33.ティータイムにロールケーキ
33.ティータイムにロールケーキ
テーブルの上に頬杖をついて勇馬の顔を眺めている有紀。キッチンでは麻紀と拓馬がティータイム用のロールケーキを作っている。
「それじゃあ、勇馬さんにもう一人弟が居るかも知れないってことなの?」
「どうやらそうらしい」
「お父様はそのことを知っているの?」
「最初のおふくろと別れた後のことみたいだから、知らないと思うよ」
「ふーん…」
有紀はうわの空で宙を見つめた。
「俺も会ってみたいな。兄貴の母親と弟に」
キッチンから拓馬が呟いた。
「兄貴も一緒に行けばよかったじゃないか」
「バカ言え!いくら息子だと言っても、向こうには向こうの生活があるだろう。今更邪魔しちゃ悪いだろう」
「じゃあ、どうして早紀さんと加奈子さんを行かせたんだ?向こうの生活を邪魔したくないのなら、そっとしとけって言えばよかったじゃないか」
「彼女たちは向こうの息子に案内するって言われたんだから、いいんだよ」
「ひょっとして、兄貴、怖いんじゃないか?」
「怖いだって?冗談じゃない」
二人の口調が次第にエスカレートしてきた。
「もう、止めなよ。お姉ちゃんたちが帰ってきたら分かることじゃない。それより、ねえ、見て」
麻紀は細目に巻いたロールケーキを立てて、切り口にホイップクリームをたっぷりかけるとその上にイチゴを乗せた。
「ロウソクみたいで可愛いでしょう?」
「へー!麻紀ちゃんが考えたのかい?」
「そうよ。ちなみに、ロールケーキもイチゴジャムをぬってあるの」
「すごいね!これを自分で思いつくなんて。これ、キャンドルロールケーキと言ってスタバなんかにも置いてるメニューなんだよ」
「ウソ?」
「まあ、スタバのとはちょっと違うけれど、麻紀ちゃんのはシンプルで可愛らしいね。さあ、それじゃあ、紅茶を淹れようか」
「はい!」
雅子はコーヒーとロールケーキを用意して戻って来た。ロールケーキは先程、勇樹がお土産で買ってきたものだと言った。
「さて、どこまで話したかしらね」
「勇馬さんが生まれたところ…。わあ!このロールケーキ美味しい!」
ロールケーキを頬張りながら加奈子が言った。ふふふと笑いながら雅子は話を再開した。
勇馬が産まれてからは勇も毎日帰って来るようになった。休みの日にはずっと勇馬の横に寄り添って、瞬きするのも惜しいと言わんばかりに我が子の顔を眺めていた。
「おい!今、勇馬が俺を見て笑ったぞ!」
「バカねえ、まだ見えないのよ」
「おい!勇馬が俺の指を吸ってるぞ!」
「はい、はい。お腹が空いたのね」
「おい!勇馬がなんか言ってるぞ!」
「まだ喋れないから」
朝から晩まで勇馬、勇馬。仕事から帰って来るたびに服やらおもちゃやら何かしら買ってきた。
「たまには私にも何か買ってくださいな」
「おう!分かった。今度買って来てやる」
「いっつもそう言うくせに、勇馬の物しか買って来ないんだもの」
「悪い、悪い。それにしても勇馬はお前によく似ている。きっと大きくなったら女の子にもてるぞ」
口下手で、どちらかというとムスッとしたとっつきにくい人がこんなに無邪気にはしゃいでいる。そんな勇を見ていたら、今までの不安も何もかも吹き飛んでしまった。この人と一緒になってよかったと雅子は心から思った。
勇馬の1歳の誕生日には勇の弟もお祝いに駆けつけてくれた。初めて店を訪れて以来、勇二はたまに顔を出してくれていた。ちょうどその頃、勇は料理長に昇進した。すべてが順風満帆に思えた。けれど、出世すればするほど、勇は家庭より仕事を優先しなければならないことが増えていった。




