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21.トラブルメーカー

21.トラブルメーカー


 マスターは床に投げ散らかされた食器の欠片を片付けていた。カウンター席には二男の和馬が腰掛けていてその様子を眺めている。

「今更、何しに戻ってきやがった?」

「気分の家に帰って来るのがそんなに悪いことか?」

「その自分の家を借金のかたに売り飛ばそうとしている奴が言う事か?」

「悪い話じゃないぜ。借金返した上に新しい家まで建てられるんだから。親父はそこでまた店を出せばいいじゃないか」

「俺はこの家とこの土地が気に入ってんだ」



 和馬は高校を卒業した後、フランスに渡り料理の修業をしていた。小さなレストランで皿洗いから始めたのだけれど、たぐいまれな才能に恵まれていた和馬はあっという間に頭角を現し、二つ星レストランの料理長を務めるまでになった。マスターはそんな和馬を誇りに思っていた。

ところが和馬が突然、店を辞めて戻って来た。結婚すると言う。どこの誰と結婚して、これからどこで暮らすのかも告げずに和馬は出て行った。しばらくして和馬が大手外食チェーンの店舗をいくつか切盛りしているという噂を耳にした。元気にやっているのならそれでいい。そう思っていた。結婚した相手というのも、どうやらその会社の社長令嬢なのだとか。フランスで知り合ったということらしかった。ゆくゆくはその会社を継ぐことになるはずだと。任された店も順調に売り上げを伸ばしていた。そんな時ある事件が起こった。


 和馬は常に新メニューを研究し、オリジナルのメニューを自分の店で出していた。その中で、グループ企業以外の独自のルートから仕入れた牛肉を使った料理を食べた客の中から食中毒患者を出してしまった。実際は和馬のメニューによって生じたものではなかったのだけれど、風評被害によりグループ全体の売り上げはかなり落ち込んだ。和馬はその責任を取らされて解雇された上に、賠償金を支払う羽目になった。当然、社長の娘とは縁を切らされて借金だけが残った。


 借金を返済するために和馬が目を付けたのがこの家の土地だった。高級住宅街ということもあって、予想していた額以上の査定が下りたのだった。和馬はすぐに家に連絡して店と土地を売るように申し出た。マスターは聞く耳を持たず、和馬と縁を切ると言い放った。

 和馬は何とかマスターを説得しようと、久しぶりにこの家に戻って来た。そして、店に顔を出した途端、食器やグラスを投げつけられたのだ。



 食器の欠片を拾い上げ、掃除機を掛けながらマスターは和馬の話を聞いていた。

「まるで埒が明かないな。じゃあ、兄貴にも話してみるとするか」

「勇馬は関係ない」

「関係なくはないだろう?この店も土地も今は兄貴の名義になってるんだから」

「勇馬だってそんな話を聞く訳がないさ」

「そんなの話してみなきゃ判んないだろう?」


 駅前の居酒屋で飲み直していた早紀と加奈子。“馬”を出る前にマスターの態度が一変したことに加奈子が早紀に疑問をぶつけていた。

「確か、早紀が次男が来たって言ったらマスターおかしくなっちゃったわよね」

「だから、あまり関わらない方がいいって」

「どうしてよ?」

「加奈子だって見たでしょう?次男って聞いたときのマスターの狼狽えよう。あれは絶対金絡みの何かがあるに決まってるわよ。そんなものに巻き込まれてとばっちりをくらったら目も当てられないわよ」

 加奈子はしばらく黙ったまま、グラスを口元に運ぶ。

「そう言えば、あなた、その次男って人に会ったの?」

「最初に店を出たときにね」

「どんな様子だったの?」

「別に普通だったけど。ちょっと嫌味な感じはしたけど」

「そうなんだ…」

「あんた、また余計なこと考えてないわよね?」

 へへへと舌を出して笑う加奈子。嫌な予感がする。







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