20.穴があったら入りたい
20.穴があったら入りたい
早紀は店を出たものの、この後どうしようか考えていた。このまま家に帰っても三男とデレデレしている麻紀に邪魔者扱いされるだけだ。そんなことを考えていると、男が一人近づいて来た。早紀の姿を見ると、軽く頭を下げて佐々木家のドアを開けた。
「えっ?」
早紀が不思議そうな顔をしていると、その男が話し掛けてきた。
「何か?」
「いえ…。あの、どちら様ですか?」
「はあ?あなたこそどちら様ですか?」
「あ、ああ、私はお客さんです」
自分で自分のことをお客さんと言ったことに早紀はハッとしたけれど、相手はさほど気にしていないようだった。
「そうでしたか。それは失礼しました。僕はこの家の二男で佐々木和馬といいます。では」
そう言ってにっこり笑うと、佐々木和馬と名乗った男は中に入って行った。
好きな人と言われて麻紀は頭の中が真っ白になっていた。普段は不良っぽく装っていても、男性と付き合った経験は無く、この方面に関して言えば純情無垢な麻紀だった。
「どうしたの?」
「あの…。今、好きな人って言いました?」
「うん。僕は麻紀ちゃんみたいな女の子、好きだよ」
それを聞いた麻紀は全身の力が抜け落ちて椅子から崩れ落ちた。
「麻紀ちゃん!あ、兄貴―っ、大変だー!」
拓馬の声に驚いた悠馬と有紀は慌てて服を着て居間に顔を出した。
「拓馬、どうした?」
「キャー、麻紀ちゃん!」
床に倒れている麻紀を見つけた有紀が悲鳴を上げた。
「勇馬さん、救急車!」
再び店に入って来た早紀を見て加奈子は不満を込めた視線を向けてきた。そんな加奈子に見向きもせず、早紀はマスターに向かって声を掛けた。
「二男が来た」
「ウソ!」
マスターは急に狼狽え始めた。
「悪い!今日は閉店だ。申し訳ないけど、早く店から出てくれ」
「えっ?どういうこと?」
きょとんとしている加奈子にマスターは追い払うように手を振った。二人が店を出ると、中から食器の割れる音とマスターの悲鳴が聞こえてきた。驚いてドアを開けようとする加奈子を早紀は止めた。
「複雑な家庭だから、込み入った事情もあるんだろう。下手に立ち入らない方がいいよ。さて…」
心配そうな加奈子を無理やり引っ張って早紀は歩き出した。
「さて、駅前の居酒屋で飲み直すとするか」
加奈子は無言で頷き、早紀について行った。
有紀は笑いが止まらない。そんな有紀を悠馬は窘める。拓馬は麻紀に寄り添い、その後に続いている。
「好きだと言われたくらいで気絶するなんて…」
前を歩く有紀の肩が震えている。笑いを必死にこらえているのだ。麻紀はその姿を見ても怒る気にもなれなかった。それどころか、穴があったら入りたい心境だった。
気絶している麻紀を救急車で病院に運び込んだ三人は緊張の面持ちで診察室から出て来る麻紀を、若しくは医者を待っていた。病院について10分もせずに麻紀は自分で歩いて待合室まで戻って来た。
「大丈夫なの?」
有紀は心配して麻紀に駆け寄った。麻紀は赤い顔をしている。熱でもあるのではないかと有紀は麻紀の額に手を当てた。その後から診察をした医師が出て来た。
「先生、麻紀は大丈夫なんですか?」
医師はにっこり笑って告げた。
「ええ。ちょっとしたショック状態に陥って意識をなくしたようですが、まったく問題ありませんよ」
「えっ?ショック状態!」
ショック状態だと聞いて医師に食い下がる有紀。
「お姉ちゃん…」
そんな有紀に麻紀は事情を説明した。話を聞いた有紀は呆れた顔をして、それから医師に謝った。最初こそ、麻紀を咎めたけれど、その後の帰り道ではずっと一人で笑っているのだった。




