4.なんなんだ?こいつは
4.なんなんだ?こいつは
翌朝6時。目覚まし時計のベルが勢い良くなる。早紀はすぐにベルを止めるとベッドから抜け出た。昨夜は日付が変わる前には就寝したので二日酔いは無い。両手で軽く頬を叩いて洗面所へ下りていく。キッチンの方からいいにおいが漂ってくる。とりあえず、顔を洗って一度部屋に戻る。身支度を整えてもう一度降りてきた。
テーブルには純和風の朝食が用意されている。
「へー、お姉ちゃんったら一人暮らし始めて好みが変わったみたいね」
平瀬家の朝食はパン食であったし、有紀は魚が好きではなかった。
「いただきまーす!ってか、これ私のでいいんだよね?お姉ちゃん」
台所に居るはずの有紀に向かって早紀は声を掛けた。
「どうぞ」
ところが、そう言って顔を出したのはエプロン姿の勇馬だった。
「なんで…」
「早紀ちゃんは和食が好きだと有紀さんに聞いていたから…」
「そうじゃなくて、なんであんたが食事の支度してるの?お姉ちゃんは?」
「有紀さんはもう出かけましたよ。この家では僕が主婦…。いや、主夫と言うべきか」
「あんただって仕事あるんでしょう?」
「ああ、僕の仕事はこの家の管理なので」
「それってお姉ちゃんの仕事でしょう?そういう条件でこの家に住んでるわけなんだし」
「うーん…。そう言うことになってるのか…」
「違うの?じゃあ…。あっ!いけない…。もう行かなきゃ。続きは帰って来てから」
早紀はそう言うと、バッグを手に取り席を立った。玄関で靴を履いていると、
「はい、これ」
勇馬が手提げ袋を差し出している。
「今日のお弁当」
まさか、本当に弁当まで作っていたとは驚いた。
昼休み、休憩室で弁当を出した。
「あれっ?早紀、弁当なんだ。珍しいわね」
早紀が弁当を出すのを見ながら声を掛けたのは、同じ大学からこの会社に入った園川加奈子。早紀とは大学ではほとんど面識はなかった。ところが、同じ会社に入った途端、まるで親友のような態度で早紀に近づいて来た。
「うん、昨日、ついにお姉ちゃんとこに越したんだ」
「じゃあ、お姉さんの手作り弁当?」
「ん…。まあ、そんなとこ」
ここで否定すると、話がややこしくなりそうなのでサラッと受け流した。
「うわあ!すごい」
早紀が弁当箱のふたを開けた瞬間、横で見ていた加奈子が声を上げた。パンダとクマのおにぎりにウインナーでできたライオンやタコ等。いわゆる、キャラ弁というヤツだ。これには早紀も驚いた。
「佐々木勇馬…。なんなんだ?こいつは」
仕事が終わると、加奈子が早紀の後ろをついて来る。
「マジで来る気なの?」
結局、弁当を作ったのが同居している姉のダンナだということや、そのダンナが近所の居酒屋の長男で、そこの三男がイケメンだと言う話を加奈子に乗せられて早紀はペラペラ喋ってしまった。そしたら、加奈子がイケメン三男坊が居る居酒屋に行きたいと言い出したのだ。
「当たり前でしょう!イケメンマスターの居酒屋。行くっきゃないでしょう」
「あのね、イケメンはマスターじゃなくてそこの三男坊で、店で働いてるわけじゃないから。必ず会えるとは限らないんだからね」
「いいの、いいの。気にしない、気にしない」
この女、何か魂胆があるに違いない。早紀はそう思いながら、強引な加奈子に押し切られる形で地下鉄の入り口を加奈子と二人で降りて行った。




