16.うわの空
16.うわの空
麻紀の引っ越し祝い以来、有紀と麻紀は妙に仲が良くなった。早紀だけがどことなくよそよそしい。
「有紀ちゃん、今日、拓馬が遊びに来るって!」
「まあ、それは大変!お掃除しなくちゃ」
有紀はそう言って勇馬の方を見る。
「分かったよ。ちゃんとやっとくから早く行っておいで」
勇馬が用意した弁当を持って、有紀と麻紀は揃って家を出た。早紀はそれを見届けてゆっくり席を立った。
「そんなに気にすることは無いんじゃないかい?本人が全く気にしていないんだから」
そんな早紀に勇馬が声を掛けた。早紀は浮かない顔で何も言わずに家を出た。
麻紀はあれから毎日のように“馬”に入り浸っている。未成年だからアルコールは飲めないし、家を出たのでお小遣いも貰っていない。だから、ただカウンターに座って拓馬を眺めているだけなのだけれど、たまに拓馬がソフトドリンクをご馳走してくれる。店がヒマな時はたまに厨房で料理を教えて貰ったりもしていた。
「麻紀ちゃんったら、拓馬さんに夢中なのね」
「あんなイケメン、そうそうお目にかかれないわよ。ジャニーズなんて目じゃないもの」
「それで、どうやって拓馬さんを口説いたの?」
「そんな、口説いたなんて…。店には毎日通っているけど」
「そう言えば、勇馬さんは長男で拓馬さんは三男でしょう?二男さんって、どこで何をしているのかしらねえ」
「二男?そう言えば見たことも、噂を聞いたこともないよね。今度、勇馬に聞いてみようよ」
「そうね」
早紀は車で首都高速湾岸線を走っていた。助手席には加奈子が乗っている。後部座席には会社で扱っている商品が段ボールで6箱積んである。
会社に着いてもうわの空で仕事にも集中できずにいた。そんな早紀のところに上司が飛んで来た。
「平瀬君、これはいったいどういう事なんだ?」
横浜へ送る商品が浦安へ届いて、両方の営業所からクレームが来ているのだと言う。納品の担当が早紀の名前になっていた。早紀には全く覚えがなかったが、商品名を見て「あっ」と思った。2日前に伝票を打ち込んだ商品がそれだったのだ。
「今からじゃ、運送業者の手配が間に合わないから、お前が取りに行って横浜まで届けろ!」
そう言われたら、何も言い返すこともできない。上司は辺りを見渡して、手が空いていそうな加奈子に同行するよう付け加えた。
加奈子がカーステレオにCDを挿入しながら言った。
「早紀のおかげで思わぬドライブが出来たわ。運転しているのが馬の助さんだったら最高なんだけどね」
「馬の助?それ誰?」
「あら、あなたに紹介してもらったのよ。ほら、あのお店のマスター」
早紀は加奈子の横顔をみて、一瞬、寒気を覚えた。
「マジ?」
「うん」
加奈子はそう答えると、スピーカーから流れてきた氷川きよしの曲を歌い始めた。




