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15.出生の秘密

15.出生の秘密


 手紙にはこう書かれていた。

**********

有一朗さんの子供をお返しします。この子にとってそれが一番の幸せなのだと思うから。

あなたから紀子と結婚すると聞いたときにはショックでしたよ。確かに私たちのお付き合いは結婚を前提にしたものではなかったけれど、それでも私はずっとあなたの傍に居られると思っていたから。だからこの子を妊娠してもそれが悪いことだとは思わなかったのよ。

あなたが紀子と結婚すると言ったから、私は黙ってあなたのところから出て行ったの。そろそろお腹が目立ちそうな時期に入っていたから。子供のことを話したら、優しいあなたのことだから紀子との結婚は取りやめたかもしれないわね。けれど、幸せそうな紀子の顔を見ていたらそう言う気持ちにもなれなかったの。紀子は私にとっても親友だから。

今更、こんなことが許されるわけではないのは分かっているわ。でも仕方がないの。私はもう長く生きられないから。

 **********

 この赤ん坊の母親は大学時代の紀子の親友、児島美津子からのものだった。名前は記されていなかったけれど、有一朗も紀子もそれが美津子のものだとすぐに解かった。


 紀子が有一朗と交際を始めた頃、いつも有一朗の傍には美津子が居た。二人は子供の頃からの知り合いで兄弟みたいに仲が良がかった。有一朗にしてみれば妹のような存在であり、まさか二人が男女の関係になるとは考えてもいなかった。

 たった一度だけだった。

有一朗の家族が飛行機事故で亡くなった。有一朗は仕事でその時の家族旅行には同行しなかったのだ。有一朗の家族は美津子にとっても家族と同じだった。紀子も葬儀には顔を出した。しばらくは有一朗に付き添っていた。しかし、終電がなくなる前に紀子は帰って行った。

悲しみにくれた有一朗を美津子はその後も慰めてくれた。有一朗が美津子を求めると美津子は黙って受け入れた。

四十九日が終わると有一朗と紀子は席を入れた。披露宴は行わず、大学時代の仲間だけでささやかなお祝いをした。そこには美津子も居た。美津子は幸せそうな有一朗と紀子を心から祝福した。その時すでに美津子のお腹の中には有一朗の子供が居たのだ。


紀子はすべてを承知の上で美津子の子供を引き取った。その後、美津子の消息を探したのだけれど、実家の方にも戻っていない様で見つけることが出来なかった。美津子の母親から亡くなったと連絡が来たのはそれから1年後のことだった。


有紀という名前は有一朗の“有”と紀子の“紀”からとったものだ。紀子の自分の子供として育てるという意思が表れている。

ところが、早紀が生まれ、麻紀が生まれた。二人は紀子によく似ていた。有紀は大きくなるにしたがって美津子にそっくりになっていく。そのことが紀子にとっては目に見えないプレッシャーになったとしても、咎めることは誰にもできなかった。



勇馬は黙って早紀の話を聞いた。聞き終わってもしばらくは黙ったままでいた。

「麻紀には絶対に話しちゃだめだよ」

 念を押すように早紀が言った。

「もちろん…」

 そう返事をするのがやっとだった。


 “馬”では有紀と麻紀が三男の握るフレンチ風の寿司に舌鼓を打っていた。あれほど仲の悪かった二人が、仲良く並んで笑いながら寿司を食べている。そこへ早紀と勇馬が戻って来た。「何やってたの?早くおいでよ。三男のお寿司がとても美味しいのよ」

「あのね、三男、三男ってさあ、俺にも拓馬って名前があるんだけど」

 拓馬は初めて自分の名前を言った。客に名前を名乗ったのは初めてだった。どうやら、この三姉妹に対しては“客”以上の存在だという認識をしたようだった。







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