プロローグ
「『ヤツ』と先生」
焼き魚と味噌汁と鍋で炊いた米とコンビニの惣菜と。
調理室で食べるご飯は意外と美味しい。
「ないでしょう、そんなの」
「なぁにぃ?それぇ?
思考停止よ。つまらないわねぇ」
「面白さが求められていたんですか?今の質問」
「会話は楽しいほうがいいでしょう?
『僕は世界一頭の良い人間になるために生きてる』くらい言えば面白いのに。
指さして笑っちゃうわよぉ?」
「そんな面白さはいらないですよ。
実際、『生きている意味議論』なんて中学生の時点で卒業することでしょ。
ただの生体反応、連続する事象の結果として『生きている』ということがあるだけで、
そこに特別な意味を見出そうとするなんて、ロマンチストか哲学者がすることだと思いますよ」
「あらぁ?学者を馬鹿にしてるわ」
「そういうわけじゃ…。
…僕は生きている意味は存在しないと思いますが、僕とは違う考え方の存在を認めるということです。
例えば。
あなたは僕を将来的に殺そうとしていますよね」
「ふふふふふ、分かっちゃぅ?」
「………まぁ、そりゃあ。察しくらい。
で。
僕はあなたに殺される可能性が非常に高いわけですけど、
僕があっさりとあなたに殺された場合、僕の生きた意味って何になりますか?」
「私にとってはメリットがあると思わない?」
「あなたにメリットがあることの意味は?」
「私が今取り組んでいる研究結果で、助かる命がたくさんあるわ。
あなたは間接的にその人達を救ったことになるわねぇ?」
「別にそれ、嬉しくないです。
僕にメリットが無ければ、意味がないのと等しいです。
あなたは?
生きている意味はその研究結果ですか?
全ての地位も名誉も捨てて犯罪者に成り下がるほど達成したかったんですよね?それ」
「あらあらあらあら。
私の生きている意味が研究結果なら、私の人生の大半は意味がなくなっちゃうわよぉ。
元々は戦術式の研究が主だったんですものぉ。今までの人生のほとんどはその研究。
今やってる医療系なんてシロートよ、シロート。
人生何があるかわっかんないわねぇ?」
「そうなんですか。
じゃあ何故今の研究をしようと思ったんですか?
身内の誰かがその病気にかかったんですか?」
「違うわよぉ。
腹が立ったのよ」
「は?」
「あなたこんな病気、知ってるかしら?知らないわよねぇ?地球上にそんなウイルス存在しないもの。
信じられるかわからないけど、与太話と思って聞きなさいな。
ウイルスに感染するとね、身体が樹木になるの。
最初は足の樹木化が始まって歩けなくなる。次は手、次は腹…そうやって樹木化していき、
一ヶ月後の最後にはただ一本の樹になる。
生命活動が終わるわけじゃないの。樹になるの。でもそれって死ぬのと同じよねぇ。
樹木化した部分を切除しても身体の樹木化は止まらないわ。
どうやらそれは、樹木化が始まる頃には脳が既にウイルスに侵され、ひたすら身体を改造し続けるの……これは別の人の研究結果ね。
たまたま、その病気にかかった子に会ったのよぅ」
「それは友人の子供とかですか?」
「まさかぁ。違うわよ。名前も知らない、初対面の子。
その子は自分がどういう病気に侵されていて、どういう末路を迎えるか分かってたのよ。頭イイわねぇ。
だから、自分には何の未来も無いと思ってて、何をしても無駄だと思ってて、泣き叫ぶことも足掻くことすらしようとしなかった。
ただ時計の針が進むのをぼーっと見つめるように、自分の寿命を浪費してたのよぅ」
「それだけで腹が立ったんですか?」
「腹立つでしょぉ?
だってその子が何年生きてきたっていうのぉ?
それなのに訳知り顔で、悟ったかのように絶望して、『生きていることに何の意味も無い』って顔してるのよぉ?
私からしてみれば『たかだか数年した生きてないガキが何言ってんだ』ってかんじよねぇ?
だから、そいつの鼻を明かしてやりたくなったのよぅ」
「……。
………。
え?
それが理由?」
「十分な理由じゃない」
「そのためにあなたは犯罪者になったんですよね?
そんな理由で?」
「二度は言わないわよ?
その子がコールドスリープが目覚めて、自分の病気が治ったと知ったらどんな顔をするかしらねぇ?
これって楽しいことじゃない?」
「道楽的な」
「自覚はあるから、同意してあげる。
楽しく生きないと勿体無いじゃないのぉ」
「それで。
僕に『生きている意味』を訊いた理由はなんですか?
もしかして遺言状でも書かせるつもり?」
「あはははは。
あなたを殺すときには綺麗にスパっと、何も残させないから安心なさい。
ちょっと昔の話を思い出したのよぅ」
「この研究に関係するような?」
「そう、それで。
いま話した子みたいに、この世に絶望した子がいたの。
その子が『自分が何のために生きていたのか』って言ってたのを思い出して、ねぇ?
そうねぇ……。
せっかくだから、食卓を彩るお話をしましょうか?」
「その人の話ですか?」
「正解よぅ。
正確にはその子の最期の話。
死ぬ直前の話ねぇ」
「……その人は死んだんですね
病気で?」
「違う。
けどね、自殺か他殺か……どう捉えるかは聞き手のあなた次第よぉ。
ただ言えることはその子は出来れば『死にたくない』と思っていた、ということ。
この話。
荒唐無稽と捉えるか、事実と捉えるか、それとも与太話と捉えるかは、あなた次第。
それでこの話の重要性は宝石にも屑にもなりうる」
「……」
「あなたは『生きている意味は存在しない』と言っていたわねぇ。
そんなあなたは、あの子についてどう思うかしらぁ?
あの子に対しても『意味が無い』と、そう判断しちゃうかしらねぇ?」




