッタは器用にスティックを持つ手を入れ替え、後ろを向く。
後ろから同じように移動している仏頂面のヴィクティンと目があった。
そんな彼に対し、学生時代のように彼女は笑いかけた。
「それにしてもヴィクティン、今、お勤め鈍色研究機構なんでしょ?
勅命機関じゃないの。やるじゃん」
「別に」
「なにそれ、嫌味?」
「そうじゃない」
嫌そうに彼は否定する。
しかしこちらにとっては嫌味にしか聞こえない。
勅命機関とは支配種族の更に頂点、十三家の勅命によって結成された組織だ。
活動資金だけでなく、そのネームバリューも相当のものだ。なにせ、法律破ることすら許されているのだから。
そしてその栄誉な機関の採用倍率は当然のことながらとんでもなく高くなり、
採用される確率は彼女が明日宝くじを一枚購入して、たまたま一等を当てる確率より低い。
そんな栄誉なことを『別に』で一蹴されてしまっては、彼女の立つ瀬がない。
「私なんてこんな航宙艦の通信士だよ?」
「だから?
職業に貴賎はあるだろうが、あんたのはマシな方じゃないか」
なかなか直球な感想だ。だからこそお世辞などではない、信用できる感想だと思えた。
それが昔の彼のようでちょっと面白い。
そんな気持ちを笑みの裏に隠しながら、彼女は続ける。
「なに?超上から目線?」
「本音だ。
それがやりたいことだったらそれでいいだろ」
「……どうかな」
ヴィクティンが指摘したことが痛くて、彼女は体勢を再び変えて、進行方向を向く。
そして表情を悟らせない様に、彼女は努めて明るい声で笑った。
「なーんか、よくわっかんないのよねー。
やりたいことって言われてもなー。
生活したいから仕事してるだけで、別に仕事が楽しかったりするわけでもないし。
ただ単に惰性で仕事やってるだけっていうか。
私このままおばあちゃんになっちゃうのかなーって思ったりするわけだなー」
心中に渦巻く不安を吹き飛ばすように、彼女は笑い声をあげた。
「その点ヴィクティンはやりたいことある感じじゃん。
勅命機関に採用されるなんて余程の執念がないと出来ないよ?」
「違う」
端的に彼は否定した。彼女は彼の表情が気になって、肩越しに彼を見る。
表情は相変わらずの不機嫌な表情だった。
「私も分からなくなった」
「何が?」
こちらが理解出来なかったことがもどかしいのか、彼は苛立った声音で告げる。
「今はやりたいことの話をしてたんじゃないのか」
「あ……」
「私は、ずっと自分には成さなければならないことがあると思って、ずっとそれのことばかり考えてきた」
会話を短く終わらせる彼が、珍しく自分のことを話しだしたことに気づいたが、彼女は黙ることにした。
それを指摘したらヘソを曲げて彼が黙ってしまうと思ったからだ。
「だから私からそれを取ったら、何も残らなくなってしまう。
何も残らなくなった私が、何をすべきなのかよく分からない」
彼女は苦笑いをしながら頬を掻く。
「よくわかんないよー、ヴィクティンー」
「はぁ?
どこが?」
ヴィクティンが喧嘩でも売るように怪訝な顔をする。
その表情は特に怒っているわけでもないと段々分かってきた彼女は、適当に受け流した。
「あんたにとってはそうかもしんないけどさ……。
昔からパーシル君にも言われたじゃん。『兄貴の話は分りづらいんだよ』って」
そこで思い出したように彼女は振り返る。彼女の行動の意図が分からなかったのか、眉根を寄せたまま不思議そうな瞳でヴィクティンは彼女を見る。
意気揚々と彼女は尋ねた。
「そういえばパーシル君は?元気?」
「死んだ」
あまりにも流れるように答えられたため、彼女は一瞬何を答えられたのかよく分からなかった。
パーシルは彼の弟だ。学生時代に見たときには兄弟とは思えないほど外見が似ていなかったが、嘘偽りなく彼の実の弟らしい。
その彼が、死んだ?
「え……?」
「語弊があるな。
私は、あいつが死んだと思ってる。
実際は家出だ。行方も知らない」
語弊どころではないくらい意味が違うが、そこは指摘してもなんとも思わなさそうなため、敢えて指摘しない。
代わりに気になる箇所を尋ねる。
「……探さないの?」
「なぜ?」
強がりでもなんでもなく、当然の疑問のように彼は問い返した。
だから彼女も当然のように返す。
「家族じゃん」
「それが理由になるか?」
嫌なものでも見るように彼は顔を歪める。多分、こちらの思考が理解出来ない、といったところだろう。
彼はその表情のまま続ける。
「大の大人が決断して家を出ていったんだ。
それなりの理由があるだろうし、心配も不要だろ」
「ご両親は心配してないの?」
「そっちは本当に死んだ」
彼の発言はいちいち溜めが無い。だからこちらが心の準備を整える前に重い一撃を喰らってしまうのだ。
こちらが何か言いかける前に彼は口早に先手を打つ。
「ずっと前のことだから、今になって聞かれたところでどうとも思わない。
だからもし、あんたが今から謝罪の言葉を言おうとしているなら時間の無駄だからやめろ」
そんなことを言われても、それではこちらの罪悪感はどうすればいいというのだろうか。
釈然としない悔しさを感じて、ジネッタは半眼になって聞き分けの悪い子供のような言葉を告げた。
「えー。じゃあ、今ヴィクティン一人じゃん。
尚更、弟と一緒にいようとは思わないのー?
家族ってそうやって支えあってくっていうアレじゃないのー?」
こちらのその発言を聞き、呆れたように彼は答えた。
「少しは他人の価値観に理解を示せよ、あんたは」
「どの口が言うか!」
頬を膨らませて臨戦態勢のこちらを睨みつけてから、ヴィクティンは溜息をついてから言った。
「………反例だ」
「ん?」
「家庭内暴力を振るう親と、その子供は一緒にいるべきか?」
ヴィクティンが言わんとしていることは分かる。
一緒にいることが不幸なこともある。そう言いたいのだ。それは分かる。分かるが……。
(揚げ足取りじゃない!)
ジネッタは顔を赤くする。
このやりとりが昔の彼と同じで嬉しい半面、やはり頭にくるものは頭にくる。
「この屁理屈屋!」
酒宴の場所が倉庫区画で行われるようになった理由は、ただ単に思いつきではない。
まずは酒やらツマミやらで、幾つか貯蓄している飲食料を拝借するため、大々的に行うと確実に厳重注意を喰らう。この艦の乗員全員の所有物である食料を数人で、しかも道楽的な理由で消費しようというのだから、それは厳重注意もやむなしだ。こっそりこの酒宴は行う必要がある。
ではこっそりと実行する場所になぜ倉庫区画が選ばれたかというと、やはりここにも理由がある。
倉庫区画の監視レベルが低いためだ。
監視を行うリソースは居住区や艦橋など、人と人とのトラブルが発生しやすい場所に割かれている。倉庫区画はここにくるまでの貨物搬送路さえ監視しておけば、誰が倉庫区画に行ったかを管理することができる。
それから単純に……。
「あらぁ?あなた結婚まだなのぉ?」
「なんで!?子供って歳でもないっしょー?」
女性二人に囲まれ、ヴィクティンは苦虫を潰したかのような不機嫌な顔で、小さく答えた。
「…個人の主義だろ。干渉するなよ」
「でもねぇ?
あたしがあんたくらいのときには、前の旦那と結婚してたもんさ」
「結婚も離婚も勢いよねぇー?」
「ねー?」
単純に騒がしいから倉庫区画で酒宴をしているという理由も、勿論ある。
倉庫区画は広いが、人が移動出来る場所は意外と狭い。
一辺五メートルの立方体コンテナが両脇に二段になって積まれており、それが通路の両脇に延々と連なっている。
通路自体は十五メートルほどの幅があり、途中途中は十字路となっており、そこを横断することでまた別のコンテナが陳列している通路に出ることが出来る。
そしてそんな通路が三列ほどある。
酒宴は丁度倉庫区画のど真ん中、通路が交わる十字路で行われていた。
暖房効果のある薄いレジャーシートを広げ、そこに六人が車座になって座っている。
女性三人、ごつい男性が二人とヴィクティンで、六人。
機嫌が悪そうなヴィクティンに対し、ジネッタは取り繕うように笑いかけた。
「ごっめんねー。普段はまともな人たちなんだけどさー」
「私たちが来る前から飲んでるヤツらがまともかぁ?」
睨みつけるように彼はこちらを見た。不機嫌の理由は察しがつく。先ほどから弄られまくっているからだろう。
しかし、そこでも物怖じを全くしないところがこの男の怖いところだ。
「で。
酒を勧める前に、あんたら名乗ったらどうだ?」
左隣りに座る女がコップを押し付けてくるのを押し返しながら彼は言った。
「あははははー。そっかぁ。自己紹介必要かー。ごめーん、忘れてたさー」
コップを収めた赤い顔をした女は、尋常じゃないほど笑いながら答える。
「あたしはマルツェラ。
この艦の調理士さー。よろしくー!」
背中まで伸びた金髪は三つ編みにされており、発言の適当さとは裏腹にマメそうな性格が伺えた。
挑戦的な灰色の瞳を細め、ヴィクティンの右隣りに座る女性を指さす。
「はいー!つぎー!!」
マルツェラの外見は成人を過ぎているように見えるため低くはないはずだが、肌つやの良さと発言からはとても年齢が感じられない。
対して、彼女に指名を受けた女性は目の周囲にところどころ皺が出来ているため、中年一歩手前の歳のように思える。
「あ、私ねぇ?
リームナよ。
マルツェラと彼女……ジネッタとは食堂で知り合ったの」
「食堂で深夜に三人で飲み明かしたりしたよな?」
いしししと悪い笑みを浮かべながらマルツェラが補足する。
「ほんと、あれは見つからないで良かったわぁ。
じゃ、お次」
リームナに手で指され、右隣にいる男性がニコニコと笑いながら頷く。
尖った耳に浅黒い肌、更に傭兵部隊のフライトジャケットを着ており、緩んだ襟元からは身体防護を目的としたスーツが見え隠れしていた。
その格好からこの艦に同乗している傭兵部隊の一員だということはすぐに察しがついたし、小柄ながらも彼が戦闘種族だということは知識が訴えた。
彼の種族――戦闘種族・エンデは高い身体能力を持ち、武器無しでも十分な戦闘力を持つ。
しかし、それ故か文明の発達は遅く、他の種族の奴隷として扱われていた過去がある。
近代になり人権保護が叫ばれ、奴隷制度は縮小されたが、彼も傭兵などという荒っぽい稼業についている以上、少なからず何かあったのだろうとジネッタには推測出来た。
そんな暗い事情を感じさない細められた目の上には、跳躍空間での補助走査用に黒縁の眼鏡がかけられていた。
小柄でしかもそのような眼鏡をかけていると、とてもではないが強力な戦闘種族には見えない。
彼は人懐っこい笑みと共にヴィクティンに向かって自己紹介をする。
「僕ですか。
イェルです。よろしく」
戦闘種族のわりには温和な笑顔で彼は言った。
そこですかさずリームナが補足する。
「彼に依頼して倉庫区画の警備を誤魔化して貰ってるの。
この宴会参加は口止め料ってところねぇ」
「普段は酒に釣られるような安い商売はしてないんですけどねー。
航行中のアルコールは普段の五十倍の価値はありますからな」
わははは、と彼は声を出して笑う。
それを諌めるように彼の右隣に座るサングラスをかけた男性が呟いた。
「気乗りはしねぇな」
「お固いことは言いっこなしですよ」
まぁまぁ、とイェルが隣の男性に告げる。
「ほら、君の番です」
サングラス越しでは、ジネッタにはその男の表情を察することが出来ない。
だからイェルの発言に苛立っているのか、笑っているのかもよく分からなかった。
イェルと同じフライトジャケットを羽織っているところを見ると同じ傭兵部隊の仲間らしい。
体つきはイェルより大きいが、見た目は柔らかそうな茶色い髪に黄色人種の肌をしており、イェルのような特徴的な外見はしていない。
「ギュント。
こいつと同じく傭兵だ」
リームナが首をかしげながら、ギュントに問いかける。
「あなた……その身体って人形じゃないの?」
その疑問にギュント以外の全員が驚いた。
マルツェラが口をパクパクさせながら、なんとか声をだす。
「わ、分かるの…?」
その疑問にリームナは笑いながら答えた。
「やーねぇ、勘よ、勘。
なんだか動きに無駄がないような気がしてねぇ?」
「全然気づかなかった……」
ジネッタはまじまじとギュントを見ながら呆然と呟く。
今、こうして見ても人形か人間か区別がつかない。
人形とは生体素材で出来た人間そっくりの遠隔操作端末なわけだから、区別がつかないのは当たり前だ。そのように出来ている。
それを見破ったリームナの観察能力が異常なのだ。
ギュントは一つ頷くと、サングラス越しにリームナを見て答える。
「よく分かるな。
隠しても仕方がないから言うが、俺も戦闘種族だ。
フレン星人と言えば分かるか」
その単語に、その場の空気が固まった、とジネッタは感じた。
かつて最強と呼ばれ、今は落ちぶれてしまった戦闘種族だ。
大戦が終わり力を持て余した結果、犯罪に走るフレン星人は決して少なくは無いし、
そもそも何を考えているかよく分からない奴が多いし、平気で味方を見捨てる非情な奴らで……とにかく、種族に対して良い印象は無い。
この宇宙で『フレン星人』と聞いて、眉をひそめない方が少数派だろう。
ジネッタは隣に座る男が途端に何か異質なものに変わってしまったように感じる。
隣に座るのはただの人形で、ギュント本体から遠隔操作されているに過ぎないのは理解出来るのだが、やはり気持ちがいいものではない。
その場の微妙な空気を感じ取ったのか、ギュントはポツリと呟いた。
「しらけちまったな」
「当たり前だろ」
物凄いタイミングで肯定したのは、やはりというかなんというか、ヴィクティンだった。
「フレン星人と言えば支配種族すら殺した戦争屋だ。印象は最悪だな」
「ヴィクティン!」
諫めるようにジネッタは彼の名前を呼ぶ。彼は視線だけこちらに向け、それから何も言わなかった。
『お前もそう思ってるくせに』と言っているようにも見える。それが事実だから、彼女はそれ以上言葉を継げない。
やっぱり、フレン星人は怖いし……気味が悪いのだから。
それでも表面上は取り繕おうとしているこちらに対し、ヴィクティンは軽蔑しているようだった。
「もっと気軽に考えていいんじゃないのぉ?」
くすくすと笑いながらリームナが発言した。それはこの場の重い空気を和ませるような、柔らかい口調だった。
「そういうすごい人と話せる機会なんて滅多にないわよぉ?
しかもこの艦の護衛のためにギュントはいるわけでしょう?
こちらに危害を加えてくるわけがないんだから、せっかくの機会を楽しめばいいのよぅ」
その発言に当のギュントは皮肉げに口元を歪める。
「珍獣扱いってわけか」
「犯罪者扱いよりいいんじゃないのぉ?」
そのリームナの発言にイェルはこくりと頷く。
「彼を受け入れて下さって感謝しますよ。
大丈夫、僕も彼も皆さんを守ることはあっても危害を加えることはしませんから」
それだけ言ってからおどけた顔で続けた。
「……そういう契約で、お金をたんまり貰ってますし?」
その言い方が可笑しくて、つられてジネッタもマルツェラも思わず吹き出してしまう。
ヴィクティンは笑わなかったが、ジネッタは固まった空気が徐々にほぐれていくのを感じた。
「それで、お嬢さんのお名前は?」
イェルに尋ねられてジネッタは自分を指差す。
「あ、私か。
この艦の通信士やってるジネッタよ。
今は跳躍空間航行中で休暇中。
で、最後に私の二個となりの彼が……」
そう言いながらマルツェラの隣に座る彼を手でしめす。
それに気づくやいなや、彼は口早に告げた。
「ヴィクティンだ」
簡素で簡潔。失礼なほど即答だ。
全く、この男には他人に対する礼儀というものがないのだろうか、とジネッタは心中で愚痴をこぼす。
そこまで思ってからふと、思う。こんな失礼な人間とどうして知り合いなのだろうか、と。
(そういえば……私ってなんで学生の頃、ヴィクティンと関わってたんだっけ?)
六人の自己紹介が終わり、長い宴会が始まる。
そして一人が死ぬことで幕が閉じることを、ジネッタはまだ知らない。




