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23.家族の事情

23.家族の事情


 勇馬がやっと物心ついた頃に両親が離婚した。けれど勇馬はちゃんと覚えている。母親は勇馬をとても可愛がってくれた。祖父のレストランを手伝いながら時間があれば勇馬と遊んでくれた。本当に優しい母親だった。

 小さかった勇馬には両親が離婚したことなど理解できなかった。急に母親が居なくなったのに父親は何も話してくれなかった。

 やがて、新しい母親がやって来た。勇馬より年下の男の子を連れていた。

「新しいお母さんと弟だ」

 父親にそう告げられて新しい生活が始まった。父親はホテルで料理長を任されるほど料理の腕は一流だった。いずれは祖父の店を継ぐつもりでいた。

 そんな時、祖父が突然亡くなった。父親は今の仕事を辞められないという理由で祖父の店は人手に渡った。勇馬にとって母親と過ごした思い出の家が無くなった。


 新しい母親は再婚してすぐに病を患って亡くなった。すると父親は当時、同じホテルで働いていた女性と再婚した。二人の子供を育てるのにはどうしても母親が必要だった。三人目の母親は直に父親との子供を妊娠し、出産した。父親と三人の母親。二人の弟。これが最終的な勇馬の家族だ。


 勇馬は大学在学中に料理の勉強を始めると同時に株を始めた。そして、すぐにかなりの金を蓄えた。その金で昔、祖父がやっていた店を買い戻した。その頃、ホテルを解雇された父親に店を任せ、母親もそれを手伝うことになった。

 昔、町工場や商店が多かったこの辺りも、今ではすっかり住宅街になっていた。ここで店を出してもやって行けるのかどうかは判らなかったけれど、とにかくここで店を出すことが勇馬の子供の頃からの夢だった。



 マスターはそんな事情を全て解かっていた。だから、和馬に何と言われようとこの店を勝手に売り飛ばすわけにはいかなかった。

 勇馬にしてみればこの店に寄せる思いはマスターの比ではないのだ。

「あの家だけはダメなんだ」

「そりゃ、俺は兄弟とも親父とも血がつながってないさ。だからって、そこまで邪険にすることは無いじゃないか」

「誰もそんなことは思ってないさ。お前はれっきとした俺の弟だし、親父の息子だ。邪険にしているつもりもないし、憎んでいるわけでもない」

「じゃあ、どうして…。本当に困ってるんだ。助けてくれよ」

「誰も助けないなんて言ってないぞ。あの家はダメだと言ってるだけだ」

「えっ?」

 和馬が驚いた顔をしていると勇馬は部屋からバッグを持ってきた。そして、中から通帳を二つ取り出した。一つは和馬、もう一つは拓馬の名義になっている。和馬はそれを手に取り残高を確認した。どちらにも1億の残高が入っていた。

「これって…」

「お前の金だ。自由に使え」

 勇馬は株で儲けた金を和馬と拓馬に残してあったのだ。

「おやじには店をやってもらう時に渡してある。拓馬にはあいつが将来自分の店を持つ特に渡すつもりだ」

 和馬は通帳を抱きかかえるようにして立ち上がると、勇馬の前で土下座した。次第に涙が溢れてきて息もできないくらい震えていた。

「ありがあとう…」

 そう声に出すのが精いっぱいだった。勇馬は和馬の肩に手を置いた。

「親が違っても俺たちは兄弟だ。俺には親父の他に三人の母親と二人の弟が居る。みんな大切な家族なんだ」


 早紀と加奈子が“馬”にやって来ると、カウンター席に珍しく勇馬が居た。隣には和馬の姿もあった。

「あっ!」

 振り向いた和馬が早紀を見て声を出した。

「朝飯の…」

「そんなことはどうでもいいわよ。それより、この状況を説明してちょうだい」

和馬は困ったような顔をして勇馬とマスターをみた。

「身内のことだから細かいことは勘弁してくれないか」

 勇馬が和馬に代わって答えた。

「私だって身内でしょう?」

「確かにそうだね」

 勇馬は加奈子の方を見た。

「たまには外で飯でも食おうか?」

 そう言ったのはマスターだった。マスターはカウンターから出て加奈子の手を取った。

「ちょっと!店はどうするのよ」

「和馬が居るじゃないか。それに勇馬だって立派なシェフだ」

 マスターは早紀に向かって手を振ると、加奈子と一緒に店を出て行った。


 勇馬は一通りのことを早紀に話した。

「ふーん…。連れ子だったのに和馬って名前は偶然とは思えないわね」

「これは本当に偶然だったんだ。ってか、口をはさむとしたらそこじゃないでしょう!」

 和馬は少しずっこけながら早紀にツッコミを入れた。

「まあ、勇馬がそれでいいのなら私が文句を言う筋合いはないからね。ただ、姉さんがあんなだからそれが心配だったんだ。私達だって何かと事情がある三姉妹だから」

「ところで親父たちはどこへ行ったんだろう?」

「そう!親父が連れだした彼女は何者?」

「あっ!」

 早紀は加奈子と一緒に来たことをすっかり忘れていた。バッグから携帯電話を取り出すと、加奈子からメールが入っていた。

『マスターは朝まで帰れないから、お店の方はヨロシクね!』

 早紀は携帯電話をしまうと立ち上がった。

「どうしたの?」

「加奈子が誘拐された!」

「えっ!」

 店を飛び出した早紀を勇馬と和馬は茫然と見送った。







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