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35.さて、どうしたものか…

35.さて、どうしたものか…


 何はともあれ、早紀と加奈子は“馬”に向かった。今日のことをマスターに報告するのと、雅子が話してくれたこととの食い違いの真相を確認するために。

 店のドアを開けると二人は驚いた。そこには勇馬に拓馬、そして、有紀と麻紀も居たからだ。

「お帰り!待ってたのよ。それでどうだった?」

 真っ先に声を掛けたのは有紀だった。麻紀と拓馬にも、その表情から話が聞きたくて仕方ないといった雰囲気が溢れている。麻紀はともかく、クールな拓馬がこんな表情をしているのは珍しい。逆に勇馬は冴えない表情をしている。マスターは既に酔っ払っている。

 早紀と加奈子は雅子に聞いた話をみんなにも聞かせた。衝撃の事実が現れるたびに声をあげて驚いている。まるで、さっきの加奈子のように。勇馬とマスターは無表情で黙って聞いている。先ほどの勇樹のように。

「ねえ、勇さん。どうして嘘をついたの?」

 加奈子が詰め寄る。

「だってカッコ悪いじゃねえか。実の弟に女房を寝取られたんだぞ」

「寝取られたなんてそんなんじゃないよね」

 早紀がフォローする。

「結局、俺は家庭より仕事を選んじまった」

「それは悪いことじゃないと思うわ。男の人だったら普通のことだと思うよ」

 早紀が言うと有紀も麻紀も頷いた。平瀬家も似たようなものだったから。

「それにしてもガキが居たなんて初耳だな」

「会ってあげて」

 加奈子が言う。

「今更どの面下げて会えるって言うんだ?」

「勇樹君は会いたがっているわ。お兄さんにもね」

 そう言って加奈子は勇馬の方を見た。相変わらず勇馬は無表情のままだ。

「ねえ、それよりみんなで勇二さんのお墓参りに行きましょうよ」

 早紀が有紀の方を見た。有紀にしてはまともなことを言う。早紀はそう思った。

「いいわね!そうしましょうよ。早速、来週にでも行きましょう」

 麻紀が言うと、有紀もそれがいいと言って勇馬の手を取り笑いかけた。

「俺は会ったことがあるんだ」

 勇馬がボソッと呟いた。

「なに?会ったって誰に?」

 有紀が不思議そうな顔をして勇馬に尋ねた。

「雅子さん…。いや、母さんに」

「えーっ!」

 マスター以外の者が一斉に声をあげた。

「この店を買い戻す時に色々調べたんだ。親父からは詳しいことは聞いていなかったけれど、母さんや祖父たちのことは子供の頃からずっと気になっていたから。それで、前の持ち主にここを売った不動産屋を聞いて尋ねてみた。そしたら、その頃のことをよく覚えていてね…。一度だけ尋ねたことがあるんだ。こっそり他人のふりをして店に行った。家族でやっている店で、みんな幸せそうだった。だから、会ったと言うよりは見たと言った方がいいかも知れないけれど」

「じゃあ、勇二さんがまだ生きているときに三人と会ったの?」

 早紀が聞いた。

「そうだ」

「どうしてマスターに教えてあげなかったの?」

「さっきオヤジが言った通りだよ。今更だと思った。どんな事情があったかは知らなかったけれど、今更、俺たちが立ち入ってもいい世界ではないと思ったから。」

「でも、勇樹くんは会いたがっているわ。雅子さんだってきっとそうよ」

 加奈子が口調を強めて言った。

「それは多分、勇二さんが亡くなったからだろう。そんな時にのこのこ出て行っていいはずがない」

「勇馬の言う通りだぜ。こっちから出張って行くことじゃねえ」

 マスターは勇馬と同じ意見の様だった。妙なところで親子の団結が強い。

「俺は行って来るよ。亡くなった勇二さんとも勇樹くんとも血がつながっているんだ。勇二さんの墓に花を手向けるくらいのことをしなきゃ恥ずかしいと思う」

 拓馬はそう言って、来週の休みに墓参りに行くことに賛成した。

「いいだろう。止めはしねえよ」

 マスターはそう言うと日本酒を一升瓶からグラスに移して一口で飲み干した。

「拓馬!後、店は頼むな。俺はちょっと出かけてくる」

 マスターは前掛けを外すと、ジャンパーを羽織って出て行った。加奈子はすぐにその後を追った。

「さあ、僕達も帰ろう」

 勇馬は有紀を連れて帰って行った。麻紀は拓馬が店をやることになったからと、早紀と一緒に店に残った。

「さて、どうしたもんかなあ…」

 早紀は腕組みをして考え込んだ。麻紀も拓馬も同じように腕組みをした。






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